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【17-006】進化する中国高鉄の旅行市場への影響と日本旅行への波及(その1)

2017年 9月27日

和中 清

和中 清: ㈱インフォーム代表取締役

昭和21年生まれ、同志社大学経済学部卒業、大手監査法人、経営コンサルティング会社を経て昭和60年、(株)インフォーム設立 代表取締役就任
平成3年より上海に事務所を置き日本企業の中国事業の協力、相談に取り組む

主な著書・監修

  • 『中国市場の読み方』(明日香出版、2001年)
  • 『中国が日本を救う』(長崎出版、2009年)
  • 『中国の成長と衰退の裏側』(総合科学出版、2013年)
  • 『仕組まれた中国との対立 日本人の83%が中国を嫌いになる理由』(クロスメディア・パブリッシング、2015年8月)

長期的に見れば、驚異の高鉄が見える

 前回の日中論壇 は日本での中国の捉え方で、日本が笑っている間の中国の変化として鬼城(ゴーストタウン)を取り上げた。また「鉄路の夢は画餅の懸念」と日本の新聞で報道された高速鉄道(高鉄)についても少し触れ、中国を読むには長期的視点が必要と述べた。今回の日中論壇は、中国の高鉄がどう変わり、旅行市場にどんな影響を及ぼすのか、それが中国人の日本旅行にどう波及するかを考える。

 「鉄路の夢は画餅の懸念」では「1日の利用者は平均20人、利用客より駅の職員が多い駅」と貴州省の「貴定県駅」が取り上げられた。貴州省の人口は約3,900万人、うち少数民族が33%で、2015年の一人当たり地区生産総額は26,437元、隣接する雲南省や広西壮族自治区とともに経済的には下位の省で、歴史的にも「天に三日の晴れなし、地に三里の平地なし、家に三分の銀もなし」と言われた。「貴定県駅」のある黔南布依族苗族自治州の人口は約330万人、貴定県は貴陽市に近い雲貴高原東部に位置して面積1,631㎢、人口約30万人で布依族、苗族の少数民族が約54%を占める。

 利用客より駅員が多い光景を見れば、鉄道負債と赤字で苦しむ高鉄が思い浮かぶ。だが、貴州省の人口はカナダやポーランドより多い。一つの省を国と考えた時、国の大計で高鉄が建設されても不思議ではない。

 今だけを見て「鉄路の夢は画餅」と結論づけるのはいかにも短絡的である。高鉄を論ずるには動的、長期的な視点が必要である。その時、成長の大回廊の高鉄が見える。

2015年一人当りの地区生産額下位10省
単位:元
中国統計年鑑
一人当りGDP額
甘粛 26,165
雲南 28,806
貴州 29,847
西蔵 31,999
山西 34,919
広西 35,190
安徽 35,997
江西 36,724
四川 36,775
河南 39,123

高鉄は「八縦八横」「十縦十横」の計画途上

 高鉄は2008年に北京、天津間でスタートした。そして昨年7月に開業以来の輸送数が50億人を超えた。この間の年平均増加率は30%である。人民日報によると昨年1年間の輸送数は14.4億人、前年比24%の増加。既に鉄道輸送客の半分ほどが高鉄客である。

 高鉄は現在、「北京-上海」「上海-南京」「南京-杭州」「広州-深圳」「上海-杭州」「北京-天津」の6路線が黒字と言われる。北京から上海までの「京滬高鉄」は2011年6月に開通し、京滬高速鉄路会社が運営し、総投資額は2,209億元、2015年の営業総収入は234億元、純利益66億元、負債総額は504億元である。「京滬高鉄」は中国高鉄のドル箱路線で、旅行市場の拡大を見越して2030年までに北京から天津、淮安、揚州経由で上海までの「京滬高鉄第二線」も建設される。「南京-杭州」線の2013年の乗客数は1,115万人、乗車率は69.9%である。その他に「杭州-寧波」線のように2013年の乗客数が1,973万人、乗車率が78%の路線もある。

 赤字路線は内陸の高鉄に多く、それを管理する鉄道局は高鉄が重荷になる。赤字の「鄭州-西安」「貴陽-広州」「蘭州-新疆」「成都-貴陽」「南寧-広州」「蘭州-重慶」線は運行本数や連結車両数を減らしている。「鄭州-西安」線は運行2年で損失が14億元、鄭州鉄道局の黒字を食い、「貴陽-広州」線の収入は年10億元で債務利息にも満たないと言われた。

 尤も、成貴高鉄は成都から貴陽まで633㎞の全線開通は2019年末で、現在は成都近くの楽山までしか運行していない。「蘭州-重慶」線も2008年に建設が始まり、6年で完成予定が資金や地質問題で遅れ、今年の国慶節に完成の予定となっており、これまでは重慶から広元までの運行だった。建設途上で赤字は当然である。

 高鉄は過酷な気象条件と複雑な地形を走る路線も多く建設コストが嵩む。滬昆高鉄(上海-昆明)には江上300mで渓谷を渡る全長721mの北盤江大橋のような橋もある。2016年の鉄道負債は4.7兆元、赤字路線の黒字化は課題だが、高鉄計画は「四縦四横」から「八縦八横」さらに「十縦十横」に向かう予定で、まだ建設途上である。建設が進めば約1.8万㎞の総延長距離は2020年に3万㎞になる。将来は各省都と近郊50万都市が1時間から4時間で結ばれてさらに利便性は高まる。 

 鉄道負債は問題だが国の借金である。資材の高額発注の問題もあるが、中国の経済成長と国の債務比率を考えた時、国を揺るがす問題にはならない。また鉄道資産は負債を上回っている。計画の進展により社会経済の発展に寄与し、さらに利便性が高まり、赤字がどう減少するかに注目すべきである。

利便性の向上で高鉄利用客は増える

 現在高鉄は三系統で運行されている。時速300㎞で幹線を走る高鉄(G車)と250㎞の動車(D車)、近隣都市間快速(C車)である。

 貴州省には二つの路線が走る。「貴陽北」と湖南省の「長沙南」を結ぶG車と「貴陽北」と「広州南」を結ぶD車である。「貴定県駅」がある「貴陽-広州」線は2014年末に開通した。「貴陽-長沙」「貴陽-広州」線の効果は貴州経済に現れている。今年上期の貴州省の旅行接待人数(観光客とビジネス客)は3.51億人で前年比36.6%増加した。旅行総収入は3,141億元、前年比40.1%の増加で2015年の中国の平均増加率12.8%を大きく上回る。「貴陽-広州」線は貴陽と珠江デルタを結び、沿線には「桂林」や山と渓流美で名高い「荔波」の世界自然遺産、水族や布依族など少数民族の伝統文化観光施設も多い。日本の新幹線の車窓からの眺めは防音壁に遮られることが多いが、高鉄はスケールの大きな自然が楽しめ、乗車そのものが観光でもある。筆者がこの原稿を書く「貴陽-広州」線の車窓から桂林の山々が迫る。その眺めは感動的で世界自然遺産そのものである。

 2015年11月には「珠海」から「桂林西」行きも運行し、翌1月から今年3月まで29万人が利用した。「貴陽-広州」線の開通翌年上期の桂林に近い賀州市の旅行接待人数は650万人で前年比21.8%の増加、沿線の貴州省黔東南州の昨年の旅行総収入は43%増加した。

 最近の珠海発桂林行き平均乗車率は80%、長沙から貴陽行きは90%、今年7月の貴陽駅(普通列車)と貴陽北駅(高鉄)の乗客数は249.5万人、前年比10%の増加である。

 「貴定県駅」から貴定県城(県中心)までは48㎞離れている。貴定県には「貴陽-長沙」線の「貴定北駅」もあり県中心まで3㎞、「貴定北駅」が貴定県の玄関である。「貴定北」から「長沙南」へは1日15列車が運行し、長沙経由で上海、杭州、北京、広州に通じる。「貴定北」から「長沙南」の切符は乗車直前では入手しにくい状況が続いている。

 高鉄は繁忙期と閑散期で運行が変わる。「貴定県駅」の利用客が多い季節は「帰郷者が多い春節」「菜の花や李の花の春」「水辺で遊ぶ夏」である。「貴定県の菜の花」は全国的にも有名だ。「貴定県駅」に停車する列車は今年の夏から増加したが、筆者が「貴定県駅」を訪れたのは閑散期の9月で乗降客は少ない。その時期の利用客は1日300~500人程である。

 その時期、広州から1日8列車、貴陽から7列車が「貴定県駅」に停車する。また1列車だが珠海から貴陽への列車も「貴定県駅」に停車している。

 「広州南駅」から「貴定県駅」まで約5時間、運賃は243元で里帰りに高鉄を利用する農民工が増えている。春節には列車本数も増えて日に数万人が「貴定県駅」で下車する。

 「貴定県駅」周辺ではで観光誘致のため布依、苗族の民族文化施設、宿泊施設の建設と道路整備が行われ、駅近くに工業団地も建設された。

 列車で異なるが「貴定県駅」の次の停車駅は「三都県駅」で「荔波県」に近い。「荔波県」も黔南布依族苗族自治州に属し、「荔波」には世界自然遺産の渓流美の「大小七孔風景区」や森林公園の「茂蘭」があり有名な観光地である。「三都」と「荔波」を結ぶ三荔高速道路が建設中で「荔波」周辺では水族伝統文化施設など観光施設の建設が活発である。

 高鉄開通前は三都から広州へは所要20時間だった。「八縦八横」の進展で利便性が向上し、広東省の都市や香港から「桂林」「荔波」への観光客が増加し、その影響は貴定県にも及ぶ。

 既に直轄市や省都だけでなく全国主要都市が「八縦八横」の高鉄網に組み込まれ華南、華中、華東、華北さらに西部、西南部、西北部、東北の都市が高鉄で繋がり大回廊が形成されている。広東省の珠海から北京、上海への直通列車が運行され、貴州省の貴陽からも北京、上海、杭州行きが出ている。雲南省の昆明から北京までの2,760㎞が約12時間で運行されている。これは今年5月現在の中国高鉄の最長距離である。また黒竜江省の哈爾濱から武漢まで2,444㎞、上海まで2,422㎞の高鉄も運行され、四川省の成都から広州まで約14時間かけて1日2本の列車が運行されている。14時間という時間は日本人から見れば耐えられない時間に思えるかも知れない。だが、三十年前までの中国の旅行は20時間、30時間をかけての移動は普通の姿だった。それでも列車の切符を入手するのに関係者に頼まねば手に入らない時代もあった。そんな時代と比べたら10数時間の快適な高鉄での移動は夢のような世界である。

脚光を浴びる「粤港澳大湾区」と高鉄への影響

 「貴陽-広州」線には明るい展望がある。香港と澳門(マカオ)特別行政区と広州、佛山、肇慶、深圳、東莞、惠州、珠海、中山、江門の九市二区の珠江デルタ都市圏を「粤港澳大湾区」と呼ぶ。土地面積では全国の0.6%、2015年の常住人口は約6,570万人で4.7%、生産総額で12.5%の大経済圏で、昨年のGDPは1.4兆ドル、名目GDPでオーストラリア、ロシアを超え韓国に並ぶ。しかも人口が増加を続けている。

図1

 「粤港澳大湾区」が脚光を浴びる二つの出来事が控える。一つは、年末に完成の「港珠澳大橋」(香港、珠海、澳門大橋)である。澳門は珠海横琴、深圳前海、広州南沙の自由貿易区への関与を強め、近接の珠海デルタ西岸の中山で「翠亮新区澳中合作」、江門で「江門大広海湾経済区澳江合作」を進め、経済と文化、殊に教育、旅行、食文化で内地との緊密化を狙う。またUNWTO(国連世界観光機関)、UNESCO(国際連合教育科学文化機関)、PATA(太平洋アジア観光協会)と合作で「粤港澳大湾区都市群旅游服務、教育平台」(旅行サービス教育センター)を設置して「粤港澳大湾区」の旅行、レジャー市場への影響力を高めようとしている。

 もう一つは来年初秋に開通の香港と深圳を結ぶ「深港高鉄」である。「深港高鉄」は香港西九龍から深圳福田を通り、全長2,298㎞の「北京-広州」線に入り、香港から黒龍江省の哈爾濱まで高鉄が繋がり、香港から北京へは10時間ほどになる。

 香港政府の発表では2014年の香港市民の香港外への旅行延べ人数は8,450万人、うち4,500万人が個人旅行で、隣接の深圳への旅行者が1,950万人、広東省の他地域に2,260万人、広東省外が290万人である。旅行消費額は385億香港ドル、広東省内消費が287億香港ドル、広東省外が98億香港ドルで、平均旅行日数は広東省内が3.6泊、省外が6.8泊である。「深港高鉄」の完成で「桂林」や「荔波」への観光客も増加する。さらに「貴陽北」から「貴定県」を通り広西壮族自治区の「南寧」に向かう高鉄も建設中である。途中には「荔波駅」ができる。「貴定県駅」がいつまでも乗客より駅員が多いわけではない。

その2へつづく)