【22-62】新研究で解明、過去の温暖期における酸欠海域縮小の原因
王 健高(科技日報記者) 宋 迎迎(科技日報実習記者) 2022年11月22日
画像提供:視覚中国
酸欠海域の出現は正常な現象だ。しかし、近年は、人間の活動が海洋生態に影響を及ぼしている。酸欠海域が拡大したとしても、縮小したとしても、海洋生態系のバランスが崩れ、マイナスの影響が生じてしまう。
----馮玉銘 中国海洋大学海洋カーボンニュートラルイノベーション研究センター・副センター長
近年、地球規模の気候変動が日増しに大きな話題となっている。地球温暖化はその最も典型的な悪影響として広く注目を集めるようになっている。このほど開催された香山科学会議第S68回学術シンポジウムは、地球システムと地球規模の変化に焦点を当て、地球規模の気候変動の特徴や、影響、メカニズム、地球規模の気候変動への適応と対応といった課題をめぐって踏み込んだ話し合いが行われた。
地球温暖化の酸欠海域に対する影響が、近年、科学者が熱心に研究する最前線の課題となっている。研究者のある最新研究によると、非常に長いに歴史において、海洋にはいくつかの温暖期があったものの、こうした時期に、酸欠海域は縮小していた。関連の成果は最近、国際的な学術誌「ネイチャー」に掲載された。
では、酸欠海域とは何か、どんなメカニズムで形成されるのだろう?地球温暖化は、海の酸素にどんな影響を与えるのだろう?酸欠海域の規模の変化は、海洋生物と海洋生態系にどんな影響を与えるのだろう?こうした問題について、科技日報の記者が関係専門家に聞いた。
酸欠海域とは溶け込んだ酸素濃度が低い海域
酸欠海域という概念を理解するためには、まず溶存酸素を理解しなければならない。
中国海洋大学環境科学・工程学院の准教授で、中国海洋大学海洋カーボンニュートラルイノベーション研究センターの馮玉銘副センター長は、「溶存酸素とは、水に溶け込んでいる酸素のこと。普通の海域の場合、水域に溶け込んだ酸素の濃度は1リットル当たり7ミリグラムか8ミリグラムで、それより多いこともある」と説明する。
そして、「その量が長期にわたり2ミリグラムを下回った時、その海域が『酸欠海域』、または、『低酸素海域』と呼ばれる。その量が減少し続け、長期にわたって0.5ミリグラムを下回った場合、極度の酸欠海域か無酸素海域と見なされ、好気性生物は生存できなくなる。最新の研究における『酸欠海域』は、溶存酸素量が長期にわたって1リットル当たり0.5ミリグラムを下回る海域のことだ」とした。
酸欠海域には沿岸域と外洋域が含まれる。ある研究によると、沿岸域の酸欠海域は主に、急速に増加する人間の活動が主な原因だ。人間の生産と生活で排出される窒素やリンといった汚染物質は、さまざまルートで海へと流れ込む。馮副センター長は取材に対して、「窒素やリンといった汚染物質には、海の植物プランクトンの成長に必要な栄養素が含まれている。それが増加すると、植物プランクトンに『施肥』するようなものだ。植物プランクトンはこうした『肥料』の刺激を受けて、急速に生長し、大量繁殖する。過度に繁殖した植物プランクトンや、植物プランクトンを餌にして生きている他のプランクトンが死んで、死体が海底に積もると、微生物の働きで、バイオミネラリゼーションされ、その過程で大量の酸素が消費される。特に、微光、弱光の深い層さらには無光層では、光合成で消費した酸素を補うことができないため、酸素消費のペースがさらに速くなり、数週間、ひいては数日で酸欠になる可能性もある。そのため、沿岸域の酸欠海域では、貧酸素化は海水の底層で起こる」と説明する。
そして、沿岸海域と違い、外洋域の貧酸素化は海面下約200‐1000メートルの中層の海水で起こる。そのエリアの上の層、下の層の酸素量が豊富で、真ん中の層だけが酸欠状態となっているという。
地球温暖化が酸欠海域の形成の原因に
通常、海水温が高いほど、溶け込んでいる酸素が少なくなる。そのため、地球温暖化は酸欠海域の形成に拍車をかける。このほか、地球温暖化により、海洋表層の水温はより上がるのに対して、深層の水温上昇はより遅くなるため、海の上と下でさらにはっきりと成層し、表層と深層の物質の入れ替わりにとっては不利な環境となる。そして、酸素が下に降りていくのがさらに難しくなり、貧酸素化がさらに深刻化する。
海流も、酸欠海域の発生を誘発する重要な原因だ。馮副センター長は、「海流により上層の酸素が豊富な海水が中層、底層へと送り込まれる。その過程は、レンジフードの作業プロセスのようで、海の『換気』と呼ばれている。地球温暖化を背景に、海の『換気』が全体的に弱まっているため、海の内部に送り込まれる酸素が減っている」と説明する。
そして、「生物地球化学の過程も、海の酸素量に影響を与える。海水温が上がると、微生物が酸素を消費して有機物を分解するペースも速くなり、海の酸素の消費に拍車がかかることにより、酸欠海域が拡大してしまう」とした。
酸欠海域が拡大すると海洋生物と海洋生態系にどんな影響を及ぼすのだろう?馮副センター長は取材に対して、「溶存酸素の量は、海に生息している好気性生物に非常に大きな影響を与える。酸欠海域の溶存酸素量がゼロに近くなると、海に生息している好気性生物にとっては、デッドゾーンとなる」と説明する。
一方、酸欠海域が縮小すると、海洋生物や海洋生態系に影響があるのだろうか?馮副センター長によると、通常、溶存酸素量が多くなるほど、生物の繁殖と生物の巨大化が促進されやすくなる。それを裏付ける証拠が古生物学上にたくさん存在している。しかし、それには非常に長い時間が必要で、短期間ではそれほど顕著ではないという。
そして、「酸欠海域の存在を過度に抑制すると、地球全体の窒素の循環に深刻な影響を及ぼし、嫌気性生物の脱窒の過程が抑制され、海洋の窒素・栄養塩のバランスが崩れ、海洋の生態系が大きく破壊される可能性がある。このように、海洋の物理と生物化学の反応の過程の間には、密接な関係性があり、たくさんの複雑なメカニズムが私たちにとって反直感的な結果をもたらす」と説明する。
そして、「客観的に見ると、酸欠海域の出現は正常な現象だ。しかし、近年は、人間の活動が海洋生態に影響を及ぼしている。酸欠海域が拡大したとしても、縮小したとしても、海洋生態系のバランスが崩れ、マイナスの影響が生じてしまう。近年、各国の科学者は地球温暖化の酸欠海域の影響に細心の注意を払っている。気候学者や海洋学者のほか、政府管理当局、立法者、国民も海洋に関心を持ち、海を大切にし、人間の活動が海洋生態系に与える悪影響を減らすことができるよう取り組むべきだ」との見方を示す。
新たな研究により過去の酸欠海域縮小の原因を解明
今回の最新の研究において、科学者チームは、温度を「復元」するという方法を採用し、海底堆積物の岩芯の中の有孔虫を調査することで、海洋の過去の酸素量を導き出し、酸欠海域の範囲を確定させた。
馮副センター長は、「浮遊性有孔虫は、窒素などの化学元素を吸収する。一方で、窒素同位体比は、環境条件で決まる。酸欠状態では、海洋では細菌が窒素化合物を分子状窒素として放散させ、それは脱窒細菌と呼ばれている。そのような細菌は、窒素の軽元素同位体14Nを吸収することを好み、窒素の重元素同位体15Nを放散する。そのため、海水に溶け込む15Nが過度に多くなる。脱窒作用が活発になると、15Nの比率が大幅に高まるため、科学者はそれを測定することにより、過去の酸欠海域の範囲を特定できる。15Nの比率が高くなるほど、脱窒作用が強いことを裏付けており、そのエリアは酸欠海域だったことを示している」と説明する。
最新の研究において、科学者チームは、有孔虫の窒素の同位体の研究を通して、1700--1400万年前に現れた中期中新世気候最適期(MMCO)と、5300--5100万年前に現れた早期始新世気候最適期(EECO)の海洋温暖期に、東熱帯北太平洋の水柱の脱窒作用が大きく減少していることを突き止めている。つまり、この2つの温暖期の海洋には十分な酸素があったということを意味する。
同研究で、科学者チームはさらに、MMCOとEECOの2つの温暖期には、高緯度と低緯度の温度差が現在よりもずっと小さかったことも突き止めた。地球温暖化及び高緯度と低緯度の温度差の縮小が進むと、熱帯低気圧が弱まり、栄養塩を豊富に含んだ深層の海水の上昇も減ることにより、海水の表層の生物の生産力が弱まる。そのため、深海に沈む浮遊性生物の死体も減り、バイオミネラリゼーション作用が弱まり、より多くの酸素が消費されることもなくなり、酸欠の流れに歯止めがかかることになる。
このほか、同研究は、歴史における非常に長い温暖期に、南大洋の表層の水と深海の水の入れ替わりが加速することにより、海洋全体の内部の酸素量が増加したという可能性も提起している。
※本稿は、科技日報「全球変暖如何影響海洋生命?新研究発現----在歴史暖期,海洋缺氧区竟曾縮小」(2022年10月13日付5面)を科技日報の許諾を得て日本語訳/転載したものである。