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【22-73】中国国産「ラージトウ」、炭素繊維産業の発展をリード

操 秀英(科技日報記者) 2022年12月22日

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画像提供:視覚中国

 ラージトウ炭素繊維は、フィラメント(単繊維の束)数が4万8000本で、繊維1本当たりの直径は髪の毛の7分の1から8分の1しかない。中国石油化工・上海石油化工股份有限公司(以下「上海石化」)が研究開発し、生産しているラージトウ炭素繊維は、炭素の含有量が95%以上の高強度新型繊維材料だ。その力学的性質が優れており、比重は鋼の4分の1しかないにもかかわらず、強度は鋼の7--9倍で、腐食しにくいという特性もある。

 炭素繊維は新世代増強繊維で、「新材料のキング」「ブラックゴールド」と称えられており、航空・宇宙飛行やエネルギー設備、交通輸送、スポーツ・レジャーといった広い分野に応用されている。トウは、フィラメントの本数の多寡により、スモールトウ炭素繊維とラージトウ炭素繊維に区分することができる。中国は長期間にわたり、主にスモールトウ炭素繊維関連のブレイクスルーを実現してきた。そして、中国初の1万トン級の48Kラージトウ炭素繊維プロジェクト初の中国の国産ラインの稼働が、上海石化炭素繊維産業拠点で始まるとともに、海外の同じランクの製品の性能に引けを取らない基準を満たした製品を生産することができるようになり、中国はラージトウ炭素繊維のキーテクノロジーのブレイクスルー実現、パイロット生産、産業化から、大規模な生産、重要設備の国産化へとステージアップすることに成功し、炭素繊維の生産、設備が海外の制約を受けているという受け身の立場から脱却した。

炭素繊維コスト低減につながる「ラージトウ」の発展

 周知のように、炭素繊維は、新エネルギーや省エネ・エコ、先端設備製造、新エネ自動車といった戦略的新興産業発展の基礎であり、重要な基礎施設建設の新型構造材料でもあるほか、さらには大型航空機、衛星、船舶といった設備の研究開発、世代交代の重要な基礎でもある。

 業界内では、フィラメント数が4万8000本(48K)のトウがラージトウ炭素繊維と呼ばれている。

 上海石化・炭素繊維事業部の李鵬サブゼネラルマネージャーによると、ラージトウ炭素繊維は、フィラメント数が4万8000本で、繊維1本当たりの直径は髪の毛の7分の1から8分の1しかない。炭素繊維を特製のシャワーヘッドのような紡糸口金(ノズル)から押出して、それをラーメンの麺のように引き延ばすとラージトウ炭素繊維のプロトフィラメントができるという。

 現時点で、中国の炭素繊維のフィラメント数は、1000‐1万2000本ほどで、このような炭素繊維はスモールトウ炭素繊維と呼ばれている。しかし、スモールトウ炭素繊維はコストが高く、川下企業の炭素繊維応用に対する積極性に影響を及ぼしている。

 上海石化の黄翔宇副社長は、「我々は、炭素繊維の工業化応用を推進・拡大するためには、『ラージトウ』の発展が不可欠であることに気づいた。開発の過程で、48Kラージトウ炭素繊維は、同じ製法を使っても、炭素繊維の生産ラインの生産能力を大幅に増強できる優位性があることを発見した。うまくコントロールできれば、その質・性能も確保でき、低コストを実現することができる。そして、炭素繊維は高価格によってもたらされる応用のハードルを打破することができる」と強調する。

「中国の技術」を使って性能が優れた炭素繊維を生産

 炭素繊維技術には、高い技術的障壁があり、以前はラージトウ炭素繊維の生産技術は主に、米国、ドイツ、日本の大手数社に握られていた。中国石油化工集団有限公司(以下「中国石化」)は、中国で初めて、世界で4番目にラージトウ炭素繊維技術を確立した企業だ。

 ラージトウ炭素繊維の研究開発の難しさはどこにあるのだろう?上海石化の関係技術責任者によると、ラージトウ炭素繊維の作成の過程で、酸化反応が起きた時に放出される熱をどのように効果的に抑制するか、フィラメント数が4万8000本の炭素繊維の紡糸の均一性をどのように確保するか、そして生産ラインの連続し稼働時間とその安定性などが難易度の高いポイントになるという。

 黄副社長によると、ラージトウ炭素繊維を作成する時に、本当の意味で「中国の技術」を使うことができるように、上海石化は、設備から製法まで、ラージトウ炭素繊維専用の生産ラインをオーダーメイドした。例えば、ラージトウ炭素繊維の生産に合わせた酸化炉や炭素化炉を独自に設計し、温度場をコントロールするキーテクノロジーの確立に成功したほか、省エネ型の設計を採用して、エネルギーの総合利用を実現している。

 このほか、上海石化は、高分子化合物分子チェーン構造調整・コントロール技術を採用して、熱性能が良好なプロトフィラメントを獲得し、紡糸原液流動学的性質を体系的に研究して、プロトフィラメントの質を安定させ、特殊な連続生産技術を開発し、稼働停止の回数が大幅に減少し、生産効率が極めて大きく向上した。

 上海石化が研究開発し、生産しているラージトウ炭素繊維は、炭素の含有量が95%以上の高強度新型繊維材料だ。その力学的性質が優れており、比重は鋼の4分の1に満たないにもかかわらず、強度は鋼の7--9倍で、さらに腐食しにくいという特性がある。

中国の国産ラージトウ炭素繊維の産業化に向けた展開がすでに始まっている

 上海石化初の48Kラージトウ炭素繊維国産ラインは、高品質製品の大規模生産を実現できる。同プロジェクトは2024年に全てが完成して、生産が始まる計画だ。実現すれば、1年間に2万4000トンのプロトフィラメント、1万2000トンのラージトウ炭素繊維を生産できるようになる。

 独自開発のラージトウ炭素繊維の生産ラインが稼働すれば、炭素繊維市場全体にどのような影響をもたらすのだろう?専門家の分析によると、まず、炭素繊維の国産化が継続的に推進されるのにつれて、市場への最大の影響は輸入炭素繊維の価格が低下することだ。

 統計によると、中国国内の炭素繊維の国産化が推進されるにつれて、最高で1トン当たり4万5000ドル(1ドルは約134.7円)だった輸入炭素繊維の価格は、約1万ドルまで下落する見込みで、産業チェーン全体の応用にとっては、好材料となりそうだ。

 統計によると、2021年、世界の炭素繊維の需要量は約11万8000トンだった。うち、ラージトウ炭素繊維は5万1400トンで全体の約43.5%を占めていた。同年の中国の炭素繊維の需要量は前年比27.7%増の6万2400トンで、世界の需要量の53%を占めていた。専門家は、「新エネルギーや風力発電、太陽光発電、自動車、スポーツ用品などの川下市場において、炭素繊維の応用ニーズが今後、爆発的に増大し始め、浸透率も上昇し続けるだろう」と予測している。

 業界内の専門家は、「中国の炭素繊維業界は現在、急速な発展段階にあり、各企業が既に発表している投資、生産拡大計画を見ると、全ての建設プロジェクトが順調に完成して稼働すると、第14次五カ年計画(2021‐25年)終盤までに、中国の炭素繊維の生産能力は21万トン以上増加する。うち、ラージトウ炭素繊維が17万6000トンを占め、中国ではラージトウの生産能力を拡大させる時代がそれに伴ってやってくる」との見方を示している。

 取材では、中国石化は、ラージトウ炭素繊維の量産を実現して以降、新エネ車メーカーと提携し、軽量化された炭素繊維の部品を使用することで、新エネ車の航続距離を延ばすことを模索していることが分かった。

 中国石化の首席専門家・荘毅氏は、「当社は電気自動車(EV)メーカー『蔚来汽車(NIO)』と包括的連携協定を締結し、比亜迪(BYD)とも提携している。当社の自動車軽量化事業は、既に産業化の展開段階に入っている」と説明する。

 中国複合材料工業協会の孟弋傑事務局長は、「2030年には、中国のラージトウ炭素繊維の生産高は500億元(1元は約19.2円)クラスに達し、1千億元級の複合材料市場を牽引するようになるだろう」と予想する。

 ラージトウ炭素繊維の研究開発、生産のほか、中国石化は、炭素繊維複合材料の研究開発、応用にも力を入れて推進している。中国石化の関係責任者は、「今後の炭素繊維産業の発展において、当社は科学研究の面への投資を強化し、産業の面では展開を加速させ、メカニズム・体制の面でイノベーションを深化させ、応用シーンを全面的に推進・拡大していく。また、独自の道を堅持し、特色ある製品を作り続ける。第14次五カ年計画の終盤に、当社は複数の製法のプロセスにおいて、レギュラーやラージトウ、スモールトウ、高性能といった製品の全面的なブレイクスルーを実現し、全体的な展開を行い、国の各分野のニーズを満たすことを目指し、中国の炭素繊維産業の発展をリード・後押しするために貢献していきたい」との見方を示す。

背景知識

増加の一途たどる世界の炭素繊維需要

 賽奧碳纖維の「世界炭素繊維複合材料市場報告2016--21」によると、世界では、2016年に7万6500トンだった炭素繊維の需要量は、2021年に11万8000トンに増加し、複合年間成長率(CAGR)は9.02%だった。2020年に3.05%増だった前年比成長率は、2021年に10.42%に上昇し、2025年には世界の需要量は20万トンに達する見込みだ。中国では、2016年に1万9600トンだった炭素繊維の需要量は、2021年に6万2400トンにまで増加し、CAGRは26.06%だった。2021年の前年比で成長率は27.69%にも達し、2025年には需要量が15万9300トンに達する見込みだ。応用の分野を見ると、2021年、世界と中国の炭素繊維の主な応用分野は、風力発電のブレードだった。2021年、世界で炭素繊維の需要量が最も多かった分野トップ3は、風力発電のブレード(27.97%)、スポーツ・レジャー(15.68%)、航空・宇宙飛行(13.98%)だった。一方で、中国を見ると、トップ3に入ったのはそれぞれ、風力発電のブレード(36.07%)、スポーツ・レジャー(28.05%)、炭素/炭素複合材料(11.22%)だった。風力発電のブレードやスポーツ・レジャー、航空・宇宙飛行、炭素/炭素複合材料といった分野の需要が、炭素繊維市場の需要の主要な部分を占めている。


※本稿は、科技日報「国産"大絲束"開啓碳繊維産業新藍海」(2022年11月23日付6面)を科技日報の許諾を得て日本語訳/転載したものである。