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【20-003】新型ウイルスと武漢そして今後の中国経済

2020年3月13日

和中 清

和中 清: ㈱インフォーム代表取締役

昭和21年生まれ、同志社大学経済学部卒業、大手監査法人、経営コンサルティング会社を経て昭和60年、(株)インフォーム設立 代表取締役就任
平成3年より上海に事務所を置き日本企業の中国事業の協力、相談に取り組む

主な著書・監修

  • 『中国市場の読み方』(明日香出版、2001年)
  • 『中国が日本を救う』(長崎出版、2009年)
  • 『中国の成長と衰退の裏側』(総合科学出版、2013年)
  • 『仕組まれた中国との対立 日本人の83%が中国を嫌いになる理由』(クロスメディア・パブリッシング、2015年8月)

 新型肺炎が猛威を振るっている。日本では観光地のホテルに中国人が宿泊していないか、との問い合わせがあるという。日本国内の団体旅行を募集していた旅行社には参加予定の顧客から「過去、ホテルに中国人は泊まりましたか」という確認が来て、泊まったなら旅行を止めますという人さえいる。今は皮肉なことに海外のホテルでは「日本人は泊まっていますか」と聞かれる状況になりそうだ。新聞もテレビも連日、大変な危機が日本に迫っているような報道である。

 外務省は2月12日、中国全土を対象に日本人の帰国と渡航自粛要請をした。この要請に中国内の日系企業の現場は非常に混乱した。中国でも殆ど問題が無い地域もある。なぜ全土一律に帰国要請なのか不思議に思う。

 筆者は先日、日本から香港を経由し、広東省珠海のアパートに戻った。

 丁度、北京や上海で中国入国の日本人に14日間のホテルや自宅での待機が発令される直前だったが、既に珠海ではその対応が始まっていたのか、政府末端での指示が混乱したのか、筆者もアパートで14日間の待機宣告を受けた。

 大変だと思いつつも気持ちを切り替え、14日もの間、一歩も外出しないのは人生初の体験、その間に本も読めるし、日頃出来なかったことにも集中できる。それもいいのではと思い隔離生活を楽しもうと心に決めた。3月4日には、大勢の政府役人が筆者の部屋を訪れてドアを封印した。ただ彼らの態度は穏やかで、恐縮しながら封印するという感じだった。

 自らドアを開くと封印が破れて違反となり、いよいよ1歩も外に出ることができない。食料品などの生活必需品は政府担当者に電話すれば、役人がアパートまで届けるという。知人や関係者に買い物を依頼してもいけないという徹底ぶりである。

 一方、日本も3月9日、中国からの帰国者と訪問者に14日間の自宅やホテルでの隔離、待機要請を決めた。だが、筆者はこの対応には大きな疑問がある。

 今、中国内の感染者数は日を追うごとに減少している。武漢などの特定感染区域以外は殆ど発生していない。日本政府が待機要請を決めた3月5日の中国のウイルス感染新発生数は126人、そのうち武漢以外は17人だった。武漢を除く中国の人口は約13億9,100万人、その中の17人である。そんな状況で、いまさら中国からの帰国者や訪問者に隔離を半ば強要するどんな意義があるのだろうか。

 中国は監視社会と批判されるが、飛行機はもちろん鉄道、長距離バスに乗るにも身分証が必要である。アパートに入るにも緊急時は保安(警備員)が全員の体温チェックと外部の人には身分証の提示を求める。工場がある工業園も緊急時には、該当期間の通行証がなければ入れない。

 特定感染区域からの移動が容易にできない社会のしくみが出来上がっている。

 筆者はこれらの中国社会のルールや自ら体験した感染対策と比較し、現時点の中国からの入国者に対する日本の対応は殆ど意味がないとさえ思う。玄関を封印する対応は日本ではできない。帰国者や訪問者がいくら自宅で我慢しても家族もいる。当然だが家族は買い物もすれば仕事にも行く。

 武漢を除けば、中国の方が日本より安全な状況での隔離である。

 帰国して自宅で隔離される駐在者は内心では「そんな馬鹿な」とさえ思うだろう。

 一律の帰国要請もそうだが、せめて地域を限定するなど"現場"を見た対応が何故なされないのか不思議に思う。経済的ダメージの方がはるかに深刻ではなかろうか。

 それはともかく武漢が大変だ。まさに"加油、武漢"(武漢がんばれ)である。

 筆者は2010年に出版した著書で武漢が中心の「成長の大回廊」を述べた。「成長の大回廊」とは筆者が名付けた高速鉄道による経済発展戦略で、次の図のようなものである。

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「成長の大回廊」については2009年12月の日中論壇 でも述べた。

 2009年12月26日に広州と武漢を結ぶ「武広高速鉄道」が開通し、広州と武漢が3時間8分で結ばれた。「武広高鉄」は中国の高速鉄道網「四縦四横」の基幹線である広州から北京に至る「京廣線」の南半分の路線である。

 武漢には上海から南京を経て重慶、成都に至る「滬漢蓉線」も通る。まさに武漢は中国の高速鉄道網の中心、いわば「ヘソ」に位置している。

 武漢を中心に円を描けば3時間経済圏に湖南省の長紗や江西省の南昌、江蘇省の南京、河南省の鄭州、陝西省の西安、重慶が入り、5時間経済圏には上海、北京、成都、広州が入る。武漢は長江中流域の「長江中遊都市群」と「粤港澳」(広東、香港、マカオ珠江デルタ都市群)をつなぎ、さらに広西チワン族自治区の南寧から北海湾、ベトナム、マレーシア、シンガポールへと延びる大回廊の要の都市である。

 その武漢が新型肺炎で都市封鎖を余儀なくされ、影響が湖北省から全土に拡大して世界中に影響を与えた。新型肺炎は中国経済に深刻な打撃を与えている。

 3月5日頃から上海など大都市のサービス業、飲食業などは平常の営業に戻り始めつつあるが、工場生産はまだ回復には至っていない。経済の基幹となる自動車分野は受注の先が読めず部品発注を控え、一部を除き工場の多くは稼働を制限している。旅行産業はまだストップしたままである。多くの観光地、施設、公園も閉鎖された。

 中国政府は新型肺炎経済対策で大きな財政出動を決め既に動き出している。

 2月2日には人民銀行は資金の流動性を確保するため1.2兆元の公開市場操作を実行した。財政部も新型肺炎コントロールのための10億元の補助金の財政支出を決め、2月11日には今年度の地方政府新規債務増加限度額の前倒の通知を行った。さらに企業の資金調達を容易にするため金利優遇、貸出時の担保見直し、金融債発行許可の早期対応や企業の外債限度額、制限の見直しなどの対策を進めている。また地方政府も新型肺炎対策のための補助金支給や地方税の引き下げ、家賃補助などの対策を既に実行している。

 ウイルス感染が拡大した浙江省の義烏市政府は農民工確保のため採用担当者や紹介者が義烏を訪れる際の高速鉄道運賃の全額もしくは半額負担、ホテル代や食費まで補助を打ち出し、さらに採用一人につき500~1,000元の補助金支給まで行っている。

 中国政府の意思決定と対策実行はスピードが早い。中央だけでなく地方政府も迅速に独自判断で対応している。武漢が混乱した時、政府幹部から「中央の指示が無ければ動けない」云々の話があったが、地方政府は権限を持ち独自で動ける事案も多い。

 2020年、2021年は中国の政治にとって非常に重要な年である。習近平主席は中国共産党第19回全国代表大会で「新時代」について語り、「二つの100年」(中国共産党建党100周年"2021年"、建国100周年"2049年")の奮闘目標を細分化し、2020年までは「小康社会の全面完成の時代」とした。今年はその仕上げの年である。さらに来年は建党100周年を迎える。すでに各地でその準備が進む。それは100周年の儀式だけではない。各地の多くの政府建設工程のインフラ整備も来年の建党100周年に向けて進んでいる。

 ウイルス問題で中国経済は一時停滞を余儀なくされたが、重要な年である来年に向けて、面子にかけても全力で遅れを挽回する動きが強まる。今後、政府はさらに大きな財政投入を行うだろうし、消費刺激策も続々と打ち出すに違いない。中国経済の基調は何ら変わっていないので、これから経済は急速に回復に向けて動き出すと思われる。

 そこで話題になるのが多額の財政出動による債務問題である。中国の債務に関しては日本では様々なデマ情報が出回っている。中国の債務問題、日本で語られるその情報の問題について、次回の日中論壇で取り上げたい。

(おわり)