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【16-005】「中国製造2025」と日本企業の課題(その2)

2016年 4月28日

和中 清

和中 清: ㈱インフォーム代表取締役

昭和21年生まれ、同志社大学経済学部卒業、大手監査法人、経営コンサルティング会社を経て昭和60年、(株)インフォーム設立 代表取締役就任
平成3年より上海に事務所を置き日本企業の中国事業の協力、相談に取り組む

主な著書・監修

  • 『中国市場の読み方』(明日香出版、2001年)
  • 『中国が日本を救う』(長崎出版、2009年)
  • 『中国の成長と衰退の裏側』(総合科学出版、2013年)
  • 『仕組まれた中国との対立 日本人の83%が中国を嫌いになる理由』(クロスメディア・パブリッシング、2015年8月)

その1よりつづき)

「中国製造2025」とは

 中国国務院は、第十二次5カ年計画の「戦略的侵攻産業の育成・発展の加速に関する決定」で、産・学・研の連携を深め、国際協力に積極的に参加して、2020年までの戦略的新興産業の増加値を15%とすることを地方政府関係機関に指示した。

 その中で「省エネ・環境保護」「次世代情報技術」「バイオ」「ハイエンド設備製造」を国民経済の支柱産業とし、「新エネルギー」「新材料」「新エネルギー自動車」を国民経済の先導産業とした。戦略的新興産業の育成・発展には、国際化が必然的選択であるとし、技術導入と共同での研究開発を奨励している。

 そして昨年3月、李克強総理は、中国が工業大国から工業強国への転換を目指す「中国製造2025」を提起した。製造強国への道は三つの10年のステップ(三歩走)で臨む30年計画で、「中国製造2025」は最初の10年の行動要項である。

 最初の10年で基本的な工業化を実現し、製造大国の地位と製造業の情報化の水準を高め、製造強国入りを果たす。また、重点領域の技術革新を進め、産業配置を見直し、競争力を強め、生産性、資源の有効利用と汚染排出を減少させ、製造業の質を高める。次の10年で中国の製造業を世界における製造強国の中等水準に到達する。創新(イノベーション)能力を向上させ、優位にある産業界で世界的リーダーシップを持つ。最後の10年で中国成立百周年に合わせ、中国製造業の総合的な実力が世界の製造強国の先頭を走る、とする。

 「中国製造2025」はドイツの「インダストリー4.0」に影響を受けている。その核心は「スマート製造」で、工業と情報化を融合し、製品付加価値を向上させ、生産システム、生産管理方式の改革、産業と生産要素の配置を見なおし、産業と企業間の連携を図り製造業の革新を目指すものである。モノの価値を物理的なモノ+情報価値に転換させ、研究開発や営業サービスなどを価値の中心に置く。

 情報が優位に立てば、情報側からモノづくりに参加して創業も活発になる。活発になればさらに情報が集まり、協力が生まれ、生産要素や生産資源の最適配置、過剰生産の減少に結びつきコスト低減に寄与し、工業の革新をもたらす。

 「中国製造2025」は、情報技術、高級NC工作機械とロボット、航空宇宙装備、海洋工学装備と高技術船舶、先進軌道交通装備、省エネ・新エネルギー自動車、電力装備、新材料、生物医薬及び高性能医療器機、農業機械装備を十大重点領域とし、国家製造業創新中心建設プロジェクト、スマート製造プロジェクト、工業基礎強化プロジェクト、グリーン(環境)製造プロジェクト、ハイレベル製造装備創新発展プロジェクトを五大重点プロジェクトとしている。インテリジェント工場、NC工場を建設して生産計画、設計、製造、販売の情報管理を充実して人、モノ、情報のシステム化をめざす。

 「中国製造2025」の五つの方針は、「創新」を製造業発展の核心に置き、その環境を整備し、異なる領域の協力で「創新」を推進する。インターネット、インテリジェント化により産業、企業間の協力を高める。「品質優先」で品質を製造強国の生命線とし、品質管理システムを充実させる。「グリーンな発展」、環境に優しい製造技術、省エネ・環境保護技術、設備を強化し、持続的発展を目指す。「産業構造の最適化」でサービスと情報型の生産を強化し、産業構造の最適化を図る。「人材を基礎」に製造強国をめざす。スマート製造に適応する専門人材、管理人材、技術者を育成する[2]

「中国製造2025市場」が拡がる

 中国経済は「予測可能な時代」から「予測困難の時代」に入った。安価な労働力を武器に改革開放を進め、外資を呼び、輸出が増加した時代は、先が読める時代である。だが、旧型の成長モデルが壁につきあたり、中国は複雑な時代に踏み出している。

 筆者は「中国製造2025」の目玉は「中国の気づき」であると思う。中国の製造業は米国や日本に比べ「大きいが強くはない」ことに気づき、その原因の一つが情報やサービスなどソフトの軽視であることを理解したことである。

 中国の知的財産権保護への対応が国際社会で問題とされたが、これは天に向かい唾を吐くもので、自身に跳ね返り中国製造業の発展を遅らせた。

 そこに気づき、情報、サービス、研究開発、設計重視を打ち出した。「中国製造2025」の課題の全てに情報やサービスが核心に据えられている。ハイレベルの製品製造は設計や管理技術、産業の連携が支える。知的財産権を軽視しては成り立たない。

 筆者は91年に上海に進出した日本の下着のメーカーで、工程での製品汚れが問題となった時、社員から日本では下着を買えば洗ってから履かないのかの言葉が返ったことが強く印象に残る。汚れようが洗えば同じではないかの意見である。品質を高めるには、中国では先ず従業員の意識改革が必要であると痛感した。従業員の意識改革とは即ち企業家の意識改革である。中国は30年かけて、ハイレベルの製品製造には何が大切かに気づいた。

 これまで日本の製品には中国市場で参入の壁があった。その一つが価格である。日本の製品の機能や品質を認めても、材料や部品調達の現場では「中国だから安くできるはず」との言葉が持ち出される。実は「中国だから安くできる」というのは、人件費が低くても「まゆつば」である。環境、安全コスト、電力費、物流と移動交通費、物事を進める手間と時間コストなど、低い人件費を相殺するコストがばかにならない。だから「中国だから安く」という言葉には条件がつく。環境も安全も検査も必要なコストや教育を省けば、という条件である。

 そこで経営を維持するには「新品でもパンツは洗って履く」、つまり細かいことにこだわらず、コストを省く対応をせざるを得ない。だがこれは日本的経営に反する。日本的経営は完全を求め、その上を行くことに価値を見出す。結果さえ良ければ過程にこだわらない傾向がある中国式と逆である。日本には妥協を許さない技術者魂がある。だが中国は、「昔に比べればまし」という世界でもある。そのため価格とコストが合わずに中国市場をあきらめた日本の企業も多い。「中国製造2025」はそんな中国製造の改革である。それは、日本の技術や価格を受け入れることでもあり、そこに日本企業の市場、「中国製造2025市場」が拡がる。

「中国製造2025」における日本企業の課題

 しかしその対応はそれほど単純ではない。その市場を手に入れるには、日本の企業には3つの課題があると考える。それはまず「方向を見据えて(信じ)対応を絞る」、そして「市場に合わせる(丸い穴には丸い杭)」、最後に、決断と果敢さ(迷わず進む)である。

 政府が方針を転換したことと、市場の理解は別である。「中国製造2025」の基本原則は「市場が主導し、政府がサポートする」であり、主役は市場である。市場が意識を変えなければ前に進まない。市場が工業+情報、サービスの意味を理解し、その価値に対価を認めるかである。

 だがこれは難しい課題である。「中国だから安く」という言葉は生き続ける。市場が理解するにはタイムラグがある。しばらくは「中国だから安く」が続く。だが、古い考え方から抜け出せない企業の淘汰もこれから始まる。

 中国が転換を始めた事実が重要である。木の枝(市場末端の動き)と幹(国の方針)を区別しなければならない。枝に気をとられては時代の変化を見過ごす。中国の転換の後ろに拡がる大きな市場を信じることである。

 そして信じたら、対応を絞る。中国は多様な社会である。海外で「爆買い」する人も増えるが「まあまあ」を考える人も多数である。「パンツは洗って履けばいい」と考える人も依然多い。だから中国の消費財価格は日本より幅が大きい。日本では400ℓの冷蔵庫はおよそ72,500円~211,900円の価格帯である。だが中国では1,888元~20,999元。紙おむつL54枚は日本では1,197円~1,598円であるが中国では58元~170元。5ℓの炊飯器は中国では99元の中国製もあれば17,999元の輸入品もある。

 さらに中国は国土も広い。あれもこれも追いかけていては身も持たないし全てを失うリスクもある。変化を信じたら、市場を絞り対応する。海外旅行で本物の価値に目覚める人も増える。親戚、知人に頼まれ「爆買い」する人も多い。「爆買い」の背後にもっと多くの目覚める人がおり「目覚めの市場」は加速度をつけ拡大する。絞っての対応でも、日本企業の対象となる市場は日本より大きい。

 だが一方で、日本と中国には文化と習慣の違いがあることも考えなければならない。

 成熟日本は緻密な社会で細かいことにこだわる。完璧を追及し、少しのミスにも執着する窮屈な社会でもある。中国社会は逆である。13億もの国民がいれば、完璧を求めるのは不可能である。だから「まあまあ」でいいと考える人も多い。市場に対応するには丸い穴に四角い杭は入らないことを考えるべきである。日本式で「あれもこれも」中国に持ち込んでも市場が戸惑う。細かいところに手が届くのは心地いい反面、度が過ぎれば「よけいなおせっかい」ともなる。

 市場に対応するには「あれ」を削り「これ」を生かす、丸い穴に入る丸い杭を工夫すべきである。一部を削り、ムダを省き価格を抑える対応も重要である。

 だが日本企業は、時に削り方を間違える。材料を安物に変えて価格を下げる。これは四角い杭を丸く見せる対応でもある。「目覚めた」消費者は、その嘘に気づく。

 鴻海のシャープ買収には、日本企業のムダが見え、丸い杭さえ工夫すれば、市場が拡大できるとの読みがあるのだろう。

 最後は、日本企業の極度の慎重さに言及したい。中国の問題点に関する報道ばかりが流れ、慎重になるのもわからないではないが、そのために市場に乗り遅れるのは大きな損失である。

 「これまでの成長モデルの壁」「これからの時代に何が必要かの気づき」「構造改革に国を挙げて取り組む姿勢」―この3点に「目覚めた」消費者を重ねると、これから中国がどんな時代に突入するかは明らかである。ゆえに果敢に「中国製造2025市場」に対応すべきである。

 だが一方で、日本企業には技術を盗まれるとの心配もつきまとう。技術を守ったままグローバル化に対応できればいいが、守る技術もいつかは古くなる。守るべきもの、出してもいいものの選択も考えるべきある。また、取り組む相手、信頼できる良い相手をどう選ぶかも重要である。

 欧米には中国企業と上手く手を結ぶ企業が多い。彼らにはアジアは異質な土地であるため、中国企業と手を組む。一方、日本企業は手を組むこと、まかせることが苦手である。まかせ方も中途半端で対応もまた中途半端になりやすい。

 「爆買い」は本来の市場ではない。いずれ「中国製造」の技術も上がる。中国政府も関税や免税店の充実で対抗手段をとる。中国人が物より心に目覚め、海外旅行のスタイルも変わる。中国企業と上手く手を組み、拡がる「中国製造2025市場」に果敢に向かうべきである。

 「中国製造」の改革は30年の計画である。今から30年ほど前、鄧小平が改革開放の檄を飛ばした時、上海の街も自転車の洪水だった。それを揶揄的にとらえた人は多いが、中国の今日の発展を予想しえた人は少ない。中国は今また、次の30年の改革のステップに向かい進みだした。

(おわり)


[2] 王喜文編著『中国製造2025解読:従工業大国到工業強国』(機械工業出版社、2015年)参考。