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【23-62】二酸化炭素を17時間で「糖に変える」技術を開発

陳 曦(科技日報記者) 2023年11月13日

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中国科学院天津工業生物技術研究所の実験室で、研究の進展について同僚と話す楊建剛副研究員(左)。(撮影:金立旺)

機能性糖質・天然活性物質チームの活動記録

 9月7日、中国科学院天津工業生物技術研究所の実験室では、機能性糖質・天然活性物質チームのメンバーが実験に取り組んでいた。

 同実験室では、研究者は高濃度二酸化炭素などの原料を、反応液の中に一定の割合で調合し、化学触媒と酵素の作用により、グルコース、プシコース、タガトース、マンノースの4種類の糖を合成した。この実験にかかった時間は約17時間だった。

 サトウキビなどの農作物から糖分を抽出するという人類が1000年以上にわたって行ってきた伝統的な方法に取って代わる画期的な方法を、数人の若者が実験室で編み出したというのは、多くの人にとって想像がつかないことかもしれない。機能性糖質チームの責任者である同研究所の孫媛霞研究員率いる20代前後の若手研究者5人は、2年間の模索の末、糖の自然合成ルートを変え、二酸化炭素から糖への高効率かつ正確な合成を実現し、糖を抽出するのにかかる時間を「年単位」から「時間単位」に短縮した。研究成果は今年8月、中国の学術誌「科学通報」のオンライン版に掲載された。

二酸化炭素からデンプンを合成する技術を活用

 二酸化炭素を原料とし、植物の光合成に頼ることなく、デンプンを直接人工的に合成するというSFのようなシーンが、天津工業生物技術研究所の実験室で、実際に見られた。2021年9月24日、国際学術誌「サイエンス」は、同研究所の科学研究者が世界で初めて、二酸化炭素からデンプンへの全合成に成功したことを掲載した。

 二酸化炭素からデンプンを合成するチームの一員だった同研究所の楊建剛副研究員は、今でもその時の興奮を鮮明に覚えているという。

 二酸化炭素からデンプンを人工合成することに成功した楊氏と他の若手研究者は、そこで手を止めることなく、さらに多くの未知の領域を模索し、さまざまな物質を合成しようとした。

 デンプン以外に、何が合成できるのだろうか? 楊氏は「多くの人がまず思いつくのは、デンプンと同じ炭水化物の糖だろう」と語った。

 糖は、人間の生存や生活における重要な物質で、現在の工業やバイオ製造のカギとなる原材料でもある。人間は糖を得るために、物理、化学、バイオなどの方法を用いて、非常に長い時間をかけてグルコースやフルクトースといった単糖を生産してきた。しかし、100年以上受け継がれてきた製糖法は課題にも直面している。

 楊氏は「人口の増加に伴い、糖の需要量も増加し続けている。サトウキビなどの作物を原料として糖を生産する方法では、植物の光合成のエネルギー変換効率が足かせとなり、今後高まる需要を満たすことができなくなる可能性がある。このほか、作物に含まれる糖の成分は比較的固定されており、希少糖や自然界に存在しない単糖を得るのは難しい」と述べた。

「多くの科学者が人工合成糖に注目するようになっており、二酸化炭素を人工的に糖へと変換するという方法が国際的に高く注目される研究分野となっている。私もチームと一緒にチャレンジしたいと思った」。稀少糖の分野の研究を長年続けている孫氏の提案は、すぐに人工合成デンプンプロジェクトの首席科学者を務める天津工業生物技術研究所の馬延和所長の支持を得た。

 二酸化炭素から糖を合成するというプロジェクトの立ち上げが承認されると、楊氏や宋皖氏、王玉瑶氏といった研究所の若手研究者が積極的に呼応し、新プロジェクトに取り組むようになった。こうして、機能性糖質チームは長い道のりを歩み始めた。

ベストな「候補者」探し

 機能性糖質チームに加入した頃の気持ちについて宋氏は「二酸化炭素からデンプンへの合成には成功したが、二酸化炭素から糖への合成が成功するかは、みんな初めから自信があったわけではない」と述懐する。

 当時、中国内外の多くのチームが関連研究を行っていたが、いくつかの問題を解決できずにいた。例えば、二酸化炭素から合成できるのは複数のタイプの糖で構成される多糖類で、さまざまな種類の糖が混在しているため、今後の応用における障害となる。また、一部の単糖の合成に成功した研究チームもあったが、合成効率が悪かった。

 楊氏は「それらは、われわれのチームが直面した難題でもあった。ただ、われわれは、人工的な糖の合成原理はデンプンの合成とほとんど変わらないと考えた。どちらも炭水化物の合成で、化学と酵素結合による方法だからだ」と振り返った。

 そのため、チームは二酸化炭素から糖を合成するルートを早いうちに特定した。研究は最初のうちは勢い良く進んでいたが、触媒の選定が課題となり、壁となって立ちはだかった。

 楊氏は「当初、自然界に存在するバイオ酵素から触媒の候補を探した。しかし、それはとても長い道のりになってしまった」と語った。

 チームは毎回の実験で、どの触媒に対しても期待を寄せていた。しかし、糖分子は試験管の中になかなか現れなかった。時には糖分子が一瞬だけ現れたこともあったが、変換率が極めて低く、チームに失望を与えた。

 袋小路に入り込んだものの、機能性糖質チームは決して諦めることなく、逆境がチームの闘志に火をつけることとなった。そして、研究所内の二酸化炭素からデンプンを合成したチームのメンバーと意見を交換し、機能性糖質チームのメンバーは天然触媒をエンジニアリングデザインによって調整することにした。

 楊氏は「二酸化炭素をグルコースに変換するためには、1つの化学触媒と、7つの酵素エレメントが必要だ。触媒を調整するだけでなく、7つの酵素エレメントを対象に、エンジニアリングデザインを行う必要がある。チームのメンバーは、酵素エレメントを100個以上選出し、千種類に上る組み合わせを試し、最適な7つを選び出した」と語った。

 チームは毎日、実験結果について議論を繰り返し、突破口を見つけては、改良を行い、次の実験をまた行った。

 1年半かけて100回以上の実験を繰り返し、チームは最適の「候補者」を選び出した。この触媒を用いて、二酸化炭素から糖を合成する効率は、1リットル、1時間当たり0.67グラムに達し、既知の他のテクノロジー・ロードマップの効率を10倍以上上回った。グルコースの炭素固定合成効率は、触媒1ミリグラム、1分当たり59.8ナノモルで、既知の中国内外の人工製糖技術の中で最高水準となった。

研究者を安心させる

 デンプンの人工合成とヘキソースの人工合成の研究開発過程では、人材が非常に大きな推進的役割を果たした。

 通常、研究者は3年ごとに審査を受ける。もし、その間に目立った成果や論文がなければ、昇進に影響が出る可能性がある。しかし、中国科学院と天津市が共同で設立した研究機関である天津工業生物技術研究所は、設立当初から「論文だけで成果を語ることはしない」という明確な方針を打ち出していた。

 馬所長は「審査においては、研究者の実際の問題を解決する能力をより重視している。そのようにできるのは、天津市が当研究所の費用を確保し、それを自由に使えるようにしているからだ。また、研究所の研究者が行っているのは、新しい道を切り開く基礎研究で、コツコツと時間をかけなければ、本当の意味で価値ある成果を挙げることはできないことも、私たちは分かっている」と語った。

 楊氏は「あれこれ心配せずに、研究だけに没頭できる。このような全面的なサポートは、若手研究者にとって非常に得難いもので、ポテンシャルを引き出すことができる」と見解を述べた。

 合成に成功したが、機能性糖質チームは気を緩めることなく、今も実験室で研究に励んでいる。孫氏は「今回、チームは二酸化炭素から糖への精密な全合成を実現しただけでなく、人工バイオシステムの構築にも成功し、柔軟性があり拡大可能な製糖モデルをほぼ確立した」と述べた。

 楊氏は「このモデルによって得られた糖は、原料として食品や医薬品の分野に応用することができる。合成したグルコースなどは、工業バイオ製造のカギとなる原材料として他の化学品を合成し、二酸化炭素吸収物質合成のための原料を供給することができる。機能性糖質チームは今後もこのモデルの最適化を続け、一日も早く成果の産業化を推進できるよう取り組んでいる」と説明した。


※本稿は、科技日報「他们让二氧化碳17小时后变成糖」(2023年9月11日付5面)を科技日報の許諾を得て日本語訳/転載したものである。