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【15-002】「中国ビジネスは、進出は易く撤退は難しい」の嘘(その1)

2015年 4月23日

和中 清

和中 清: ㈱インフォーム代表取締役

昭和21年生まれ、同志社大学経済学部卒業、大手監査法人、経営コンサルティング会社を経て昭和60年、(株)インフォーム設立 代表取締役就任
平成3年より上海に事務所を置き日本企業の中国事業の協力、相談に取り組む

主な著書・監修

  • 『中国市場の読み方』(明日香出版、2001年)
  • 『中国が日本を救う』(長崎出版、2009年)
  • 『中国の成長と衰退の裏側』(総合科学出版、2013年)

当たり前のことが「中国では」と語られる不思議

 「中国ビジネスは、進出は簡単だが、撤退は難しい」「撤退は進出以上に多大な労力がかかる」と言われる。本当だろうか。

 筆者はこの言葉には誤解と情報操作があると考えている。

 「撤退は難しい」ということは、一面では当然なことでもある。何年、何十年と中国で事業をすれば、取引先、従業員、現地政府など、事業の関係者も規模も拡大する。撤退となれば、関係者との調整が必要になり、年月が経てば、調整の苦労も増える。労務面だけでなく、資金面の問題もある。閉鎖する企業は、経営に行き詰まり撤退する場合も多い。仕入先への債務や労働債務も多額に残ることもある。

 だが、これらは「中国では撤退は難しい」と言われる筋合いのものでもない。どこの国でも、日本でも事業閉鎖となれば、多くの始末をつけねばならず、大変な苦労が伴う。

 その当たり前のことがどうして「中国では」という言葉で語られるのか不思議でもある。

「中国に入る」には撤退よりはるかに苦労する

 「入るのは易く、撤退が難しい」ということは、「入る」に必要な準備をしていないことであり、中国ビジネスの取り組み方の問題がある。

 社会制度や事業環境など、多くが日本と異なる中国である。「入る」ことが簡単なはずは無い。筆者は現在、自動車部品の成型、鍍金を行う企業の中国事業の協力をしている。

 進出前に多くの準備をしたと思っても、操業後に思わぬ問題が起きる。例えば水である。鍍金加工に純度の高い水は不可欠である。事前に水質検査をしても、季節の変化で微妙に水質も変わり、それが品質に影響する。

 日本では問題にならないことも想定し、時間をかけて準備しなければならないのが中国ビジネスである。しかし90年代から、日本企業は「進出までの決定は遅いが、行動は早い」と言われた。この言葉は準備に時間をかけないことを意味する。法律や政策だけを確認し、政府の役人が「問題ない」と言っているとのことで進む場合もある。幹部の採用も、人間性を見る十分な時間を省き、「日本人のことが理解できる」との理由で採用が決まる。

 一般社員の採用も派遣会社にまかせ、ひと盛りいくらの発想、「何人必要」の一言で商談が成立する。準備の手間と苦労を惜しむだけで、経営のノウハウや定着への自信も生まれない。

 手間を惜しみ「入るのは簡単」と言っても、それは真実の姿ではない。

「進出は易く、撤退は難しい」の裏にある情報操作

 「進出は易く、撤退は難しい」の言葉は、一部の知識人とマスコミにより「帰るに帰れない、抜けるに抜けない中国ビジネス」にすり替わる。その言動は、90年代から今に至るまで、中国ビジネスが、まるでヤクザ世界に足を踏み入れたかのような印象を与え続けた。

 そこにあるのは情報操作であり、誘導である。

 最近、広東省に進出したC社の工場閉鎖に伴う従業員解雇をめぐる紛争が話題になった。新聞報道では、「広州にあるC社が2月5日、翌日の会社解散と従業員の全員解雇を通告し、約1000人の従業員が抗議する騒ぎが起きた。C社は1997年から腕時計の部品などを製造してきたが、国際的な事業再編で閉鎖を決めた。中国では通常の解雇は1カ月前の通知が義務付けられているが、会社解散の場合は通知義務がない。同社は「地元当局と協議したうえでの措置で、手続きに違法性はない」と主張しているが、中国国内では「違法性がなくても従業員に重要な情報を隠していた」(新華社通信)などと批判的な報道が相次いだ。そしてC社は最終的に、「解雇時に支払う補償金を上積みして、事態を収束させた」と報道された。

 この事件を受け、日本ではさらに「中国からの撤退を決めた企業が、現地従業員への対応に頭を悩ませている」「従業員の解雇などを伴う撤退は進出以上に多大な労力がかかる」などと報道されている。だがこれには、「何かが変だ」と思う人も多いのではなかろうか。

中国労働契約法の労働契約解除規程

 C社の対応を語る前に、中国労働契約法の労働契約解除の規程を確認する。

 労働契約法では、使用者及び労働者は協議合意により(第三十六条)、試用期間中に採用条件に合わないことが証明された場合、労働者の規則制度への著しい違反の場合、著しい職務怠慢や不正行為で会社に重大な損害を与えた場合(第三十九条)などで使用者は労働契約を解除できる。

 その規程以外に、第四十条に次の3項がある。(1)労働者の疾病などで医療期間満了後も元の業務、他に手配の業務にも服しえない場合 (2)労働者が、業務が全うできないことが証明され、職務訓練を経てもなお困難な場合 (3)労働契約締結時の客観的状況に重大な変化が起こり、労働契約履行が不可能で、双方が協議しても労働契約の変更に合意できない場合― この第四十条の場合には、30日前までに書面により労働者に通知、または労働者に1カ月の賃金を支給し、労働契約を解除できる。

 さらに第四十一条に、使用者が特定の状況にある場合、20人以上または20人未満であるが全従業員数の10%以上の人員削減が必要な場合、使用者は30日前までに労働組合または全従業員に対し状況を説明し、労働組合または従業員の意見を聴取した後、人員削減案を労働行政部門に報告したうえで人員削減を行うことができるとある。特定の状況とは、(1)企業破産法の規定により再編を行う場合 (2)生産、経営が極めて困難になった場合 (3)企業の製品転換や重大な技術革新または経営方式に調整があり人員削減が必要な場合 (4)労働契約の締結時に依拠した客観的経営の状況に重大な変化があり、労働契約の履行が不可能となった場合である。

 また四十四条には、使用者が法により破産を宣告された場合、使用者が営業許可証を取り消され閉鎖を命じられた場合、または使用者が事前解散を決定した場合、には労働契約は終了するとある。

法的にも問題があると思われるC社の対応

 C社がどういう経緯で事業閉鎖当日の通知になったのかは明確でない。会社整理の場合は通知義務がないと報道されているので、第四十四条の営業期間満了前の事前解散での労働契約の終了と考えたのだろう。

 C社は閉鎖にあたり、幹部には何らかの説明をしていたとの話も現地では伝わる。しかし一般従業員への事前説明はなく、出勤した社員はその日に翌日の閉鎖を知らされた。

 会社整理の場合、従業員への通知は不要というのは、法律の都合のいい解釈である。

 労働契約法第四十四条で、使用者が破産宣告を受け、営業許可が取り消されて閉鎖を命じられた場合に労働契約が終了するのは、その結果、法人格が無くなるためだ。

 C社の閉鎖が第四十四条の事前解散になるとしても、解散までの法的手続きに時間も掛かる。その間労働契約は持続する。それを待たずに解雇するなら、30日前の通知は必要である。法的にも明日で閉鎖、労働契約終了というものではない。

 C社は本来、労働契約法第四十一条で、30日前までに労働組合または全従業員に状況を説明して対応すべきであった。何のために30日前の通知が必要とされるのか。それは解雇する従業員に再就職の準備をさせるためである。

従業員の顔が見えていない進出企業

 C社の事例を法律違反と指摘するのが筆者の本意ではない。C社の事例を法律解釈だけでとらえるのは本質を誤る。C社の事例は、中国ビジネスの取り組み方の誤解であると思う。

 C社は、事前に地元政府と協議したとされるが、中国で事業をするのは企業である。政府が社員を雇用するわけではない。中国ならずとも、出社した社員が「明日で会社を閉鎖する」と聞かされれば、日本でも問題は起きる。政府の意見を聞く前に、企業として「どうあるべきか」が忘れられている。本来ありえないことが、「法律では問題ない」ということで進んで行くが、そこに落とし穴があると思う。

 どうしてそのようなことになるのか。そこに「従業員の顔が見えていない」進出企業の問題がある。C社がどんな雇用形態をとっていたのかわからないが、中国では派遣会社に依頼して、従業員を採用することも広く行われる。企業は派遣会社と契約し、従業員との労働契約は結ばない。採用や契約解除は機械的に進む。

 そこでは従業員の顔が見えない。見えるのは契約の文言である。労務管理も他人任せになる。従業員同士が喧嘩しても派遣会社が対応し、楽でいいと語る日本の企業もあるが、楽な分だけ労務管理のノウハウも得られない。

 法律、契約に問題がなければとの発想にもなり、生身の人間と接している意識が薄れる。そうなれば、ことは労務面だけの問題ではない。市場対応にも影響する。市場対応は市場を構成する人と社会への対応である。人と社会の姿が見えねば市場も見えない。

 労務面の対応を過度に弁護士任せにすることも問題である。弁護士は法律と契約で判断するのが仕事である。彼らが事業経営をするわけでもない。法律と契約に問題が無ければOKとの発想にもなりかねず、人の心が置き去りにされる。C社の対応は、仮に法律面からの問題がなかったとしても、事業経営上の問題がある。法律や契約以前に、異国での事業であることをもっと認識すべきである。

その2へつづく)