【11-006】上海海洋大学の呂為群教授に単独取材
2011年 8月29日
焦念志:厦門大学海洋環境科学学科特任教授
長江学者。東京大学、ハワイ大学、香港科技大学、マサチューセッツ工科大学、日本の国立環境研究所で研究の職にあたり、共同研究を経験。現在は、中国科学院海洋研究所研究員・博士課程指導教員、日本の国立環境研究所の特別研究員を兼務。
呂為群:上海海洋大学教授、大学院博士課程指導教員
上海市「東方学者」特任教授(※「東方学者」:国内外の優秀な学者を高等教育機関に招致。上海市が実施)。1998年、英国リバプール・ジョン・ムーア大学卒、環境生物学博士号取得。1998年から適応生物学分野に関する科学研究及び人材育成に従事。世界に先駆けて統合生物学の研究体系を構築・応用し、生物の環境適応性とストレス分子制御ネットワークを研究し、生物が異なる環境下で「生存」する神秘を解明して「Current Biology」、「PNAS」、「Endocrinology」などの国際的に著名な刊行物で一連の論文を発表。現在は引き続き、生物の環境適応性とその制御メカニズム、抗ストレス品種の育成と持続可能な水産養殖システムの研究に従事。
呂為群教授は「革新型国家建設と革新型人材の育成」のため、夢を抱き、祖国のためを思い帰国した多くの海外研究者の一人だ。15年間の海外経験は呂為群教授の研究人生に成功をもたらし、彼が率いる研究チームはストレス生物学の理論、生物の環境適応力及びその制御メカニズム、体内時計及びその制御メカニズム、ならびに海水魚の淡水養殖技術などの分野で高く評価されている。彼の帰国は、中国の水産業界に新たな活力をもたらした。
研究に専念、科学研究とイノベーション
呂為群教授は世界に先駆けて統合生物学の研究体系を構築・応用し、分子生理学、生化学、免疫学、細胞生物学、動物生理学及び電気生理学の技術を利用して、生物の環境適応特性やキー遺伝子の制御作用、信号伝達及び分子制御ネットワークについて研究した。特に極地動物の季節制御メカニズムの研究により、極地動物には概日時計による門調節機構が欠如し、その松果体は昼間に光を直接受けて明暗によりメラトニン分泌を制御できること、かつ、これは分子レベルの概日時計が正常に機能しないためであることを証明し、また、極地動物は長期的に極地の特異な日照環境に適応してきたために比較的強い概年時計を持つため、概日時計による制御が必要ないことを示し、体内時計の季節制御における環境特異性を明らかにした。この研究はBBC、The Scientist、Scientific American podcast、Wired Scienceなどの国際メディアで科学ニュースとして報じられた。このほか、彼は世界に先駆けて、ストレスとは「生物が環境及び自らの要求に適応して、体内ダイナミズムのバランスを調整し直すために行う、非特異的なカスケード増幅にかかわる生理反応」であることを提起した。さらに、彼は世界で初めて魚の尾部神経分泌系がストレス系の一部として、魚類が環境変化に適応する鍵であることを発見した。これまで研究者たちはストレス系と体内時計とをそれぞれ独立したシステムとして研究を行ってきたが、呂為群教授は長年の研究を経て、これら2つのシステムは実質上相互に影響・交錯して制御ネットワークを形成し、生物の環境適応力や成長・繁殖における優位性や規則性を保障することを発見した。このため、両制御システムの相関機能及び分子制御ネットワークの研究の強化によって、生物の進化、遺伝学、生理学、システム生物学及び生態学を有機的に結合することができ、水産学と生命科学研究の内容を効果的に深め、広げることができると考えられる。
祖国へ報いる志を胸に、率先して奉仕
努力の歩みは尚も続く。呂為群教授は「社会と中国のために奉仕し、水産業のために尽くす」ことを務めに、中国の生産事業の発展のために常に努力し闘ってきた。帰国後、中国国内の水産養殖で発生している病害は病原性微生物により直接引き起こされたものではなく、環境の変化によるものであることを発見した。異常気象による影響の増大、水域環境の悪化、遺伝資源の衰退などによる養殖災害の頻発など、中国の水産業に顕著な問題に対し、呂為群教授は引き続き、水産生物の環境適応力及びその制御メカニズムに関する研究を通じて、環境ストレスに応答する分子制御ネットワークの解析や、抗ストレス品種の育成、環境変化に適応する分子デザインによる育種技術の研究開発を行っている。このことは水産業、ひいては水産学と生命科学の発展にとって重要な意義を持つ。
呂為群教授は科学研究の推進と同時に、中国の生産業界と上海海洋大学の国際的な地位向上のために、国際的な交流・協力も重視している。上海海洋大学がリーダーシップを取り、呂教授がコーディネーターを務め、さらに中国の科学研究機関と水産研究機関の代表として、EUと共同でASEM水産養殖プラットフォーム(ASEM Aquaculture Platform)を設立した。上海万博の場を借りて、呂教授は「持続可能な水産物の生産・貿易・消費」及び「世界の水産養殖の現状と未来への挑戦」というテーマで世界に向けた記者会見を2回開催し、中国とヨーロッパの協力によるアフリカ水産業の発展や、品質検査技術の交流強化、養殖業者の利益保護などについて紹介した。
革新型人材の育成については、呂教授は▽「能力・革新・関心の構築」▽学生の論理性と自主性をはぐくみ、学生の新たなものに対する調査・会得・革新技術を養成し、問題発見・分析・解決能力を鍛える▽若い教師の育成を重視し、学術思想の形成には厳しい姿勢であたり、実現可能な技術路線の設定や研究方法との統合などの面で、若い研究者に留保のない指導と支援を与える▽若い教師を科学研究事業に参加させて研究環境を提供し、科学研究事業のデザインを自ら指導して研究テーマを独自に提出することを奨励し、彼らの成長を支援する――という、独自の見解を打ち出している。
未来に希望を、よりよい明日のために
現在、呂為群教授は、研究レベルと年齢構造が合理的で、かつ、権威ある学術団体の設立を目指しており、総合能力の高い若い教師陣を育成し、国の新たな時代のニーズに適応し、職務への探究心が強く能力のある革新型人材を養成することで、世界の水産業界における上海海洋大学の地位を引き上げようとしている。同時に、水産生物の環境適応力及びその制御メカニズムに関する一連の研究を続け、世界の水産業界が健全で、低炭素社会に適応し、持続可能な方向に発展するよう推進している。呂為群教授のような海外研究者の帰国により、中国の水産業界、水産学及び生命科学の発展によりよい未来が訪れるだろう。
呂為群:上海海洋大学教授、大学院博士課程指導教員。上海市「東方学者」特任教授。1998年、英国リバプール・ジョン・ムーア大学卒、環境生物学博士号取得。1998年から適応生物学に関する科学研究及び人材育成に従事。世界に先駆けて統合生物学の研究体系を構築・応用し、生物の環境適応性とストレス分子制御ネットワークを研究し、生物が異なる環境下で「生存」する神秘を解明して「Current Biology」、「PNAS」、「Endocrinology」などの国際的に著名な刊行物で一連の論文を発表。現在は引き続き、生物の環境適応性とその制御メカニズム、抗ストレス品種の育成と持続可能な水産養殖システムの研究に従事。
厦門大学の長江学者、焦念志氏を訪問
厦門大学の研究者は先ごろ、新たな技術を利用し、植物プランクトンの強蛍光が標的微生物の蛍光を遮ることを証明した上に、「微生物炭素ポンプ」の概念を提起し、これまでの海洋炭素貯蔵に対する科学界の認識を変えた。この研究を率いるのは、長江学者(長江学者奨励計画:国内外の優秀な学者を中国の高等教育機関に招致し、国際的なトップレベル人材を養成することを目的とした計画)特任教授の焦念志氏である。
海洋炭素リザーバーを探索、生物炭素ポンプの概念を提起
多くの人は「森林炭素吸収源」を知っており、二酸化炭素の吸収に有効なのは植樹・造林だけと認識しているが、焦念志氏は低炭素経済の発展には海に非常に大きな可能性があるという視点を提起し、「森林炭素吸収源」に比べ「海洋炭素吸収源」のほうが炭素貯蔵量が多く、貯蔵期間が長いなどの優位性があることを示し、人々に新鮮な印象を与えた。
海は無尽蔵の資源を蓄えていることは皆が知っているが、もう一つの機能――地球全体の気候の調節機能も、最近の地球の温暖化によってようやく人々に認識されるようになった。人間の活動により排出される二酸化炭素は、大気中の二酸化炭素の増加量をはるかに超えるが、超えた分の二酸化炭素は一体どこに行っているのか。この問題は一時人々を困惑させたが、後に海に吸収されていることがわかった。その中でも重要なメカニズムがいわゆる「海洋生物ポンプ」である。
海洋生物について、人々は魚・エビ・貝・海藻などの存在は認識しているが、海にはこのほかに極小の、しかし数の上では膨大な微小生物が存在することを知る人は少ない。海水1リットル中の微生物の数は、驚くことに地球全体の人類の数に値するのだ。海洋微生物には特殊な機能があり、海洋での炭素隔離の過程で決定的な役割を果たす。焦念志教授の研究対象はまさにこの目に見えない海洋微生物である。
焦念志氏によれば、海洋には莫大な再生可能エネルギーが貯蔵されており、これには、バイオエネルギー、波浪、潮汐、海流、海風、海水温度差及び塩分濃度差などが含まれる。世界エネルギー委員会のデータによれば、世界の海で貯蔵される塩分濃度差による総発電効率は35億kW余りに達し、世界の海水温度差に含まれる熱エネルギーは石炭40億トン分の発熱量に相当する。世界で利用可能な波浪エネルギーは20億kWで世界の現在の発電量の2倍に相当する。また、中国気象科学研究院のおおまかな計算によれば、中国の領海上で開発可能な風力発電貯蔵量は7.5億kWで、開発可能な潮汐エネルギー資源は2000万kWに達し、年間発電量は600億kWh余りに達する。このことは、われわれが海洋由来の低炭素エネルギーを開発する上で明るい見通しとなる。また、海洋エネルギーの開発は一部の新興海洋関連産業の誕生を促した。例えば、海洋電子通信、環境保護、生態保護関連産業や海上の金融保険業などがあり、これらはいずれも国の低炭素経済体系の重要な構成要素である。
海洋微生物にとって、溶存有機炭素(DOC)は生命の支えである。しかし、大部分のDOCはまるで米ぬかのように消化されにくく水中に残留する。科学者たちは、海洋の食物連鎖の中でなぜ一部の有機質はCO2として放出されにくい形質に転換するのかを明らかにしようとしている。海洋には莫大な量の炭素を海面より下の水系に浮遊させる目に見えないプロセスがあり、焦念志氏ら科学者たちはまさにこの炭素リザーバーにおけるCO2貯蔵という魅力的な可能性を探索している。
海洋炭素吸収源の研究に話が及ぶと、焦念志氏は生き生きとして見える。資源環境と炭素循環が密接に関係する海洋微生物の生態プロセスとメカニズムは彼の専門分野で、10数年にわたりひたすら追求してきたからだ。海洋こそが大気中の二酸化炭素の「吸収源」であり、人類の活動によって発生した二酸化炭素は約30%が海洋に吸収される。このため、海洋は世界の気候変動の「バッファー」としての役割を果たす。われわれが海洋の炭素貯蔵メカニズム(「生物ポンプ」、「微生物炭素ポンプ」)について一層研究を進めれば、気候変動の調節の中で海洋の炭素隔離が果たす重要なメカニズムとプロセスをさらに掌握でき、ひいては、吸収源を増やすことで排出削減の目的を果たすことができる。
焦念志は業界に先んじて「海洋微生物炭素ポンプ」という新たな概念を提起し、海洋の炭素循環における微生物の果たす大きな役割を明らかにした。これを受けて海洋研究科学委員会(SCOR)は2008年10月に「海洋微生物炭素ポンプ」を専門に研究するSCOR科学作業グループを設置し、焦念志氏が座長を務め、米国、オーストラリア、アジアなど12か国の科学者23名がメンバーとなった。この研究の将来性は大きい。
海と切っても切れない縁
1979年9月、焦念志氏は山東海洋学院(中国海洋大学の前身)の校門をくぐり、その日から海と切っても切れない縁を結んだ。海洋大学で博士号を取得した後は中国科学院海洋研究所で博士として勤務し、2001年には教育部の「長江学者」第一グループの特任教授として厦門大学に赴任し、現在は厦門大学近海海洋環境科学国家重点実験室の副主任を務めている。こうして、焦念志氏は愛する海の世界からずっと離れずに過ごしている。
この20年間、彼は一貫して海洋科学研究の第一線で活躍してきた。焦念志氏は東京大学、ハワイ大学、香港科技大学、マサチューセッツ工科大学、日本の国立環境研究所で研究者又は客員教授の職に就いた。地球圏-生物圏国際協同研究計画(IGBP)の地球規模海洋フラックス研究計画(JGOFS)では米国、カナダ、日本、ロシア、韓国及び中国の6ヶ国で構成される作業グループの中国側代表を、また、海洋研究科学委員会(SCOR)では海洋ウイルスと生態系作業グループのメンバーを務め、海洋微生物学という国際的にも最先端の舞台で祖国のために貴重な一席を勝ち得てきた。
焦念志教授は海洋微生物学の分野で目ざましい貢献を収めた。彼が提示した「海洋基礎生産力の構造」という新たな概念によって基礎生産プロセスとそのメカニズムが深く分析され、生産過程に始まる多数のパラメータによって過去に軽視されていた近海における微生物の重要性が証明された。また、超微プランクトンの「プロクロロコッカス(Prochlorococcus)」の中国海域での大量の存在を初めて発見してその分布・境界、変化の法則や基本的な制御メカニズムを明らかにするとともに、プロクロロコッカスや酸素非発生型好気性光合成細菌(AAPB)などの典型的な機能性生物群を代表とする超微プランクトンの海洋生態系における地位を明らかにした。また、赤外線顕微鏡による時系列解析技術(TIREM)を初めて確立して長期にわたる理論上の誤認を打ち破り、世界の同業者たちとの方法上の著しい誤差を解決し、重要な生物学的意義と進化的意義を持つ酸素非発生型好気性光合成細菌の自然海域における真の分布法則を明らかにするとともに、海洋環境に存在する酸素非発生型好気性光合成細菌のGamma類群を初めて発見した。彼の研究成果はあたかも透視鏡のように、人々に対して海洋における微生物の特殊作用を示した。また、海洋の生物資源を開発し、環境評価とその保護のために未曾有の情報を示した。
焦念志氏は、2009年12月19日、温家宝総理がコペンハーゲンで開催された気候変動に関する会議で厳粛な誓いを立てた翌日、中国気象局と国家海洋局がそれぞれ同氏に電話をかけて「海洋炭素吸収源」に関する問題について尋ねたことを今でもはっきりと覚えているという。海洋炭素吸収源は今後、生態環境を保護し、地球の気候変動に対応する上で疑いようもなく重要な方法の一つである。当然ながら、研究は始まったばかりであるため、何事もデータに基づき話をする必要がある。例えば、海洋炭素吸収源の潜在的規模や、近海の養殖システムによる海洋炭素リザーバーに対する影響はどれほどのものか、また、河川の海への流入は陸上炭素リザーバーにどのような意義を持ち、「生物ポンプ」、「微生物ポンプ」の炭素貯蔵作用はどれほどあるかなど、いずれもさらなる研究が必要だ。彼は自らを基礎研究に従事する者として、最も避けるべきは功を焦り、目先の利を求めることだと語る。しかし、大勢の人が一致団結して努力すれば、海洋炭素吸収源を増やす有効なルートは見つかるだろうこと、そして、わが国の生態環境の建設と人類全体にかかわる気候変動に貢献できるだろうことを彼は信じている。