【25-05】中国、「AI+行動」本格実施 スマート社会に向けた3段階のロードマップを公開
松田侑奈(JSTアジア・太平洋総合研究センター フェロー) 2025年09月09日
中国国務院は8月26日、「『AI+行動』を深く実施することに関する意見」を公開した。
中国の「AI+」政策は、2015年の「インターネット+」、2019年の「スマート+」に続く国家デジタル戦略であり、AIを中核エンジンとして産業全体のデジタル転換を加速させることを目的とするものである。「インターネット+」がクラウドやビッグデータを基盤に電子商取引(EC)・金融・物流分野での技術融合を促進し、「スマート+」がICTを通じた製造業の構造改革に重点を置いたのに対し、「AI+」はその先を進め、国際競争力を備えたデジタル産業クラスターの形成を目指す点に特徴がある。とりわけ「AI+」政策は、2024年に初めて「政府活動報告」に盛り込まれ、2025年も引き続き言及されたことで、国家戦略としての位置付けが一層明確になった。
今回の意見では、「AI+」に対し、6大重点分野(下記表参照)を中心に3段階のロードマップを提示し、AIを国家全般のデジタル転換とスマート社会実現の核心戦略に格上げした。また、2027年、2030年、2035年を段階的な目標として掲げ、AIが産業・経済・社会全般にわたって深化・拡大していくためのロードマップを明確にした。具体的には、2027年までに6大重点分野でのAI融合を進め、端末の普及率を70%に引き上げることを目指している。さらに2030年までには、スマート(知能)経済を国家成長の軸として育成し、2035年にはスマート社会を完成させて、国家の現代化を支えることを最終的な目標としている。
| 分野 | 主要内容 |
| AI+科学技術 | 1)科学発見の加速:AIに基づく研究パラダイムを導入し、基礎科学の革新を前倒しで実行するとともに、大規模科学モデルの構築・活用を通じて成果の波及を促進する。 2)技術革新と効率向上:AIをバイオ・量子技術・6Gなどと融合させ、革新を促進し、産業競争力を強化する。 3)人文・社会科学研究方法の革新:哲学や社会科学の研究にAIを取り入れ、新たな研究手法を模索するとともに、「AI+」における科学技術の倫理的活用理論を確立し、人類の福祉向上に貢献する。 |
| AI+産業発展 | 1)産業全般のスマート化促進:AI基盤技術を産業の全過程に適用し、人材の能力を高めるとともに、生産設備・工程・サプライチェーンをスマート化し、産業インターネットと連携させて効率を最大化する。 2)農業のデジタル・知能化転換:作物栽培や畜産などの現場にAIを導入し、スマート農業機器を普及させることで、農家の生産性と経営能力を向上させる。 3)サービス革新と新成長モデル創出:無人サービスやスマート端末などAI融合型の新技術を基盤に、サービス産業の「AI+」によるスマート転換を促進し、新たな成長エンジンを生み出す。 |
| AI+消費の質向上 | 1)消費サービスの革新:AIを基盤とした効率型・協働型アプリケーションや知能型支援サービスを普及させ、インフラを強化することで、体験型消費や個別化消費を拡大する。 2)全方位的な知能ネットワークの普及:次世代スマート端末を育成し、全方位融合型AI製品を開発することで新たな消費エコシステムを構築するとともに、特に宇宙、低高度航空、拡張現実、ブレイン・コンピュータ・インターフェイス(BCI)などと連携した「AI+」による消費革新技術・製品の開発を推進する。 |
| AI+民生福祉 | 1)新たな雇用創出:AIを活用した知能型エージェントなど革新的な勤務形態を導入し、起業や再就職の機会を拡大することで、労働市場の活力を高める。 2)学習方法の革新:AIを基盤とした人間-機械協働型教育モデルや状況・感情認識学習方式を導入し、個別化学習や自己主導型学習を促進する。 3)生活の質の向上:医療・介護・文化・精神衛生・大衆スポーツなど多様な分野でAIを活用し、国民の生活の質(QOL)を「AI+」によって向上させる。 |
| AI+ガバナンス | 1)社会:AIを基盤としたスマートシティ運営を拡大し、都市から農村に至るまで行政サービスを知能化することで、安全かつ秩序ある行政を実現する。 2)安全:自然人・デジタル人・知能型ロボットを含む多層的な安全ガバナンス体制を構築し、AIを活用した知能型ネットワーク管理により公共の安全を強化する。 3)生態:国土・海洋・空間管理にAIを導入し、精密かつ効率的な生態管理体制を整備するとともに、国家レベルの「AI+」ガバナンスに基づく持続可能な環境ガバナンスを促進する。 |
| AI+国際協力 | 1)AI能力の共有拡大:オープン型AI能力構築のエコシステムを整備し、技術のオープンソース化を促進するとともに、計算能力・データ・人材などに関する国際協力を強化する。 2)グローバルガバナンス体制の構築:多国間参加型のAIガバナンス枠組みを整備し、規範や技術標準を国際的に調整するとともに、リスク対応の研究を通じて安全な活用を支える。 |
| 段階 | 第1段階:融合・拡散 | 第2段階:進化・発展 | 第3段階:スマート社会の完成 |
| 時期 | 2027年まで | 2030年まで | 2035年まで |
| 目標 | 1)6大重点分野におけるAI融合を全面的に拡大。 2)知能型端末および知能体(AIエージェントや自律システムを含む)の普及率を70%以上に達成する。 |
1)AIを高品質な発展の核心的原動力として育成。 2)知能型端末および知能体(AIエージェントや自律システムを含む)の普及率を90%以上に達成する。 |
1)本格的なスマート社会への転換を推進する。 2)社会主義現代化を支える核心的基盤を確保する。 |
本意見は、AIを中核に据えた国家の長期的デジタル・スマート社会戦略を明文化し、社会全体の構造変革を段階的に推進する青写真を示している。
AIを単なる技術導入の手段ではなく、産業・経済・社会全般の変革を牽引する国家戦略の中核として位置付けている点に大きな意義がある。政策的支援が強化され、研究開発から産業化、社会実装に至るまで統合的に推進されることが示唆されている。また、2027年、2030年、2035年という段階的目標を掲げることで、短期的成果に偏ることなく、持続的かつ体系的な知能社会の実現を目指す長期的視点が明確にされている。
さらに、AIの活用が産業、農業、サービス、教育、公共サービス、環境・安全管理など社会のあらゆる分野に及び、効率化・高度化・スマート化を促進するとともに、国民生活の質向上や社会福祉への貢献も担っている。また、技術・データ・人材に関する国際協力を強化し、規範や技術標準の国際調整、リスク管理体制の整備を通じて安全なAI活用を支える姿勢も明確化された。
このような流れを背景に、今後は製造業、農業、サービス業におけるAI融合の加速、スマートシティや行政サービスの知能化による社会インフラ整備、AIを活用した教育や新たな雇用創出、精密な環境・安全・社会管理の実現などが期待される。実際に、中国政府は「次世代AI発展計画」(2017年)や「AI+」行動意見(2024年)を通じて、産業・社会全般へのAI導入を重点政策として位置づけている。また、スマートシティの国家試行拠点は既に50以上の都市で展開され、国際標準化機関(ISO/IEC、ITU)においても中国企業・研究機関による技術提案が増加している。これらの動向は、国内での実装と国際ルール形成の双方を通じて、中国主導のAIエコシステム形成が進む可能性を示唆している。
参考資料
- 1.中華人民共和国中央人民政府「国务院关于深入实施“人工智能+”行动的意见」
- 2.中華人民共和国中央人民政府「重大部署!中国“人工智能+”行动“路线图”来了」
- 3.科学出版社「国务院关于深入实施“人工智能+”行动的意见(全文+官方解读)」