【23-67】中国の数学者、複雑な疾患の研究に新たなアプローチを提供
都 芃(科技日報記者) 2023年11月28日
疾患の発症と進行は、往々にしてさまざまな要素が複雑に絡み合っている。もし「ネットワーク」という視点から、各要素を「点」、それを接続する部分を「辺」と見ることができるなら、新たな視点から疾患発症の内在的メカニズムにアプローチできるかもしれない。
北京雁栖湖応用数学研究院の鄔栄領教授率いる統計チームと、北京林業大学の博士課程に在学する呉双氏が、数学的手法を駆使して「idopNetworks」と呼ばれる統計物理学ネットワークモデルを構築し、科学者の丘成桐氏とその共同研究者が発展させたGLMYホモロジー理論を利用し、異なる疾患の代謝ネットワークモデルを分析することで、さまざまな要因やその相互作用が人間の疾患に与える影響を探究した。研究成果はこのほど「複雑な疾患の代謝物理学」というタイトルで「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」に掲載された。この研究は複雑な疾患の要因分析と治療指導、関連治療薬の開発に新たなアプローチを提供している。
同チームが構築した統計物理ネットワークモデルは、既存の低次元ネットワークモデルとは異なり、主に2つのイノベーションを実現した。一つ目はチームが包括的な動的ネットワークモデルを構築し、疾患を数多くの因子(例えば代謝物質など)で構成される複雑のネットワークシステムとみなした。進化ゲーム理論を導入することで、システム中の各因子の作用を因子自体の作用(独立作用)と共存因子が与える影響(依存作用)の2つに分け、各因子がシステムに対してどのような影響を与えているかについて明確に反映させた。その後、チームは独立作用を「点」、依存作用を「辺」とし、全方位的なオリジナルネットワークを構築し、それを「idopNetworks」と命名した。二つ目のイノベーションは、代数的トポロジー中のホモロジー理論を導入してネットワークを分析したことである。チームは、GLMYホモロジー理論を利用して、有向グラフ理論などの数学理論を統合し、ネットワーク中の一つの因子が別の因子へと向かうシグナルロードマップを分析。システムの状態変化のトポロジーパターンを分析するとともに、ネットワークのトポロジー構造の変化を追跡することで、疾患が発症・進行するメカニズムの理解を深めようとした。
炎症性腸疾患は特発性の腸疾患で、はっきりとした病因や発症メカニズムはまだ完全には解明されていない。今回の研究は、炎症性腸疾患を例にしており、チームは既存の臨床データを活用して炎症性腸疾患と関連する代謝相互作用ネットワークidopNetworksを構築し、異なる代謝物の相互作用関係を導き出した。従来の手法では、炎症性腸疾患と明らかに関係がある単独の代謝物しか識別できなかったのに対し、idopNetworksは、こうした単独の代謝物が果たす役割が独立効果によるものではなく、他の代謝物の影響を受けている、つまり依存効果が原因であることも突き止めた。そして、代謝物の間の調節関係を変更すると、代謝物自体の役割にも変化をもたらすことが分かった。さらに、idopNetworksによって、健康な状態から炎症性腸疾患へと変化する時、または炎症性腸疾患が治って健康な状態に戻る時における代謝物の相互作用関係の変化も解明した。
代表的な炎症性腸疾患には潰瘍性大腸炎とクローン病があり、これらの代謝メカニズムの違いが体系的に研究されたことはまだない。チームはGLMYホモロジー理論を利用してこの2疾患のidopNetworksを分析し、両者のネットワークトポロジー構造のごくわずかな違いを発見した。これは、GLMYホモロジー理論が、複雑な生物の体系的研究に応用できる大きなポテンシャルを秘めていることを示している。
※本稿は、科技日報「我国数学家为复杂疾病研究提供新思路」(2023年10月23日付6面)を科技日報の許諾を得て日本語訳/転載したものである。