劉傑の見方!
トップ  > コラム&リポート>  劉傑の見方! >  【13-01】「罪己」という価値観

【13-01】「罪己」という価値観

2013年 6月14日

劉 傑

劉 傑:早稲田大学社会科学総合学術院 教授

略歴

1962年北京生まれ。
1993年東京大学大学院人文科学研究科博士課程修了、博士(文学)。
日本学術振興会特別研究員などを経て、早稲田大学専任講師、助教授、教授。
専門は近代日本政治外交史、日中関係史。

1. 価値観外交を展開する日本

 2012年12月に発足した第二次安倍晋三内閣は対外的に「価値観外交」を推進している。この考え方は2006年から07年までの第一次安倍内閣の外交政策でもあった。日本外交はこの政策に基づいて、「自由と繁栄の弧」の構築を目指した。この政策の推進者である第一次安倍内閣の麻生太郎外務大臣が次のように解説した。

 「第一に、民主主義、自由、人権、法の支配、そして市場経済。そういう『普遍的価値』を、外交を進めるうえで大いに重視してまいりますというのが『価値の外交』であります。第二に、ユーラシア大陸の外周に成長してまいりました新興の民主主義国。これらを帯のようにつなぎまして、『自由と繁栄の弧』を作りたい、作らねばならぬと思っております」

 「自由と民主主義、人権と法の支配の尊重を大切にする思いにかけて、人後に落ちぬわれわれであります。その日本が、21世紀の前半を捧げるにふさわしい課題に、思いを共にする国々と一緒に取り組めることを、私は喜びたいと存じます。米国はもとより、豪州、おそらくますますもってインド、そしてEUや、 NATOの加盟各国等であります」(外務省ホームページ)

 2013年に入ってから、日本はTPPへの参加を表明し、経済貿易の面からもこの外交政策を推進している。安倍首相は1月16日から18日にまでベトナム、タイ、インドネシアの東南アジア三カ国を訪問し、対ASEAN外交五原則を発表した。そのなかでも、「自由、民主主義、基本的人権等の普遍的価値の定着及び拡大に向けて、ASEAN諸国と共に努力していく」ことや、「力でなく法が支配する海洋「公共財」として、ASEAN諸国と共に全力で守っていくこと」が強調された。

 日本の外交政策は、尖閣諸島(中国名釣魚島)をめぐる日中対立や中国の大国化にともなう顕著な海洋進出への警戒と無関係ではない。また、「自由と繁栄の弧」には、民主主義の政治制度を確立した韓国が含まれていないのは、日本と韓国の間には、領土問題のほか、「歴史認識」問題が横たわっているからに他ならない。

 日本がこのような外交政策を展開する根拠は、1951年9月8日に締結された「サンフランシスコ平和条約」である。同条約によって、「連合国及び日本国は、両者の関係が、今後、共通の福祉を増進し且つ国際の平和及び安全を維持するために主権を有する対等のものとして友好的な連携の下に協力する国家の間の関係でなければならない」ことを確認し、戦後日本の再出発が宣言された。以後日本は冷戦期を通じて、「資本主義陣営」の一員として新しい日本国憲法に基づいて民主主義の国を作り上げた。日本はアジアで民主主義国家の代表としての地位をいち早く確立し、冷戦の終焉とソ連の解体によって、民主主義国家としての優位性を世界で一層鮮明にした。

2. 「歴史的正義」を主張する中国

 中国は1978年以降の改革開放政策によって経済成長が達成され、今や世界第二位の経済大国になった。しかし、経済システムにおいて市場原理を全面的に導入する一方、政治改革の分野では注目される進展が見られず、国民の民主的権利、人権、法治などの面で多くの問題を抱えたままである。日本を含む先進国は経済大国に成長した中国との関係を強化する一方、法治や人権分野における中国の問題も指摘している。日本社会の中国に対する心理的優位性は、経済水準の格差もさることながら、「民主主義の日本」と「独裁体制の中国」という対比のなかで発生している。つまり、日本は「サンフランシスコ条約」を守るべき戦後秩序の根拠と見なし、戦後国際社会に確立し、日本も積極的に参加した法の支配という「今日的正義」を訴えているのである。

 これに対し、百年に及ぶ列強の侵略を受けた中国は、近代史のなかで、とりわけ対日戦争の歴史のなかから自らの優位性を発見しようとする。列強の侵略に抵抗し、独立を獲得した中国は道義的優位に立っている、と考えられている。そのため、中国は戦後秩序の起点として、日本の敗戦につながったカイロ宣言とポツダム宣言に求めている。

 2013年5月26日、ドイツのブランデンブルク州にあるポツダム会談会場跡を見学した李克強中国総理は、次のように述べている。「ここで発表された「ポツダム宣言」はファシストに対して正義の旗幟を掲げた。特に重要な点は世界のファシストに対して最後通牒を出したことだ。日本のファシストに対して最後通牒を出した20日後に、日本がポツダム宣言を受け入れ、無条件降伏することを宣言したことを人々は忘れていない。これは中国人民の勝利であり、世界各国人民の勝利でもある」「平和を愛するすべての人々は戦後の平和の秩序を守るべきで、この戦後の勝利の果実を破壊、否定する行為を許してはならない」(新華網)

 李克強の発言は尖閣諸島の領有権をめぐる日中対立を意識したものであるが、中国の対日優位性は、「戦勝国」対「戦敗国」の優位性であり、戦後の国際秩序は中国が密接に関わったカイロ宣言やポツダム宣言によって形成されたものという認識を表明したものである。日本の立場は「今日的正義」であるならば、中国の立場は「歴史的正義」と言えるのかも知れない。

3. 対立を乗り越える第一歩

 一方、民主主義、人権、法の支配など「今日的正義」を主張する日本は、歴史認識をめぐって揺れている。最近の政治家の一連の発言は、韓国や、中国はもちろん、アメリカ政府や世論の批判を招いた。価値観を共有すべきアメリカとの関係において、「歴史問題」をめぐる価値判断の違いによってズレが生じ始めている。

 領土問題や歴史認識問題によって引き起こされた東アジアの不安定な国際関係を改善するには、日中韓三カ国がいわゆる「今日的正義」と「歴史的正義」を共有しなければならない。しかし、この共有は容易なことではない。東アジアの三カ国は何を為すべきだろうか。

 『春秋左氏伝』に出てくる警句を思い出す。「禹、湯罪己、其興也悖焉」(大禹と湯王は己の過ちを認める勇気があったので、あっという間に強大になった)。時代が変わっても、変わらない価値観、理屈があるのである。