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【22-61】将来、私たちが飲む薬は「AI製」になる?

陳 曦(科技日報記者) 2022年11月15日

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画像提供:視覚中国

75%近く

 一つの新薬の誕生には、通常、10億ドル、ひいては数十億ドルの研究費を投じるほか、10年以上の開発期間が必要だ。しかし、人工知能(AI)技術の応用により、医薬品の開発コストは明らかに低減したほか、それにかかる時間も大幅に短縮した。例えば、以前は平均4年半かかっていた臨床前段階の候補化合物の選定が、AIにより75%近く減の約13.7ヶ月に短縮した。

 メディアの報道によると、米ワシントン大学のデイヴィッド・ベイカー教授率いるチームは最近、米科学誌「Cell(セル)」に論文を発表した。AI技術プラットフォームを活用して、細胞膜を通過することのできる大環状ペプチド分子を1から高精度で設計し、内服薬を設計する新しいルートを切り開いたという。

 AIが近年、新薬の研究開発へのサポートを加速しており、創薬ターゲットの発見から、臨床試験に至るまでのほぼ全てのプロセスに関与するようになっている。新型コロナウイルス流行中に登場した多くの医薬品の背後にもAIの活躍があり、世界ではAIによる製薬が加速している。

AIが医薬品研究開発の各部分に融合

「AI」という言葉は米国のジョン・マッカーシー氏が、1956年にダートマス大学で開催された会議で提起したもので、「スマートロボットを製造する科学・工学」の記述に用いられた。AIが医薬品研究開発の分野に導入されたのも、ほぼ同時期だ。南開大学薬学院の林建平教授によると、1964年、定量的構造活性相関のモデリングという分野が構築されたことが、AIの医薬品研究開発への導入の幕開けを告げた。

 AIは今、医薬品の研究開発において日増しに重要な役割を果たすようになっており、医薬品研究開発の各部分と密接に結び付くようになっている。

 全く新しい医薬品の誕生には非常に長い期間が必要で、その道のりは非常に険しい。研究開発の主な開発段階には創薬ターゲットの選定と検証、化合物スクリーニング・リード最適化、臨床前研究、臨床試験の4つある。そして、どの段階にもたくさんの細分化された部分がある。

 林教授は、創設ターゲットの選定と検証の段階を例にして、「疾患と関係のあるターゲットを絞らなければならない。従来の実験でターゲットを確定するには、時間もかかり、コストも高い。一方、AI技術を活用し、既存のオーミクスビッグデータと組み合わせ、既存の実験データ及び新たに生まれた実験データに基づいて、ターゲット候補をスピーディーに分析することができる。そうすることで、コストも時間も節約できる。また、リード化合物の効果は分かっているものの、ターゲットがはっきりとせず、具体的な作用メカニズムと副作用が不明確である場合、AIはターゲットの予測範囲を大幅に広げ、候補ターゲットの範囲を縮小し、最終的に実験手段と組み合わせて、正確なターゲットの方向性をスピーディーに定めることができる。AIは医薬品研究開発者がスピーディーにターゲットを見つけ出すことができるようサポートし、リード化合物の医薬品への変換を加速してくれる」と説明する。

 既存の医薬品についても、AIは同じように、ターゲット予測を通して、新しいターゲットを発見して、新しい医薬品の適応症も発見することができる。これは、既存薬再開発(ドラッグリポジショニング)という、非常に話題となっている分野だ。

 最も重要な臨床試験の段階においてAIを応用すると、効果が倍増する。林教授は、「この段階では、患者にとって医薬品が安全か、効果があるかを評価しなければならない。AIは、患者の募集や臨床試験設計、試験結果データ分析などに関わることができる。AI技術を通して、過去の臨床患者の中から、患者の個人の特徴や症状、治療効果といったデータを抽出し、最もマッチする今の試験の患者を見つけ出すことができる。試験設計において、AIは適切な医薬品の分量、治療案などを予想する一方で、試験データにおいて、AI技術を活用し、患者の状況をリアルタイムで追跡・管理して、患者の予後を予測することができる」と説明する。

AIが医薬品研究開発コストを大幅低減

 一つの新薬の誕生には、通常、10億ドル、ひいては数十億ドルの研究費を投じるほか、10年以上の開発期間が必要だ。しかし、AI技術の応用により、医薬品の研究開発コストは明らかに低減したほか、それにかかる時間も大幅に短縮した。例えば、以前は平均4年半かかっていた臨床前段階の候補化合物の選定が、AIにより、75%近く減の約13.7ヶ月に短縮した。

 このほか、AIは医薬品研究開発の成功率も高めている。林教授は、「分かりやすく言うと、医薬品研究開発は、試行錯誤の過程で、AIはたくさんの失敗を回避できるようサポートしてくれる。そして、最終的に、より大きな成功のチャンスを残してくれる」と説明する。

 AI創薬は、従来的な創薬を圧倒するメリットがあるからこそ、世界においてAI創薬産業が大きく発展している。AI創薬産業の発展は、3つの段階に分けることができる。第一段階は、AI創薬会社が誕生し始め、特定の段階の医薬品研究開発に、AI技術サービスを提供する段階だ。第二段階は、AI創薬会社が、成熟した研究開発ロードマップを開発した上、開発した医薬品の臨床検査が始まる段階だ。この段階で、大量の資本とスタートアップ企業を呼び込むことになる。第三段階は、カギとなる薬の効果を確かめる第2相試験の段階で、AIを活用して研究開発された医薬品の有効性がここで証明されることになる。

 林教授は、「現時点で、世界のAI創薬産業既に第三段階に突入している」との見方を示す。

 一方、中国のAI創薬はスタートが遅く、今は第二段階にある。しかし、林教授によると、中国のAI創薬産業は急速に発展している。各大手インターネット企業及び一部の大手製薬会社、さらに一部のスタートアップ企業がAI創薬への参入を始めているという。

 統計によると、現時点で、中国には60社以上のAI創薬会社がある。また、昨年、中国のAI創薬への融資規模は前年同期比163.54%増の12億3600万ドルに達した。

数多くの課題に直面するAI創薬

 AIは既に、医薬品研究開発分野の各部分に浸透して、医薬産業の高度化を促進しており、将来は、創薬産業に変革をもたらす可能性が非常に高い。AI創薬産業が発展するにつれて、近い将来、AI技術を活用して研究開発した初の革新的医薬品の誕生を目にすることになるだろう。しかし、期待が膨らむ一方で、AIを活用して研究開発した医薬品にはリスクがあるのではないかと不安を感じている人も多い。

 林教授は、「現時点で、AIを活用して研究開発した医薬品の副作用や毒性、耐性といった面のリスクは、従来の医薬品研究開発と同じ。現時点で、AIは、医薬品研究開発において、補助的役割を果たしている場合が大半だ。最終的には、実際の試験を通して安全性と有効性を検証し、専門家が評定しなければならない。そのため、リスクという点では、従来の医薬品研究開発と同じ。しかし、製薬業界は依然として、専門家の経験がベースとなっていて、それがAI創薬発展の最大の足かせになっているという、別の問題も出てくる。そのような現象が起こっているのは、主に、AI技術の製薬サポートへの信頼度が低いからだ。今後数年の間に、AI医薬品の発売にこぎつけることができれば、この問題は必ず解決できる。他方で、AIは現時点で、医薬品研究開発の全ての段階において、依然として補助的役割を果たしており、主導的地位を築いてはいないため、AI創薬産業は飛躍的発展を遂げるには至っていない」との見方を示す。

 そして、AI技術は依然として発展途上で、データやアルコリズム、計算力といった面のブレイクスルー実現には一定の時間が必要だ。例えば、データ不足、データの質がバラバラ、アルコリズムの精度が低い、アルコリズムがニーズを満たすことができないといった問題が、AIを活用した医薬品研究開発や応用の足かせとなっている。

 このほかにも、AI創薬は数々の課題に直面している。例えば、生物学分野の基礎理論研究は、多くの問題が解決されていない。また、複合型人材が不足しており、「コンピューターは得意でも製薬のことは分からず、製薬は得意でもコンピューターのことは分からない」という人が多い。生物学的問題を、コンピューティングの問題にうまく変換し、デジタルの手段を駆使して問題を解決するためには、大量の複合型人材が必要だ。このタイプの人材の育成には非常に時間がかかる。

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 AI技術が発展を続ける中、AIを活用した医薬品研究開発もギアを上げて、加速している。

 このほか、スパコンプラットフォームが、現代医薬品研究開発において、日増しに強い推進的役割を果たしている。特に、新世代スパコン「天河」などの研究開発成功により、100億に上るバーチャル医薬品スクリーニングや大規模全原子分子動力学シミュレーション、大規模AIプレトレーニングモデルといったコンピューティングとスマート技術が、近代医薬品研究開発・イノベーションに、新たなチャンスと発展をもたらしている。

「天河」は現在、数十機関、100以上の研究開発チームが展開する高性能計算がバーチャル医薬品研究開発を下支えしており、良好な成果が得られている。中国国家スパコン天津センター・高性能計算部の康波部長は、「スパコンチームは今後天河に基づき、物理・生物化学モデルとAIを組み合わせた医薬品の新しい設計法を研究開発し、コンピューターが医薬品の設計・研究開発の中核的チェーンの重合をサポートするメカニズムを構築し、計算とデータが融合し、薬学と工学を組み合わせ、研究機関とユーザーが協同する情報技術応用イノベーション産業デジタル数値装置モデルを模索し、革新的医薬品の発見を方向性としたバーチャル実験室を研究開発し、スパコンが近代医薬品の革新的発展を推進する総合的な下支え能力を実現する計画だ」と語る。


※本稿は、科技日報「未来,我們吃的薬可能会是"AI造"」(2022年10月10日付6面)を科技日報の許諾を得て日本語訳/転載したものである。