【16-001】中国は消費大国になれるか(その1)
2016年1月25日
和中 清: ㈱インフォーム代表取締役
昭和21年生まれ、同志社大学経済学部卒業、大手監査法人、経営コンサルティング会社を経て昭和60年、(株)インフォーム設立 代表取締役就任
平成3年より上海に事務所を置き日本企業の中国事業の協力、相談に取り組む
主な著書・監修
- 『中国市場の読み方』(明日香出版、2001年)
- 『中国が日本を救う』(長崎出版、2009年)
- 『中国の成長と衰退の裏側』(総合科学出版、2013年)
- 『仕組まれた中国との対立 日本人の83%が中国を嫌いになる理由』(クロスメディア・パブリッシング、2015年8月)
五つの視点で中国の消費を考える
前回の日中論壇 では、中国の成長鈍化によるチャイナリスクの言論への反論を述べた。その中で多くのメディア、論者が「中国は労働分配率が低く、それが消費の伸びない原因」と指摘していると述べた。ある銀行系の中国経済情報は「経済の外需と投資への依存度が非常に高い。日米中の個人消費のGⅮPに占める比率で見ると、2014年に中国が38%と日本の61%や米国の69%に比べて中国の内需、個人消費による経済牽引力不足が目立っている」と述べている。
また筆者は、「爆買い」中国人の大半は中産階級であると述べた。それは旅行会社、カード会社が発表する「旅行者平均像」や筆者が日常接する日本への旅行経験がある中国人からも明らかであるが、中国の格差の情報に接している読者はその意見に戸惑うと思う。だが、世界2位の経済大国は中産階級が育たずしてはありえない。
ずば抜けた富裕層も数多くいる。昨年胡潤(Rupert Hoogewerf)が発表した10億ドル富豪数は中国大陸596人、香港とマカオが119人、米国が537人だった。スイス信貸銀行(Credit Suisse)の2015年の報告では、中国家庭の資産合計は22.8兆ドル、2014年より1.5兆ドル増加した。米国は85.9兆ドル、日本は19.8兆ドルだった。
同銀行は、家庭保有資産で60万元~600万元の保有層を中産階級とした上で、中国の中産階級は成人人口の11%、1.09億人となり米国の9200万人を超えたと報告している。
単純に考えても13億人の大国を富裕層だけで率いることは不可能である。
中国の消費を問題とする論に共通するのは、国土と社会の実態を無視し、投資と消費を動的に捉えず、比率だけで先進国と比較して過剰投資と過少消費を指摘することである。
今回の日中論壇のテーマは「中国は投資大国になれるか」であるが、実はもう消費大国になりつつある。中国の実態と日本のとらえかたにギャップがあり、それが見えていないだけである。何故ギャップが生じているのか、それを明らかにすることが今回の日中論壇の目的でもある。
論を三つに分け、先ず最近の中国の消費動向を紹介し、次に現実の消費と消費を問題とする論とのギャップの原因分析、最後に将来の消費の展望について述べる。
中国の消費を論じる場合、筆者は五つのことをとらえることが重要と考える。
一つ目は、消費と投資の比率だけで過少消費が指摘できるかということ。二つ目は、所得統計の労働者報酬と企業所得の区分、それによる労働分配率の計算に問題がないかということ。三つ目は、GⅮP統計のサービス業の取り扱いに問題がないかということ。四つ目は、裏経済と裏所得が消費統計にどう影響しているのかということ。五つ目は、中国経済は投資より消費が隠れる経済であるということの五つである。それらを述べる前に、最近の中国の消費動向を見ておきたい。
中国は世界一のネットショッピング大国
中国の消費社会が、「内需、個人消費による経済牽引力不足」と言われる状況と異なることは、中国での生活体験のある人が感じることでもある。
グラフは中国の社会消費品小売り総額と伸び率の推移を表したものである。毎年の経済成長率よりはるかに高い伸び率である。
前回の日中論壇で述べたように、昨年の1月から9月の社会消費品小売総額は前年比10.5%の増加である。映画館の売上は50%増、一定規模以上企業の携帯電話等の通信機器売上は34.7%増、インターネットでの商品小売額は34.7%増だった。住宅市場の回復とともに建材、家具の売上も回復している。
昨年の10月4日に中国映画「港JIONG」の売上高は12.8億元に達し、中国映画史で国産映画の売上最高額となった。2015年上期の映画館の総売上高は202.4億元で前年比48.9%の増加。入場者数は5.6億人、前年比45.9%の増加である。また今年の6月に開業予定の上海ディズニーランドの10歳~69歳の1日利用券は500元、2日券は700元とも予想されている。
昨年9月までのGDP増加の貢献率では投資が43.4%、純輸出が-1.8%に対し、消費は58.4%、前年比で9.3%の増加である。
昨年11月の自動車販売台数は250.88万台、前年比20%の増加だった。
自動車取得税引き下効果もあり、トヨタカローラの11月までの販売台数は223,941台で前年比57.2%の増加だった。10月までのポルシェの販売台数は49,190台、前年比37%の増加で、昨年の販売総台数は57,000台に達する見込みである。電動や混合動力の新エネルギー乗用車販売もグラフのように拡大を始めた。公共交通バスやタクシーを含む昨年の新エネルギー自動車販売は25万台程度、2020年に年間300万台になると見られる。
2004年のインターネットビジネス取引額は1兆元だった。2012年に5兆元になり、ネット小売額は1兆元、2014年の取引額は13.4兆元で小売額は2.8兆元、全社会小売総額の10.6%となった。昨年10月までのネット小売額は2.95兆元で、中国は世界一のネットショッピング大国である[1]。
アリババが中国でB2Bを立ち上げたのは1999年、2003年にネットショッピングの陶宝(Taobao)が生まれ、翌年に決済サービスの支付宝(アリペイ)が誕生した。それから僅か10年余りである。
中国の都会は、日本よりキャッシュを持たない生活が定着している。多くの人が携帯アプリでタクシーを呼び、支払いも携帯で済ます。コンビニでの支払いや交通カードのチャージもアリペイや微信(ウィチャット)で行う。2015年上期の映画チケットのネット販売は45.2%を占めた。またネットでの旅行取引額も前年比35.6%増加している。
筆者の身近でも財布を持たず外出し、突然のキャッシュの必要に困って友人にお金を借りる人が増えた。その返済もアリペイやウィチャットで済ます。街の小さなラーメン店にまでアリペイの勧誘が始まっている。
2015年6月に携帯のネット人口は5.94億人に達し、購買人口は2.7億人、2014年の移動通信購買市場規模は9,297億元である[2]。街の野菜市場にまでアリペイが入り込めば、ほんとうに都会では財布を持ち歩く人がいなくなるかも知れない。
アリババ研究センターの報告では、インターネットサービス業の営業収入は2011年の1,200億元から2015年に1兆2300億元になり、4年で10倍も増加した。
農村のインターネットサービス網の整備が始まる
昨年10月、国務院会議で農村のインターネットサービス網を整え、農村のネットショッピングを発展させることが決議された。その狙いは、農村への社会資本参入を促し、インターネットを通じて家電などの農村需要を促進すると同時に、農産品や民族商品を都市に販売し、農村旅行の拡大を目指すものである。
2012年の農村のインターネット普及率は6.3%だったが、既に昨年末の農村ネット人口は1.78億人になった。だが、まだ75,000の行政村のインターネット網が整備されていない。そのため政府はインフラと宅配物流網の整備、その資金助成を戦略的に進める。
都市の工場の寮では、福利厚生でネット配線が整えられ、寮の周辺でもネットカフェが営業している。多くの農民工が職業学校でインターネットに触れ、都会の寮で仕事を終えればネットの世界に浸る。彼らが故郷に帰れば、農村のネット普及率は急速に拡大する。
現在、農村のネットショッピング伸び率は40%を超えているが、ショッピング施設が少ない農村で、その便利さに気づけば火がつくのは早い。だから阿里、京東、蘇寧などのネットショッピング大手が農村市場開拓に力を注ぐ。そこにはネットでの果物、海産物、茶、蜂蜜、肉類などの農水産品取引の急成長も背景にある。380元から最高5,000元の安全を謳った輸入海鮮ギフトも昨年は30%の伸びであったと言われる。ちなみに中心価格帯は1,000元である。
「本来生活」というショッピングサイトがある。そこに褚時健という人が70歳で始めたオレンジのショップがある。普通のオレンジより少し高いが味が評判で、4年で著名な通販に成長した。70后、80后世代を対象に始まったが、90后(1990年以後に生まれた世代)にも共感を得るように様々な販促を始めている。米国産の梨もスーパーで派手な販売キャンペーンをしている。
アリババ研究センターは、陶宝と天猫(アリババの運営するネットショッピングサイト)の生鮮食品取引額は2010年に37億元、2012年に199億元、2013年に500億元、2014年に1,000億元の見込みと発表している。
11月11日は中国挙げての大商業活動日
中国では、1が4つ並ぶ11月11日は「双十一」と呼ぶ「独身者の日」として定着している。2009年から「双十一」に天猫(Tmall)、蘇寧、京東などが大規模バーゲンを行い、中国挙げての「大商業活動日」になった。
昨年の「双十一」では天猫の売上が何時に100億元を突破するかが話題になり、0時1分12秒に10億元、0時12分28秒に100億元を超え、17時28分に一昨年の売上719億元を超え、12日午前0時に912億元に達したと報道された。
蘇寧の「双十一」の売上は、18時には前年比363%の増加、京東も18時26分24秒に過去5年の売上総額を超えた。内陸重慶市での蘇寧の「双十一」売上は一昨年の4倍、粉ミルクなどの輸入品は15倍だった。
昨年、家電の店舗販売は低迷した。「双十一」に先立ち美的や格力のメーカーは全国の店舗でキャンペーンを行った。美的は11月7日に300余りの会場でキャンペーンを行い、1千万人を集めた。広東省地域の売上は1億元を超えた。量販店もネットショップに対抗し、「双十一」の前にキャンペーンを行い、データ調査会社の奥維雲網(AVC)の発表では、「双十一」前1週間の冷蔵庫、洗濯機の売上は前年比60.5%と43.6%増加した。
国家統計局は昨年、ネットショッピングの消費者調査をした。調査では男性より女性の方が、ネットショッピングの消費行動に与える影響が大きいことが報告された。
アリババは「双十一」に参加する7割が23歳から35歳の女性、地域では北京、上海、広州、杭州、成都が多いと報告している。
“剁手党”と呼ばれるネットショッピング依存症の女性が話題である。“剁手党”とはネットショッピングから離れられず、請求を見て「クリックしないように手を切り離す(剁手)しかない」と悔やむ女性たちで、彼女たちは輸入品剁手党の主力でもある。
中国系調査会社のiResearchの調査では、昨年、中国人平均の携帯とパソコンに接する1日の時間がテレビを見る時間を超えた。“剁手党”はこれからも増え続けるだろう。
さらにアリババは「農村地域の陶宝双十一戦略」を打ち出した。浙江省で、農村陶宝サービスセンターを設置し、1年で全国6,000余りの村にサービス網を拡大し、既に数十万人の農民が「双十一」に参加できるようになっている。
都市で働く農民工はいずれ故郷に戻る。アリババは彼らを囲い込むため「農村陶宝サービス連合」に都市から戻った若者を参加させている。そのサービスでは村民が直接商品に触れることができ、携帯電話でも商品情報が得られるようにしている。また支付宝(アリペイ)に参加できない村民のために決済の工夫もしている。
広東省潮州市に軍埔村というネットショッピングで著名な村がある。成熟した14のタオパオ村と呼ばれる村の一つである。その軍埔村に1500余りのネットショップがある。
昨年の「双十一」には、村は「11.11戦準備せよ」の標語一色で、軍埔村の「双十一」の売上は、前日夕に6,900万元に達し、一昨年の販売を超えたと報道された。
農村陶宝サービスは農村の現代化で、農村を消費社会に変貌させようとしている。
そんな中国での動きの一方で、一部の日本のメデイアや識者は、農民を格差社会の象徴とする捉え方から脱せていない。
日本では農家の兼業所得も農家所得である。それで都市と農村の所得が比較される。中国の農村所得統計には都市で働く農民工所得は入らないが、相変わらず日本では農民工所得を農村所得と誤解した格差論が展開される。
筆者が関係する工業団地では、農民工のために「家電を故郷に」の標語で展示販売が行われる。農民工が40インチを超える液晶テレビを買い、故郷に贈る。
統計では農民工所得は都市所得、彼らが故郷に贈る家電購入は都市消費である。
そんな統計数字を表面的にとらえて問題指摘すれば、都市と農村の差が拡大するのは当然である。
(その2へつづく)
[1] 『南方都市報』2015年12月16日
[2] 『南方都市報』2015年12月16日