【23-49】全工程管理によりリチウムイオン電池の安全性を確保
陳 科、呉長鋒(科技日報記者) 2023年09月19日
リチウムイオン電池の生産ライン。(画像提供:視覚中国)
スマートフォンや電気自動車の普及に伴い、人々の生活でリチウムイオン電池がより重要な役割を果たすようになっている。だが、リチウムイオン電池特有の熱暴走が原因で、電気自動車やエネルギー貯蔵施設の爆発事故が起きる可能性があるため、その安全性は軽視できない課題となっている。またそれは、業界が長年にわたり直面してきた技術的課題でもある。
四川省科学技術奨励大会では、電子科技大学の向勇教授率いるチームが「マルチフィールド感知と自主消火に基づくリチウムイオン電池の安全管理コントロールの重要技術と応用」プロジェクトで「四川省科学技術進歩一等賞」を受賞した。向氏は「リチウムイオン電池の安全性を高め、電池の異常発熱による爆発リスクを低減させるというのは、絶対に攻略しなければならない難関だ。攻略のためにわれわれのチームは10年以上、模索と奮闘を続けてきた」と語った。
リチウムイオン電池の安全性に関する3つの難題を克服
向教授は「2012年から、関連設備が揃った電気化学ハイスループット特性評価プラットフォームを段階的に開発し、リチウムイオン電池の電解質や電極材料、パッケージ材料などの研究で、一連の成果を上げた。チームは、電気化学ハイスループット特性評価技術をリチウムイオン電池のライフサイクル全体における安全性能の状態変化の研究に応用したが、開発の過程で、既存の特性評価手法のモニタリングパラメーターでは、リチウムイオン電池の熱暴走リスクを直観的に反映することができないことに気付いた」と説明した。
向氏は「リチウムイオン電池の熱暴走プロセスは、製造上の欠陥や老化、劣化、管理の失敗、異常な環境条件での作動といった要因のほか、生産・製造、保管・輸送、使用などのプロセスが関係しており、多くの技術的難題を克服しなければならない」と説明。「リチウムイオン電池のライフサイクル全体にわたる安全管理・コントロールの難題は主に3つある」と述べた。
1つ目はリチウムイオン電池の熱暴走のリアルタイム監視だ。これが難しいのは、電池内部に一般的なセンサーを埋め込むことができず、外部のシグナルセンサーで電池の状態を推測するしかできないためで、向氏は「モニタリングデータの精度が低いという問題がある」と指摘した。
2つ目の難題は「リチウムイオン電池の熱暴走プロセスのアラート・保護」で、向氏によると、リチウムイオン電池が熱暴走を起こした場合、対応措置は通常、電源システムを遮断するという画一的な方法しかない。そのような方法では、事故を根本的に防ぐことはできず、電源システム作動の信頼性も損なわれるという。
3つ目の難題は「リチウムイオン電池が発火した後の消火」で、向氏は「リチウム電池の電解液に含まれる有機溶剤は、熱分解すると燃えやすく、爆発しやすい成分が発生し、酸素と混ざることでリチウムイオン電池の発火・爆発の根本的原因となる。そのため、リチウムイオン電池が一旦発火すると、消火するのは極めて難しい」と説明した。
向氏のチームは、研究開発の難題をはっきりさせ、その方向性を定めたうえで、四川省安全科学技術研究院や四川省産品質量監督検験検測院、中国鉄塔股份有限公司四川省分公司、西南石油大学といった産学研用(企業・大学・研究機関・ユーザー)の機関と連携して、リチウムイオン電池のライフサイクル全体を通じた安全状態の監視と管理・コントロールをめぐって踏み込んだ研究を行った。向氏がまとめ役を務める中、参加した機関は力を合わせて難関攻略に挑み、理論研究や技術開発、応用、推進の各分野でそれぞれの知識を活用した。
向氏は「マルチパラメーター薄膜センサーとリチウムイオン電池集電体の原位置調製・集積技術の開発に成功し、一体化集積を実現した。センサーの『埋め込み、正確なモニタリング、データ送信、影響最小化』の重要技術の難関を攻略した。チームが独自開発した人工知能(AI)の電気化学における敵対的移転性学習専用アルコリズムを、過去に開発した高精度の設計モデルと組み合わせることで、故障した電池を識別する精度を98.6%まで高めることができた。また、独自開発したハイスループット電解液の配合とスクリーニング技術、関連装置では、スクリーニング効率が100倍高まり、電解液の難燃性、電気化学性能の急速な最適化が実現した」と説明した。
2022年4月24日、著名なリチウム電池専門家である呉鋒院士(アカデミー会員)をグループ長とする専門家グループは、向氏率いるチームが開発したリチウムイオン電池の安全性に関する一連の技術成果について「世界最先端技術分野に属し、指標やモデルの予測精度、電解液の自己消火にかかる時間などはいずれも世界最先端レベルだ」と評価した。
経済効果は累計10億元以上
中国鉄塔能源公司は2019年から、プロジェクトの成果を同社基地局の電源システムに応用し、四川省の基地局の予備電源システム約50万台(セット)でリチウムイオン電池のリアルタイムオンライン監視の支援を行った。リチウムイオン電池の安全リスクアラートは2万回を超え、アラート成功率は100%だった。故障し廃棄された電池は約1万3000本で、回避された火災のリスクは1500件以上に達した。鉄塔基地局で発生したリチウムイオン電池の熱暴走による事故は0件で、安全な稼働を力強く支えている。
上海空間電源研究所はこの成果を活用して、リチウムイオン電池モジュールに突然安全上の問題が発生するリスクを解決した。同技術は現在、静止気象衛星「風雲4号02星」や新技術試験衛星などに応用されている。四川長虹電源有限責任公司は、このプロジェクトの成果を元に、セルと部品の重量配分比が高く、高密度で相互接続する特殊電源を開発した。
2019年10月、湖北億緯動力有限公司はプロジェクトの技術成果を導入し、リチウム電池のオンライン容量予測技術を開発し、その新技術を既存の生産ラインのリニューアルや新しい生産ラインの製造に応用し、リチウム電池生産ラインの生産能力を効果的に高めることに成功した。
向氏は「プロジェクトの成果を推進、応用することで、安全性と信頼性が高い新型リチウムイオン電池の研究開発を支援できるほか、生産における安全リスクも回避できる。さらに、新型リチウムイオン電池安全管理システムの開発をバックアップし、リチウムイオン電池システムの安全管理・コントロールの水準を高めることもできる。特に、リチウムイオン電池のユーザーにとって、リチウム電池の熱暴走による事故率を下げ、災害損失を減らすことができるため、使用・メンテナンスコストの節約につながる」と説明した。
データによると、2019年3月以降、同プロジェクトの成果の経済効果は累計10億元(1元=約21円)を超え、幅広い社会的効果を生み出し、中国の重要プロジェクトにサービスを提供する上で、大きな役割を果たしている。
※本稿は、科技日報「全流程管控确保锂电池安全」(2023年7月25日付5面)を科技日報の許諾を得て日本語訳/転載したものである。