【18-011】新時代の中国はどんな中国か(その3)
2018年12月25日
和中 清: ㈱インフォーム代表取締役
昭和21年生まれ、同志社大学経済学部卒業、大手監査法人、経営コンサルティング会社を経て昭和60年、(株)インフォーム設立 代表取締役就任
平成3年より上海に事務所を置き日本企業の中国事業の協力、相談に取り組む
主な著書・監修
- 『中国市場の読み方』(明日香出版、2001年)
- 『中国が日本を救う』(長崎出版、2009年)
- 『中国の成長と衰退の裏側』(総合科学出版、2013年)
- 『仕組まれた中国との対立 日本人の83%が中国を嫌いになる理由』(クロスメディア・パブリッシング、2015年8月)
(その2よりつづき)
双方が我慢の交流が続く日中関係
一方、「新時代」に向かう中国と日本の関係がどうなるかも気になる。
筆者は、日中関係は中米関係より複雑で深刻な問題を抱える可能性もある、と考えている。
中米貿易摩擦は、双方が享受する恩恵を考えれば、どこかに着地点を見出し終息する。元来、難しいように見えて中米は大人の関係でもある。
米国の圧力に屈せず、中国が抗戦の構えを維持すれば、実業家の色合いの濃い大統領も実利優先で着地点を探らねばならず終息する。
しかし日中関係はそうはならない。
首脳交流が進み、来年には習近平主席の来日の可能性もある。習近平主席が来日しても安倍首相と交わされる握手と笑顔は、双方が冷めた心を内に秘めた硬いものとなる。
当面、日中関係はお互いに無理をした我慢の交流が続くだろう。
中国側の無理は何か。右派色が強く、これまで中国批判を重ねた安倍政権との友好を演出しなければならない我慢である。その背景にあるのは経済と一帯一路である。
中米貿易摩擦で一時的に経済が冷え込む。国内では「中国製造2025」も途上で製造業の進化も道半ばである。中小企業対策もまだ多くの課題を残す。地方政府債務問題も落ち着きつつあるがまだ改革途上である。2018年10月末現在の全国地方債務残高は18兆4,043億元である。一般債務が10兆9,269億元、建設プロジェクトなどの債務が7兆4,774億元である。これは全人代会議で批准された20兆9,974億元を下回ってはいるが、2107年のGDPの22.3%になる。しかし地方政府の直接債務以外に、地方には融資平台債務がある。2018年2月の平台債務合計は4兆353億元で、中には天津市基礎施設建設投資有限会社の985億元のように1社で400億元を超える債務を抱える会社が5社あるなど予断は許さない。表に出にくい県や関連団体などの平台債務を含めるとさらに大きく膨らむものと思われる。
その債務に加え養老年金や貧困救済など、今後膨らみ続ける社会保障財源の問題もある。2017年末の65歳以上は1.58億人で総人口の11.4%を占める。60歳以上は2.41億人でこれから老人人口は大きく増加する。
そのためにも中米貿易摩擦の衝撃を緩和して経済構造の質的転換を早く完成させたい。
日中貿易を増やし、投資を増やし、日本からの観光客を呼び戻し、さら「中国製造2025」のためにも技術を呼び寄せて衝撃を和らげ経済の安定を図る。それが日本との友好の演出に向かわせている。
もう一つは一帯一路である。一帯一路の線上の国家と中国の結びつきが強まれば、一方で中国批判も高まる。沿線国家への貸付をめぐり国際的な非難も出始めた。
アジア大陸が中国大陸になると受け取られることは、開放経済の一層の進展をめざす中国にとって決して本位ではない。日本を一帯一路に導き批判も緩和したい。
その妥協の産物が友好の演出でもあろう。
だが経済優先は一方で中国人の面子、プライドを置き去りにもする。経済主導の友好が進んでも、そこに横たわる本質的な課題の解決は先送りされたままである。
本質的な課題とは尖閣問題であり、歴史認識の問題である。尖閣も靖国問題も、中国にとってはその底に歴史認識の問題がある。中国人にはその解決を先送りしての友好を快く思わない人も多い。まして安倍首相はことあるごとに中国に批判的な言動をしてきた。
お金で心を売るともとらえられかねず、中国人のプライドに関わる問題を抱える。
一方、日本も同じ問題を抱える。安倍政権は中国に批判的な反中意識の強い保守、右派に支えられてきた。彼らの意思に反して友好の演出が進むことが政権安定にどう影響するのか。日本でも友好をめぐり微妙な問題がからむ。
今の交流は80年代、90年代に進んだ交流とは本質が異なる。だから演出でもある。
なぜ日本が友好の演出に舵をきったのか。中国と同様、経済問題と一帯一路である。
経済構造の変化と所得の上昇で中国市場はさらに拡大する。そんな中国との政治的関係がいつまでも冷え込んだままでは困るとの経済界からの要請もある。
また、中国人観光客の日本経済に与える影響は無視できない大きなものになっている。言わば日本経済はアベノミクスの本丸は精彩を欠くが、二の丸、三の丸で持ちこたえているような感もある。冷めた政治的関係がそれに影響しても困る。
また、一帯一路で中国はどんどん周辺国との結びつきを強める。日本は開かれたアジア太平洋国家を米国と共に標榜している。一帯一路の進展に手をこまねいてながめているのでなく懐に飛び込んで発言権も持ちたい。それには米国の意思も反映されているのだろう。
こうして友好の演出に舵がきられた。
だが本質的な課題に蓋をしたまま、双方が国内の反対勢力を抑えつけての友好の演出は真の友好とは違うし、長続きしないことも危惧される。
「新時代」に向かう中国、そこにある日本の課題
日本人の85%が中国を良く思わない、嫌いということも日中友好の大きな障壁である。
中国人の日本旅行と逆に、日本人の中国旅行や日本企業の対中直接投資も減り続けた。
なぜそうなったのか、なぜそんな状況が続くのか。やはり基底に歴史問題がある。多くの日本人が「中国はいつまで侵略を言い続けるのか」と考える限り85%の数字は改善されない。だからと言って中国がそれを忘れる、それに蓋をすることは無い。それは中国人の存在そのものに関わる根源的な問題であるからである。85%の日本人がそう思うようになったのは、尖閣や歴史認識の問題と共に日本の中国情報の問題が大きく影響した。情報の正確性に疑いのあるような反中本や反中雑誌が流通していたなら、何もわからない一般人がそう思い込むことも無理はない。
筆者は常々日本人はもっと中国に対し寛容な心を持つべきだと思っている。
2018年は中国の改革開放40周年である。この40年、中国は激動の時代を突っ走り、社会も経済も大きな変貌を遂げた。だが14億人もの国が、政治体制や制度まで日本人が思うような大変貌を一気に遂げることは不可能で、絵空事ですらある。
先に述べたように、中国は「調和社会」に向かおうとしている。その主役は政治でなく「民」である。「民」の自覚があって「調和社会」は実現する。
偽ブランドも地溝油も政治の問題ではなく「民」の問題である。「民主主義」も「民主政治」も制度や体制を変えれば成し遂げられるというものではない。政治の前に「民」の自覚や責任が問われる。14億もの人口を考えた時、長い年月をかけてそこに向かわざるを得ない。
日本だけでなく世界の言論の中国に対する誤解の多くは巨大人口への実感がなく、自国の体験や理想だけで中国をとらえることに起因する。
この40年、中国は経済だけでなく、社会の制度も大きな変貌を遂げてきたことをもっと高く評価すべきである。皆が貧しかった中国が大きな混乱もなく経済成長を遂げ、多くの豊かな人が生まれ、さらに増え続けていることは奇跡でもある。まずそれを評価して、これからも改革開放が進み、変貌を続ける中国を信じる寛容な心を持つべきと思う。日本は中国を侵略した国である。それならなおさらそうあらねばならない。戦後の数十年、中国が過酷な時代を送り、貧しさに苦しんだことには日本にも重大な責任がある。
またそれは日本の企業にも言える。変化を続ける中国をまだ疑いながら見ていては、友好も、経済的な深い結びつきも、拡大する中国市場への対応も進まない。
中国の工場の変化は経営者が変わったからである。彼らは「新時代」の中国を信じて大胆に決断して投資を進める。だから工場が変わる。日本企業が疑いながら対応していては変わりゆく中国社会どころか、彼らの速度にもついていけない。
筆者は中国が「新時代」に向かいさらに速度を上げて進む一方で、諦めて中国から遠ざかる日本企業が増えるのではと危惧している。まるで先頭集団から引き離されたマラソン選手のように、諦めて歩きはじめる日本企業が増えるのではないか、と憂慮せずにはいられない。
(おわり)
関連リンク
第122回CRCC研究会「中国はなぜ成長し、どこに向かうか、そして日本の課題を読む」