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【16-008】中国のGDPが米国を超える日

2016年12月22日

和中 清

和中 清: ㈱インフォーム代表取締役

昭和21年生まれ、同志社大学経済学部卒業、大手監査法人、経営コンサルティング会社を経て昭和60年、(株)インフォーム設立 代表取締役就任
平成3年より上海に事務所を置き日本企業の中国事業の協力、相談に取り組む

主な著書・監修

  • 『中国市場の読み方』(明日香出版、2001年)
  • 『中国が日本を救う』(長崎出版、2009年)
  • 『中国の成長と衰退の裏側』(総合科学出版、2013年)
  • 『仕組まれた中国との対立 日本人の83%が中国を嫌いになる理由』(クロスメディア・パブリッシング、2015年8月)

一人当たりのGDPがパナマと同じになれば中国のGDPは米国に並ぶ

 中国のGDPがいつ米国を抜くのか。異論もあるだろうが、筆者は10年以内に抜くと考える。2020年を超えたあたりがその時期と考えていたが、少し延びるだろう。

 米国を抜くのは、国全体のGDPで、一人当たりのGDPではない。

 2014年の総務省国民経済計算では、中国の一人当たりの名目GDPは7,617ドルで世界の50位である。49位はルーマニア、48位はトルコ、47位はメキシコ、46位はマレーシアである。因みに日本は36,230ドルで世界の24番目である。

 国全体のGDPでは中国は世界で2位、米国の60%だが、一人当たりのGDPは米国の14%である。もし一人当たりのGDPが1.67倍の12,683ドルであれば中国のGDPは米国に並ぶ。一人当たりのGDPがその水準にある国はアルゼンチンやパナマである。つまり中国のGDPが米国を抜けないとの論は、一人当たりのGDPで中国はアルゼンチン、パナマを超えることはないという意見になる。筆者は30年間の中国の経済成長を見続けてきたが、それはありえないと思う。今回の日中論壇はその理由について考える。

 理由は「経済的安定」「14億人の経済」「内陸と東北」「制限の緩和」「外向型社会」「経済の膨張」「裏経済の表経済化」「旺盛な科学技術振興と投資」と考えている。以下、過去にこの欄で取り上げた項目も振り返りながら考える。

図1
図2
図3

中国経済は安定し、14億人の掛け算の世界は驚異的

 先ず「経済的安定」である。日本での中国崩壊論に反し、中国の成長は続く。今年の第1四半期の輸出入額は前年比-7.2%、第2四半期は-0.2%だったが、第3四半期は1.1%の増加に転じた。11月までの累計では輸出入総額は1.2%の下降、内訳は輸出が1.8%の下降、輸入が0.3%の下降である。1.2%の下降を分野別に見れば、加工貿易が5.7%減少、一般貿易は0.9%増加で、産業構造の転換が影響している。だが11月に、輸出入額は前年比8.9%の増加になった。輸出は5.9%の増加、輸入は13%の増加である。自動車販売は第3四半期まで、1,936万台、前年比13.2%の増加である。9月単月では256万台、前年比26.1%の増加、年末に2,700万台を超えると予想される。車種別ではフォードの中大型SUV車などが好調である。1,936万台の71.8%が1600㏄以下の小型乗用車で1,203.5万台、前年比22.1%の増加。自動車の大衆化が進んでいる。一方、5月までの住宅販売面積は47,954万㎡で前年比33.2%の増加だった。

 今年の9月末までの固定資産投資は前年比8.2%増だが、第1次産業分野の投資は21.8%増加した。農村特産品のネット販売が急成長し、陶宝、天猫など上半期のネットショッピング生鮮食品取引額が1,500億元になり、農業への民間投資が増えた。10月までの農業分野の民間投資は1兆2,185億元で前年比19%増加である。内モンゴルや吉林、黒竜江など東北部で活発な農業投資が続き、農村経済の安定は体制の安定に繋がる。中国の成長に懐疑的な意見が多い中でも中国経済は安定し、今後も成長は続く。安定要因の一つは「14億人の経済」である。一人当りのGDPは米国の14%でも14億人が集まれば中国パワーとなる。今年の独身の日“双11”ではネットショップの京東商城は11月11日12時に販売額が前年比78%増加し、天猫は11日の24時に1,200億元を突破した。自動車ネット販売の「汽車の家」は11日の8時34分に販売台数が10万台を突破、販売額は145.82億元に達した。今年の“双11”では国内ブランド品も健闘している。14億人の掛け算の世界は計り知れないパワーを秘める。

貴州も青海も寧夏も成長率が7.5%を超えている

 「内陸と東北」も持続的成長の要因である。今年の第3四半期まで、成長率が7.5%を超えた地域は、重慶、貴州、江西、安徽、青海、湖北、河南、寧夏、新疆、雲南、四川など殆どが中西部である。その高い成長率は、沿海部の産業移転だけでなく、内陸でも産業構造の転換が始まったからである。また、貴州、雲南、河南、四川などの内陸で活発なPPP(市政工程に社会資本が参加する政府と社会資本の合作)も高い成長を支える。

 重慶の新興製造業生産高は前年比22.6%増で工業平均より12.2%高い。かつて「天に3日の晴れなし、地に3里の平地なし、家に3歩の銀もなし」と言われた貴州省の9月までのコンピュータ、通信、電子設備製造業の生産高増加率は63.5%である。この動きは、東北の吉林省でも始まり、新興産業、ハイテク産業の成長率が高い。

2016年9月までの三四半期省別GDP成長率 単位:%
順位 GDP
成長率
順位 GDP
成長率
順位 GDP
成長率
1 重慶 10.7 11 寧夏 8.0 21 陜西 7.3
2 貴州 10.5 12 新疆 7.9 22 内蒙古 7.1
3 天津 9.1 13 湖南 7.6 23 広西 7
4 江西 9.1 14 雲南 7.6 24 吉林 6.9
5 安徽 8.7 15 甘粛 7.5 25 河北 6.8
6 福建 8.4 16 浙江 7.5 26 北京 6.7
7 青海 8.2 17 四川 7.5 27 上海 6.7
8 湖北 8.1 18 山東 7.5 28 山西 4.0
9 江蘇 8.1 19 海南 7.4      
10 河南 8.1 20 広東 7.3      
出処:中国経済周刊11月7日

 不動産の購入や腐敗撲滅のための「制限政策」が経済に影響している。住宅の購入制限は続き、銀行業監督管理委員会は主要16都市の銀行、信託会社、不動産開発会社にローン不正や偽装信託、資本資格偽装への厳正な対処を求めた。役人の接待や海外旅行制限も経済を沈滞させ、各地で飲食店の閉鎖が増えている。逆に、「制限の緩和」は経済の刺激になる。

「外交型社会」が好循環をもたらす

 海外に向かう意欲が旺盛な「外向型社会」は、経済に好循環をもたらす。それは海外旅行や海外留学、海外投資に見ることができる。

 2015年まで25年間の米国の中国直接投資累計額は2,280億ドル、同じ時期の中国から米国への直接投資累計額は640億ドルだった。だが今は、中国の米国投資が米国の中国への投資を逆転し、その差が拡大している。投資により人的交流も活発になり観光や消費で経済に好循環をもたらす。

図4

 日本も過去に多額の中国投資を進めたが、中国から日本への投資には繋がらない。

 原因は多々あるが、中国から見れば日本は活力ある魅力的な市場ではない。中国人が日本で不動産を買えば、日本が買い占められるとの嫌中を煽る報道や一部知識人の言動も投資に影響する。そのため、日中間の人の往来も一方的である。

 以下の2つのグラフは、日本と韓国と米国からの中国への旅行目的と女性の比率の比較である。

図5
図6

 日本は中国への観光と女性の減少が顕著である。日本の中国投資が主に工場投資であること。嫌中感情で中国には行きたくないと思う人が増えたことも原因である。

 日本が魅力的市場でないことは、中国人の留学先にも現れている。百富豪の60人の留学先は米国31人、オーストラリア9人、カナダ7人である。(胡潤発表) 

 2014年の中国の直接投資先では日本は16位、フランスや韓国に及ばない。オーストラリアは香港、米国、Cayman諸島、Virgin諸島に次ぎ5位で、オーストラリアでの外国人の不動産取得許可数のうち中国人への許可数は、2010年の50%から2015年に70%に増加し、オーストラリアの不動産価格上昇の原因にもなっている。

図7

 双方向の人の流れは経済活動を活発にする。昨年、日本では訪日外国人旅行者が1,900万人を超え45年ぶりに出国日本人を上回ったと話題である。国別では中国人旅行者が1位で前年の倍になった。だが、一方通行の往来は、ブームが去れば中国人の日本旅行に影を落として旅行者は頭打ちとなる。少しその傾向も見え始めている。その危機感からの中国人目当てのカジノでの経済対策ではお寒い限りである。エンタテイメントでは群を抜くマカオとも競合し投資の採算もとれない。さらに中国はこれから富裕者の海外資金に監視を強める。その意味でもカジノは既に賞味期限が過ぎている。

 これから中国人が日本旅行に求めるのはカジノではなく、中国の喧噪を離れ、心身をリフレッシュできる落ち着いた旅である。関西空港は古都への玄関である。玄関が騒がしく乱れては奥座敷のイメージにも影響する。奈良や京都、高野山の価値を高めるためにも大阪はカジノに手を出すべきでない。マカオのカジノで使われるお金の多くは税を不法に逃れた資金でもあり、監視が強化されれば不安定な資金になりうる。リスクがあるにも関わらず目先の誘惑に負けて日本の良さを犠牲にするほど愚かなことはない。誘致に熱心な政治家も自治体も市場の先が読めていない。

膨張するGDP

 中国経済は「膨張」の特質を持つ。統計数字のごまかしのためではない。ごまかすどころか裏経済で中国経済は隠れた部分が大きい。

 裏経済は表の経済も膨らます。裏経済は腐敗と税金逃れと違法行為が主因である。

 腐敗の銭権交易(お金と権力の取引)で不要な政府購買も増える。三公費用(政府の接待と旅行と公用車費用)問題は不要購買、高価購買問題で、それは表の経済も拡大させる。

 腐敗は納入価格を膨らませるが、裏手数料で売り手のコストも膨らむ。その辻褄合わせで品質問題が起き、皮肉なことに頻繁な買替え需要が経済活動を活発にする。

 それに輪をかけ、“面子社会”が中国経済を大きくする。中国は和諧社会に向けた穏やかな経済成長を目指している。だが「世界一のGDP」は魅惑的な言葉である。体制の信認の言葉にもなるし、中華人民の面子も癒される。

 銭権交易には多大な努力も必要である。知恵と時間と精力、努力が必要で、そのため酒席、贈答、旅行市場が膨らむ。

 さらに国土の広さ、制度の未整備、組織的協力の弱い社会が、物事を進める手間とムダ、重複をもたらす。それは効率と生産性低下で、一見、経済にマイナスに働くと思われる。

 だが、制度が整備され、自動化が進む日本が低迷したままということを考えるとそうとも言えない。自動化でおじさん、おばさんの職場が無くなれば、GDPへの効果はプラスマイナスゼロでもある。GDPはグロスの量的経済を示す。それが純粋に国民福祉に繋がるかどうかとは関係ない。米国の銃や薬物社会がGDPに貢献することを見ればわかる。

 カジノ経済も同じで、ムダや悪徳もGDPのお友達である。

裏経済が表に現れ、影の銀行が創業を支える

 「裏経済の表経済化」で、裏経済も徐々に表の計算に組み込まれる。

 中国財政部の統計では今年10月の個人所得税収入は税収全体の5.5%に過ぎない。

 しかも中国では10%の最富裕層の個人所得税が所得税全体の約半分を占めると言われる。

 個人所得税改革は財政の重要課題である。その対策に、裏経済や腐敗資金の海外流出防止、海外預金口座の監視が強化される。マカオのカジノでの銀聯カードの使用も厳しくなった。最近は食事をして領収書(発票)と言うと、個人か会社かと問われ、個人消費での領収書発行も増えている。発票の管理強化は裏経済への対策である。

 中国では官と民に腐敗と銭権交易が網の目のようにめぐり、皮肉なことに経済も活発になる。“自分のものになるからがんばる社会”では、裏所得と経済の活況が比例する。仮に裏所得が全て公になれば中国は沈滞したままとさえ思える。自動車が年に2,700万台売れる国の一人当たりのGDPが米国の14%である。統計数字だけを見ても答えは出ない。

 だが、制度整備と監視強化で、裏経済も少しずつ表の経済に組み込まれる。その一部でも表に出ればGDPには大きく影響する。

 最後に「科学技術振興と投資」である。中国の科学技術振興は毎年のCRCCの「中国の科学技術の現状と動向」で報告されるように驚異的である。中国製造業は多くの問題を抱えるが、科学技術振興は「中国製造」の品質を高め、輸出や内需に貢献する。今年の“双11”での国内ブランドの健闘にもそれは見える。

 さらに中国では、技術と経済を繋ぐ「影の銀行」が活発である。数年前、日本で影の銀行批判が起きたが、そのしくみと背景がわかるにつれ批判は鳴りを潜めた。中国は中小企業の直接金融が遅れている反面、影の銀行の理財や信託、基金の資金が開発や創業に投資される。信託業総資産は2010年末3兆元、2012年末7.5兆元、今年9月末に約18兆元に拡大している。9月末の銀行理財規模は27.1兆元で、昨年末より14.5%拡大した。以上の理由で中国のGDPが米国を超える日は遠くない。