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【09-002】島根大学・寧夏大学両大学の研究交流の歴史と国際共同研究所 

2009年1月15日

井口隆史

井口 隆史(いぐち たかし):
島根大学・寧夏大学国際共同研究所(1) 研究員(日本側所長)

1943年3月生まれ
最終学歴:1969年京都大学大学院農学研究科修士課程修了(林学専攻)、農学博士(京都大学)
著書:『農林業生産力論』(安達生恒編著)(共著)御茶の水書房、1979 『過疎山村の再生』(永田恵十郎・岩谷三四郎編)(共著)御茶の水書房、1989 『中山間地域経営論』(北川泉編著)(共著)御茶の水書房、1995

はじめに

 中国の中でも西部は、荒漠化・表土流失等の最も厳しい生態環境と農村部の貧困が、悪循環を描く広大な地域であり、この地域に対する対策の成否が地球環境問題と世界の食糧危機の将来をも左右する重要な位置にある。その西部に立地しているのが本研究所である。
近年、日本の多くの大学が中国へ進出しているが、そのほとんどは、東部沿岸域に集中し、西部は皆無に等しい。その中にあって、唯一西部の中心に立地する本研究所は、西部の変化に日常的に接し、誰よりも詳しく観察できる有利さを持つ。
本稿においては、両大学(島根大学と寧夏大学)の研究者を中心とする研究交流の歴史とその中から生まれた本研究所設立の経緯についてとりまとめた。そして、最後に研究所の今後の更なる発展に向けての今後の課題を提示した。

1.研究交流の歴史

(1)交流の経過

 両大学の研究交流の歴史を、日本側を中心に、そして研究費(外部資金・学内資金)の面から時系列で整理すれば、以下の通りである。

1987年3月 : 島根大学農学部(現生物資源科学部)教授北川泉・助教授井口隆史が、 回族出身の中国人留学生・胡霞の修士論文指導のために、寧夏・銀川 市および南部山区を対象とする最初の現地調査に同行。これが、今日ま で続く研究交流の出発点となった。 
1989~1990年度:  文部省科学研究費補助金(国際学術調査)「中国の低開発地域における 地域開発に関する研究―黄土高原地域の第一次産業開発―」(研究代表 者:北川泉、研究分担者:日本側4人、中国側7人) 
1997~1998年度: 文部省科学研究費補助金(国際学術研究)「環日本海諸国における過疎 問題の比較調査―韓国・中国・日本を中心に―」(研究代表者:北川泉、 研究分担者:7人、海外共同研究者:2人)  
2000~2003年度:  中国国家社科基金"十五"重点項目『退耕還林と生態建設による農村発達プロジェクト』「中国寧夏南部山村地域における生態環境建設と社会・ 経済発展に関する実証的研究」(研究代表者:陳育寧(寧夏大学)、研 究協力者:中国側3人、日本側4人)
2003~2005年度:  日本学術振興会科学研究費(基盤研究(B2))「地域間格差是正と環境改 善の最適地域マネジメント」(研究代表者:保母武彦、研究分担者:日 本側、井口隆史・中林吉幸・伊藤勝久・関耕平他、海外共同研究者:陳 育寧・高桂英・張前進・胡霞・秦均平)
2005年度:  島根大学萌芽研究〔学内資金〕「東アジア条件不利地域における農村貧困克服と環境対策」(研究代表者:藤原勉)
2005~2007年度:  島根大学特定研究・中国寧夏プロジェクト〔学内資金〕(研究代表者: 廣嶋清志)
2008年度 :  島根大学・特定研究・中国寧夏プロジェクト〔学内資金〕(研究代表者:関耕平)
2008~2010年度:  日本学術振興会、アジア・アフリカ学術基盤形成事業「中国西部農村地域の環境改善と持続可能な発展への方策」(拠点機関:島根大学・寧夏大学) 

(2)交流の発展と成果

 上記の交流の経過を振り返ってみると5つの時期(発展段階)に分けることができる。

図1研究交流等の歴史
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第1期:1987~1996年度 〔限定された研究交流・不十分な共同研究〕

 生物資源科学部の特定分野の少数の研究者による研究交流が中心であり、研究内容も「黄 土高原地域(寧夏南部山区)の農林畜産業」を中心とする研究に限定されていた。また、日中双方の研究者が、それぞれの関心に従って個別に研究を進めるという段階に留まり、共同研究としては不十分であった。その主たる原因は、研究費の調達が、1990年前後の2年間に限定されていたことによる。 この時期の成果は、以下の通りである。

・1990年11月:島根県等主催の『環日本海シンポジウム』への参加・講演(中国側5人、日本側5人)(於、松江市)
・1995年 7月:『中国・黄土高原地域開発研究論文集』(地域開発政策日中国際共同研究グループ)の刊行

第2期:1997~1999年度 〔参加研究者の広がり、研究交流の拡大〕

 参加研究者が増えるとともに、研究分野も拡大した。島根大学内での参加学部が、生物 資源科学部に加えて法文学部、教育学部の3学部になった。 この時期の研究対象は、第1期の寧夏南部山区から拡大し、日・中・韓3国の過疎問題 の比較調査となった。
このことは、3国にまたがる国際的な共同研究の可能性を開くものではあったが、中・韓両国の研究者との共同調査研究は、初歩的な段階に留まった。
なお、1997年には島根大学と寧夏大学との大学間交流協定が結ばれ、それまで10年間 の断続的な学術交流から、恒常的かつ多面的な交流へと発展する。 この時期の成果は、以下の通りである。

・1999年3月 :国際シンポジウム「環日本海地域における中山間地域問題の国際比較― 中山間地域対策の新たなあり方を考える―」の開催(於、島根大学)
・1999年3月:研究成果報告書『環日本海諸国における過疎問題の比較調査―韓国・中 国・日本を中心に―』の刊行

第3期:2000~2005年度 〔研究交流の充実、寧夏国際共同研究所の設立〕

写真1 寧夏回族自治区南部山区の表土流失地

 関係研究者の努力の成果が現れはじめた時期である。研究交流は密になり、共同研究も次第に軌道に乗るようになっていった。
その契機となったのが、中国政府の西部大開発プロジェクトによる退耕還林政策(2)であった。西部大開発プロジェクトが推進される過程で、寧夏南部山区の社会経済的発展と生態環境の回復・形成の同時的実現をいかに実現するかという課題が、共同研究の重要なテーマとなった。具体的には、中国側で、陳育寧 寧夏大学書記を研究代表者とするプロジェクト研究「中国寧夏南部山村地域における生態環境建設と社会・経済発展に関する実証的研究」(2000年度~2003年度)が組織され、これを共同研究として進めるべく島根大学の研究グループに参加要請がなされた。それを受けて、島根大学から4人が参加することになり、ここに、初めて実質を持つ国際共同研究体制が組まれた。

 このプロジェクト研究の過程で、2003年度から日本学術振興会の科学研究費の助成を得、 また、2005年度には学内研究助成も始まった。これらの影響もあって、医学部及び生物資源科学部の自然科学部門の研究者の参加が実現した(島根大学は、島根医科大学と合併し、医学部が加わったので、従来の4学部が5学部になった)。
一方、2003年度末には、島根大学・寧夏大学国際共同研究所が新設され、2005年秋には、 JBIC(日本国際協力銀行)の円借款事業(中国内陸部人材育成事業)により、新しい研究棟が完成(3)し、両大学間の共同研究等を進める基盤が確立した。
この時期の成果は、以下の通りである。

・2004年7月:陳育寧主編『緑色之路―寧夏南部山区生態重件研究―』(中国側)の刊行
・2005年  :『寧夏大学学報(人文社会科学版)』第27巻1号(№124)に島根大学研究者の3論文(中文)を掲載
・2005年12月:島根大学・寧夏大学国際共同研究所落成記念式典・国際シンポジウム 「東アジアにおける社会発展と環境のあり方を考える」(於、松江市)
・2006年3月:東アジア「条件不利」地域研究会編『東アジアにおける農村の発展と環境』の刊行

写真2・3 島根大学・寧夏大学国際共同研究所と研究所プレート 

第4期:2006~2007年度 〔学内資金による現地研究員の派遣と研究費の確保及び国際共同研究所の活動の開始〕

 国際共同研究所の活動が本格的に始動し、現地の共同研究支援体勢が整った。2006年6 月、島根大学から現地研究員2名(所長兼研究員1名、研究員1名)が派遣され、寧夏大 学側の5人の研究員とともに、国際共同研究所の事業が始まった。
この時期の成果は、以下の通りである。

・2007年10月:寧夏大学・島根大学学術交流20周年記念国際シンポジウム「寧夏農業発展問題」(於、中国・寧夏大学
・2007年10月:陳育寧・保母武彦主編『20年学術交往-中国寧夏大学日本島根大学的合作交流-』(寧夏人民出版社)の刊行
・2008年4月 :保母武彦・陳育寧編『中国農村の貧困克服と環境再生―寧夏回族自治区からの報告』花伝社、の刊行 保母武彦・陳育寧編『島根・寧夏学術交流の20年』(島根大学、島根大学・寧夏大学国際共同研究所)の刊行

第5期:2008年度~ 〔現地共同研究支援体制の確立、若手研究者の養成〕

 研究所は、寧夏南部山区の開発や環境に関する情報を鋭意収集し、日本語訳した後、提 供できるようになり、調査研究支援機能が強化された。研究交流・共同研究への参加研究 者も増え、研究所を通じて日中の数多くの研究者間の交流が実現しつつある。また、寧夏を訪れる日本の研究者は、必ずといってよいほど研究所に立ち寄るようになってきており、研究所の存在が広く認識されつつある。
さらに現在、研究所は、中国西部の大学・研究機関及び研究者との学術ネットワーク 形成に着手しており、中国西部の環境と開発に関する研究にとって欠かせない役割を担い始めている。
また、2008年度には、『アジア・アフリカ学術基盤形成事業』(日本学術振興会)に採用 され、共同研究の推進とともに、若手研究者の組織的な養成が始まっている。学術交流開 始から21年目にして、ようやく本格的、永続的な研究交流体制が確立されたといえる。
その初年度の成果は、以下の通りである。
2008年12月5~7日、日本学術振興会「アジア・アフリカ学術基盤形成事業」による日 中国際学術セミナー(テーマ「条件不利地域における地域振興と生活改善―農林牧業の技術革新・新たな農村運営・地域医療と健康の疫学研究―」)を開催した。その中で、両大学の研究者等による共同研究の成果と寧夏大学及び寧夏医科大学からの若手研究者達(2名)による島根大学での研修成果の発表を行い、相互検討を行った。主題報告(1本)に基づき、個別報告17本(日本側10本、中国側7本)が発表され、それぞれの質疑応答と総括討論及びまとめ(「セミナーの講評と若手研究者養成事業への提言」)が行われた。
なお、今回、新しい試みとして、学術セミナーに向けて、事前に中国地方の中山間地域 における特徴的な地域振興事例を共同調査(3日間)した。これは、日中双方、とりわけ中国側の研究者にとって、共通する地域振興の具体的イメージを持った上で成果発表を聞き、相互討論できたので、理解を深めるのに効果的であった。

2.島根大学・寧夏大学国際共同研究所の設立とその後

 島根大学と寧夏大学間の長年にわたる研究交流の中でも特筆すべきは、島根大学・寧夏大学国際共同研究所が設立されたことである。

 2003年は、初めての実質的な共同研究である陳プロジェクト(既述)の最終年度であった。同時に、この時期は、日本のJBICによる円借款事業「(中国)内陸部・人材育成事業」が寧夏回族自治区において進められようとしているところであった。そしてその一環として国際共同研究所建設構想が出されたのである。それが可能となったのは、島根大学と寧夏の研究者達との研究交流が既に長い実績を持っていた上、寧夏回族自治区と島根県についても既に1993年に友好県区協定を結んでおり、研修生や技術交流員の受け入れによる相互交流が進んでいたことである。さらに、1998年からは毎年「日中友好国際協力島根県民交流団」が寧夏を訪問し、友好林植林交流を行ったり、寧夏大学日本語学科学生の日本研修を受け入れたりと、各種のレベルでの交流が密になっていた。そのような下地の上に、寧夏回族自治区の「内陸部・人材育成事業」が進められることになり、島根大学と島根県立大学が協力することになったのである。

 国際共同研究所は、両大学の共同研究を中心に行うためのものではあるが、国際協力銀行の「内陸部・人材育成事業」の中の、寧夏大学の大学施設建設の一環として構想されたものである。したがって、施設の建設と並んで、円借款を活用した、寧夏大学・寧夏医学院(2008年10月から寧夏医科大学に名称変更)からの日本への研究者派遣・研修を受け入れ、日本側は、島根大学、島根県立大学等、県をあげて支援することになったのである。

 なお、国際共同研究所に係わる事実経過を簡単に述べれば、2004年3月に調印式(4)(於、寧夏大学)が行われ、寧夏大学の既存施設内に臨時の研究所が開設される。そして、2005年9月には、新しい研究所建物が完成し、2006年6月からは、日本側現地研究員(2名)が赴任し、現在に至っている。 なお、両大学の『枠組み協議合意書』には、国際共同研究所の当面の研究方向として、以下の3点が上げられている。

  1. 条件不利地域の経済発展問題(寧夏南部山区に重点を置き研究する)。
  2. 条件不利地域の社会発展問題(地域の独自性及び社会全体のバランスある発展を重点的に研究する)。
  3. 条件不利地域の生態保護と建設(重点的に生態保護及び生態管理の制度とその運用について研究する)。

 国際共同研究所の設立は、2006年5月、中国財政部・JBIC等主催の「円借款人材培養事業研討会」(大連市)において、先進事例報告に取り上げられている。この会議で報告された先進事例は、本研究所のみであり、その存在が注目されていることがうかがえる。
また、本研究所の寧夏回族自治区への具体的貢献として挙げられるものは、2006年度実施した「寧夏回族自治区水環境整備事業を活用した日中大学・自治体間協力(島根大学・島根県)」である。この事業は、寧夏回族自治区の銀川市及び石嘴山市において、上水道施設、下水道施設及び中水道施設等の建設を行うことにより、安定的かつ安全な水供給、および水質汚濁物質の排出量の削減を図り、両市住民の生活環境の改善に寄与するものである。島根大学は、アプレイザルミッションに同行し、中水に関する調査・提言を行った。また、2008年度には、当該事業関係者の訪日研修を研究所の協力の下に島根大学が受け入れ、島根県や福岡市等の協力を得て日本での研修を実施している。

3.今後の課題

 島根大学・寧夏大学国際共同研究所は、両校の交流実績に基づき、寧夏回族自治区南部山区の経済・社会発展問題及び生態保護・建設等に関する調査研究を行ってきた。その成果の概要は、すでに示したとおりである。

 日本側として今後の更なる発展を目指すとき、課題は、本研究所の有利な立地条件を生かし切る総合的な戦略的展開である。
それは、以下の諸点の実現である。

  1. 本研究所の研究体制の拡充(専任教員、専任研究員の配置)と学術ネットワーク構築の 推進
  2. 本研究所における研究推進の実質化の為,現地の運営委員会・両大学の連携強化
  3. 本研究所における研究成果の日中両国・地域への還元と図書の刊行
  4. 本研究所の安定的経済的基盤の確保
  5. 本研究所を軸にした人材養成制度の検討と両大学協議による条件整備
写真4・5 退耕還林事業の成果が見られる寧夏南部山区彭陽県の風景

 すなわち、日中両国の中国西北部に関する研究を実施する諸研究機関との学術ネットワーク形成により、共同研究の推進、学術・文化・人材の更なる交流促進、人材育成、現地情報・研究情報の発信、研究成果の地域への還元、図書の刊行等を推進する。これらにより本研究所における研究及び地域における役割の一層の実質化を図り,その成果を広く情報発信することによって、本研究所の位置づけを日中両国において明確にし、知名度を高める。他方で、研究所を確固たる存在にするための組織体制の整備と安定的経済基盤を確保する。

おわりに

 以上、ほぼ22年にわたる日中両大学の研究交流の歴史とその実績の中から生まれた国際共同研究所について設立の経緯、目的及びその役割、そして研究成果と今後の課題についてみてきた。

 研究交流の歴史から明らかなように、第1期から第2期にかけての10年余の間の研究交流の進展は遅々たるものであった。研究交流が軌道に乗り、共同研究が実態を持つようになったのは、第3期2000年代に入って以降であるといえる。とりわけ、新研究所棟が完成し、島根大学から現地研究員が派遣されて以降のここ数年の共同研究の進展には著しいものがある。その基本を支えるものが学内外からの資金であり、とりわけ、島根大学の学内資金が果たす役割は大きい。潤沢とはいえない地方国立大学の財政事情を考えれば、今後の更なる発展には、外部資金の獲得等安定した経済的基盤の構築が不可欠である。そして、それをより確実にするためには、研究所の立地を活かした共同研究の成果を地道に積み上げ、その実績によって、日中両国での知名度を高めることにつきるであろう。

註:
  1. 島根大学と寧夏大学の両大学によって運営されている国際共同研究所の名称は、両大学の公式文書では、中文では「寧夏大学・島根大学国際聯合研究所」、日文では「寧夏大学・島根大学国際共同研究所」と表現されている。しかし、両大学が対等な立場で運営する国際共同研究所であり、島根大学においては、通常「島根大学・寧夏大学国際共同研究所」と呼んでいる。 人員構成は、対等な立場であることを反映して、顧問、所長、副所長とも両大学に1名ずつおくことが明記されている。そして、研究所の運営については、現地の研究所に運営委員会を設け、必要に応じて開催する。運営委員会の構成は、双方の所長と中国側の副所長、日本側の研究員の四名の構成である。研究所の日常的な運営予算は10万元であり、両大学はそれぞれ50%ずつ負担し、共同研究所の日常的な業務に用いることになっている(『枠組み協議合意書』より)。
  2. 退耕還林政策とは、急傾斜地の農地をそれらが開発される以前の形態であった林地や草地に原状復帰させようとする政策である。すなわち、農地が生み出す食糧よりも、農地開発による生態環境の破壊の方が大きくなっていた状態を改善する事を目的とする政策であり、個々の対象農家に対する減収補償(食糧と収入の補助)と種苗代金の供与によって進められている。    なお、寧夏における「退耕還林」プロジェクトについては、JST北京事務所快報(2008年9月18日付File№08-008)で紹介されている。参照されたい。
  3. 寧夏・銀川市にある寧夏大学A区構内に3階建(一部4階)、延建築面積2,794㎡の研究棟がある。
  4. 調印にあたって、両大学間に『国際共同研究所の設置に関する基本合意書』が取り交わされている。なお、2006年3月には更に、『枠組み協議合意書』が取り交わされ、島根大学ではその合意に基づく『管理規則』が定められている。

※本稿の内容は、井口個人の責任において作成したものである。