【15-005】「中国をよく思わない83%の世論」の裏にあるもの(その1)
2015年10月 6日
和中 清: ㈱インフォーム代表取締役
昭和21年生まれ、同志社大学経済学部卒業、大手監査法人、経営コンサルティング会社を経て昭和60年、(株)インフォーム設立 代表取締役就任
平成3年より上海に事務所を置き日本企業の中国事業の協力、相談に取り組む
主な著書・監修
- 『中国市場の読み方』(明日香出版、2001年)
- 『中国が日本を救う』(長崎出版、2009年)
- 『中国の成長と衰退の裏側』(総合科学出版、2013年)
- 『仕組まれた中国との対立 日本人の83%が中国を嫌いになる理由』(クロスメディア・パブリッシング、2015年8月)
「中国をどう思うか」1138人へのアンケート
2014年の内閣府の「外交に関する世論調査」で、「中国に親しみを感じない」と答えた人は、「どちらかというと、感じない」も含むと83.1%だった。
先日、筆者は『仕組まれた中国との対立』というタイトルの新著を書いた。本をまとめるにあたり出版社が、日本の1138人に中国をどう思うかについてアンケート調査をした。そこではイメージが「悪い」と答えた人は857人で全体の75.3%。内閣府調査とほぼ同じ傾向が出ている。
アンケートでイメージが「悪い」と答えた人は、主に四つのことを中国の問題としてとらえている。(1)共産党一党支配による民主化の遅れ、(2)中国人のマナーや自己主張の強さ、(3)中国の拡張主義と領土問題、(4)貧富の格差と腐敗である。中国人のマナーや偽ブランド品など身近な光景も「悪い」に結びつくが、一方的な思い込みで嫌悪感を抱き「悪い」と答える人も多い。
「1億人の富裕層と12億人の貧困層、こんな国が経済大国と呼べるのか」「日本に色々な国から人が来ているが、水資源や土地を買いしめたりして日本を侵略しようとしている」「多くの国民から中国共産党は搾取をしている」「日中国交正常化後、日本からOⅮAほか多くの資金が中国に投入され、インフラ整備に貢献しているが、これっぽっちの感謝の気持ちもない」「水に流すのが美徳の日本人と逆に、恨みをはらすことが美徳とされているのが中国人とかつて聞いたが、今でもそうなのか」などの意見がある。
そんな意見の一方、冷静に中国を捉える意見もある。「一部の悪い行いが目について、それを日本のマスコミが意識的に取り上げるので反中感情が高まっている。日本人の中でも悪い人はいっぱいいるし、アメリカ人の中にもいる」「嫌なイメージが強いが、昔の日本と似ているので頭ごなしに中国批判をする日本人もどうかと思う」「中国に駐在していたこともあり、日本で報道される中国がすべてだとは思いません。環境問題に関しては、日本も経験していたこと」「日本人ですが、上海で生まれたものです。中国人は『鷹揚な方』が多く『優しい人間』『心の広い人』が多いです。終戦時、近所の中国人に大変お世話になりました」。
「私の第二の『故郷』です」「留学、駐在で中国滞在歴合計8年です。中国人は心が広いし、とてもフレンドリーです。私は困っているとき何度も助けられました。本当の中国を知れば見習うべきところもたくさんあると思いますが、日本のマスコミはマイナス面だけを報道しているので一般の方には悪いイメージしかないのだろうと思います」
中国で駐在経験のあるビジネスマンや中国と関わりのある人、観光旅行で中国に行き肌で中国と接した経験のある人の多くからは、冷静な目で中国をとらえようとする意思が見られる。
日本人はどこから中国情報を得ているのか
上述の調査では、「中国に関するさまざまな情報が流れてきますが、よく中国の情報に触れるメディアは何ですか」という質問も行っている。質問の結果、テレビの情報が圧倒的で44%を占め、テレビ、インターネット、雑誌の3つのメディア合計で82.7%を占めた。
「悪い」意見には、問題を強調して批判的、揶揄的に番組を制作する一部のバラエティ番組も強く影響していると考えられる。
アンケートでは、「お金を拾ったら、警察に届ける人は、何%くらいいるのか」との意見もあった。筆者の知人は昨年、湖南省の長沙に出張した折、クレジットカードの入った財布を紛失した。幸いその中に名刺があり、財布を拾った青年はホテルまで財布を届けた。お礼のお金を渡そうとしたが、受け取らず、ひと言「届けられてよかった」の言葉を残し、名前も住所も告げず去ったそうだ。
「日本のODAに感謝の気持ちもない」という意見に対し、筆者は日中戦争がどんな戦争だったのかを問いたい。中国は戦後処理で日本にどう対応したのか、日中間の歴史認識に大きなギャップが存在することも原因である。
歴史の風化と言われるが、多くの日本人には思い出そうにも、戦争そのものが頭の中に入っていない。中国の戦犯裁判での人道的対応[1]や日中国交正常化交渉での戦争賠償責任のやりとりなどが伝わればもう少し違う意見にもなると思われる。
一部の展示内容について日中間で議論となるが、南京大虐殺記念館には日本の侵略と虐殺、強姦の資料、写真の展示とともに、日中国交正常化や日中平和友好条約、民間外交、経済文化交流、OⅮAについても紹介され、「中日両国には二千年あまりの友好往来の歴史がある」と記されている。
中国を自分の目で見る人は限られている。そうでない人はメディアから流れる映像やコメントに影響を受けやすい。日本の書店には反中・嫌中本が溢れている。情報が歪んでいれば、中国を良く思わない83.1%の世論は簡単に作り上げられる。そこに日中関係を複雑にする原因が潜む。
「格差」「覇権主義」など最大公約数 的な言葉で語られる中国
筆者は、中国との対立を仕組む「三つの対立因子」が存在すると考えている対立因子からながれる情報も83%の人が中国を良く思わない原因となる。そこには、嘘も誘導も誤解もある。
また中国は人口も多く、国土も広く、国情は複雑で、その中身がとらえにくい。
そのため掘り下げて考えることなく、中身の分析を省いて「ひとまとめの言葉」で中国を括ろうとする一部のメディアや知識人の傾向もある。それは「格差」「バブル」「権力闘争」「独裁」「覇権主義」などの最大公約数的の言葉である。それが大衆受けするからでもあり、その言葉が中国を表わす言葉となっていく。
「中国は格差や環境や民族問題で人々の不満が高まり、分裂し崩壊するリスクを防ぐために覇権主義が必要」という人がいる。対立因子が最大公約数的に語られる中国論でもある。
だが、現代の中国はそんなに単純な国ではない。何をもって覇権主義というのかさえ、とらえる人で違う。
アンケートでも、多くの人が中国を「拡張主義」でとらえている。中国は海外で土地や水資源を買い漁っているという意見もある。海外で資源を買い漁れば拡張主義なら、日本も同じである。国内に資源の無い国は拡張主義になる。鉱物資源や食糧を他国に求める国は多い。
日本の2012年の一次エネルギー自給率は6%、2013年の食糧自給率はカロリーベースで39%である。中国は重量ベースだが2012年に食糧自給率が90%を切った。それを指摘するなら、国民一人当たりの輸入量も語らないとフェアな議論にはならない。
チベット、ウルムチの民族問題も歴史的経緯を考えれば「民族問題を抱えている」と一言で語れることではない。経済格差や暴動、テロなど、解決すべき問題は多いが、社会に融和するチベット、ウイグル族も多数いる。
中国政府は少数民族への各種の助成も行っている。少数民族が暮らす郷鎮政府での民族助成の予算制度、少数民族への経済面の助成(生産、建設、資源開発での低利ローンや貸付制度。農業者への農業工具助成、少数民族用特別需要品を生産する企業や民族貿易企業への利息の国家補助、増値税の50%還付、農業税減免などの減、免税措置)もある。
また教育、文化面では、山奥や経済困難地域での小中学校、初級職業学校設置の助成、寄宿生活の資金補助、就学の助学(奨学)金制度も取り入れられている。
小中学校では、少数民族言語での授業とそのための費用支出や教員の増員も認められ、中等職業専門学校、中学、大専(短大)には民族クラスが設置されている。大専や大学では豚肉が食べられない少数民族の食堂も設けられている。
大学受験ではテスト点数の優遇、学生のローンの助成もある。
婚姻年齢も少数民族は女性18歳、男性20歳で漢民族より年齢が低い。見直しの動きもあるが、一人っ子政策も少数民族はその対象外である。このような制度の有効性については議論の余地はあるが、それでも上記の制度があることも認識して「民族問題」をとらえることが必要である。
南沙諸島(英語名スプラトリー諸島)の埋立てや尖閣で中国の拡張主義と脅威を語る人も多い。だが、南沙も尖閣問題もそんなに単純な話ではなく、複雑な背景がある。南沙には関係地域諸国の思惑と米国の利害も絡み、中国の埋立て写真だけでは真実は読めない。南沙の問題を、ここで詳しく触れることは控えるが、中国の埋立ての映像を流すのは英国軍事情報組織IHSやワシントンの戦略国際問題研究所CSISである。より多角的な分析・議論が必要であろう。
(その2へつづく)
[1] 川越にあるNPO法人、中帰連平和記念館に、戦犯裁判での「起訴免除」の判決文現物が保管されている。ただし、裁判は3回に分けて開かれ保管があるのはその1回分。中国での戦犯裁判を受けた人たちの供述や体験録も保管されている。また報道ではNHKの「戦犯たちの告白」(89.8.15)や、「認罪~中国・撫順戦犯管理所の6年」(08.11.30・「ギャラクシー大賞」受賞)などがある。NHK報道では中国での死刑も無期もあった判決原案を「周恩来が3回も書き直させた」と伝えている。