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【23-69】コスト低下で人々に恩恵をもたらすゲノムシーケンシング

呉葉凡(科技日報実習記者) 2023年12月05日

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シーケンサーを操作する研究者。(画像提供:視覚中国)

 1977年に第1世代のDNAシーケンシング技術(サンガー法)が誕生して以来、ゲノムシーケンシング技術が「生命科学技術の鍵を握る」と見なされるようになった。過去20年近くにわたり、ゲノムシーケンシング技術は世代交代を繰り返し、それに伴い、コストも急速に低下している。先日開かれた「2023コホート研究・精密医療実用化学術フォーラム兼第3回イルミナNGS大会」では、参加者がより前向きなシグナルが発した。バイオインフォマティクスの分析や解読が進歩したことにより、研究者は限りある予算の範囲で、より多くのサンプルシーケンシングができるようになっており、それがプレシジョン・メディシンの分野で新たな見解や発見を生み出すのにつながっている。

 ゲノムシーケンシング技術は現在、どれほど進んでいるのだろうか? 技術の世代交代とコスト低下にはどんな関係があるのだろうか? シーケンシングのコスト低下により、どんな影響があるのだろうか? これらの問題について、専門家の声を聞いた。

ハイスループットシーケンシング技術が主流に

 ここ数年、「遺伝子検査」と書かれた各種広告をよく目にするようになった。中には、アンケート用紙に記入するだけで結論が分かる検査もあれば、「子供の才能を測定できる......」と謳った検査もあり、玉石混交の広告が原因で「遺伝子検査とはいったい何なのか」と疑問に思う消費者も少なくない。

 実際には、遺伝子検査技術は厳密かつ先端的な生物科学技術で、特定の設備を使って被験者の細胞中にあるDNA分子情報を検査することにより、その遺伝子情報を知り、病因を明確にし、特定の病気を患うリスクを診断することができる。中国の遺伝子シーケンサーメーカー「華大智造(MGI)」製品市場センターの汪婧婧総監はDNAについて「それは、アデニン(A)、チミン(T)、シトシン(C)、グアニン(G)という4種類の塩基の二重らせん構造である。コンピューターが『0』と『1』の組み合わせでいろいろな情報を表すのと同じで、『A』『T』『C』『G』は『生命のパスワード』として、人類が生命について理解を深めるための扉の鍵を開けてくれる」と説明した。

 第1世代のDNAシーケンシング技術が誕生してから、ハイスループット合成法シーケンシング技術や単分子シーケンシング技術などが次々と登場した。テクノロジー・ロードマップによって応用する範囲やシーンが異なるほか、コストやリード長、スループット、正確度といった指標の面でも、メリットとデメリットがあるため、それぞれのシーケンシング技術は、厳密な世代交代の関係にあるわけではない。その関係について、著名なゲノミクス専門家である中国科学院大学の于軍教授は「自家用車、路線バス、高速鉄道、飛行機といった交通機関は同時に存在して、人々の異なる移動ニーズを満たしている」と例えた。

 具体的には、ハイスループットシーケンシングはスループットが高く、コストを大幅に低減するとともに、高い正確度を維持している。サンガーシーケンシングをハイスループットシーケンシングと比べると、リードが長く、正確度も高いものの、コストが高くスループットが低いというデメリットがある。単分子シーケンシングをハイスループットシーケンシングと比べると、リードは長いものの、コストと正確度という面では同様の水準に達することは不可能だ。メリットとデメリットを総合的に比較したうえで、市場において主流となっているのはハイスループットシーケンシングだ。汪氏は「ハイスループットシーケンシング技術は現時点で、ゲノムシーケンシング技術の大規模商業化応用の主要な推進力となっており、この先もその地位を維持するだろう」との見方を示した。

技術革新によりシーケンシングコストが低下

 汪氏は「技術のブレイクスルーとイノベーションのたびに、シーケンシングコストが大幅に低下してきた」と語った。

 データによると、1990年代に始まった「ヒトゲノム計画」において、6カ国の科学研究者約8000人が13年かけて、人間1人の全DNA配列をシーケンスし、それにかかった費用は38億ドル(1ドル=約146円)だった。それが2009年になると、1人の全DNA配列をシーケンスするのに必要な費用は約10万ドルまで減り、さらに2015年には約1000ドルにまで減った。

 シーケンシングコストが低下した主な原因は、遺伝子シーケンサーの技術革新が進んだためだ。シーケンサーはゲノムシーケンシング産業チェーンにおいて最も中核的なセグメントの一つであり、光学や機械、電子、流体、ソフトウェア、アルゴリズムなどを統合した複雑なシステムでもある。そのため、1つ1つの技術の方向性のほか、アーキテクチャ設計とシステムインテグレーションに対しても高い要求がある。その生産の技術的障壁は際立っており、テクノロジーの比重が高く、非常に多くの技術の蓄積と投資が必要で、かつては海外の巨大企業の独占状態となっていた。

 中国は人口基数が大きく、多くの人を対象とした研究を展開するのに有利だ。しかし「応用を重視し、研究開発を軽視する」という傾向が存在し、国内のシーケンサー研究開発分野にはかつて空白が存在していた。ここ数年、中国企業が独自の研究開発を強化するようになり、国産のシーケンサーが急速に発展した。今年発表された国産の超ハイスループットシーケンサーDNBSEQ-T20×2(以下「T20」)は、超ハイスループットデータを出力できるほか、シーケンシングデータの高い質を保証している。年間約5万人の全DNA配列がシーケンスできるようになっただけでなく、そのコストは100ドル以下にまで低下した。汪氏によると、T20がシーケンシングコストを低下させた主な理由は、オープンタイプの並列システムを採用しているため、超大型サイズの断片を6枚同時に操作することができるからだ。このほか、T20が採用している浸漬型の生化学的反応技術では、同じ反応液に複数枚の断片を何度も浸漬させて、シーケンシングの複数のステップを完了させることができる。

 かつての高コストは今や100ドル以下にまで下がり、技術の進歩がゲノムシーケンシング産業の発展を継続的に推進している。于氏は「シーケンシングのコストダウンにより、市場規模が縮小したように見えるかもしれないが、実際にはハイスループットシーケンシング技術の普及が促進されたことにより、ゲノムシーケンシング業界に急速な発展のチャンスが訪れている」との見方を示した。

産業発展を促進する新たな応用シーン

 どんな技術でも、活かせるかどうかは、実際の応用にかかっている。ゲノムシーケンシングのコスト低下により、産業の発展に新たな原動力が注入されている。汪氏は「ゲノムシーケンシング技術のコストがある程度まで低下すれば、ゲノムシーケンシングは、既存の医療からプレシジョン・メディシンへと移行するキーテクノロジーになる。そのため、ゲノムシーケンシングのコスト低下は、ゲノミクス研究の加速につながるほか、医学・健康分野への応用が促進され、遺伝子テクノロジーが全人類に利益をもたらすという目標実現をサポートすることにもなるだろう」と述べた。

 シーケンシングのコスト低下は、必然的に産業チェーンの発展も牽引する。シーケンサー設備は遺伝子検査産業チェーンの川上に位置し、遺伝子検査サービス業者は川中、病院や科学研究機関、医薬品企業、個人などのユーザーは川下に位置する。ゲノムシーケンシングは、科学研究や臨床医学の分野でより多く応用され、新たな応用シーンが今後、次々と登場し、ゲノミクス分野の川中・川下産業も大きな発展を遂げることになるだろう。

 そして、川下の応用シーンが開拓されると、川上のサプライヤーに対しては、総合ソリューションを提供する高い能力が求められるようになる。汪氏は「川上のサプライヤーは、バリエーション豊富な製品ラインナップを形成し、専門的サービスを提供する必要があり、ゲノムシーケンシングや実験室自動化といった分野で全プロセスをカバーしたワンストップ型のソリューションを構築し、さらにはプレシジョン・メディシン、精密農業、プレシジョン・ヘルスといった業界に対し、リアルタイムかつ一体的で、全ライフサイクルをカバーする体系的なソリューションを提供することで初めて、川下の応用シーン開拓がもたらす大きな市場空間やチャンスをものにし、急発展を遂げることができる」と指摘した。


※本稿は、科技日報「成本降低让基因测序惠及大众」(2023年10月31日付6面)を科技日報の許諾を得て日本語訳/転載したものである。