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【24-19】新疆の砂漠でザリガニを養殖

王延斌(科技日報記者) 2024年03月01日

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オーストラリア原産のザリガニを見せるカシュガル地区マルキト県の養殖農家。(画像は取材対象者提供)

 砂漠でザリガニを養殖できるのか? ありえない話のように聞こえるかもしれないが、中国新疆ウイグル自治区カシュガル地区マルキト県の呉志友さんは、それを現実化している。

 呉さんは「今年のザリガニの収穫期は例年より半月早かった。1日1回カゴを下ろすだけで70キロ収穫できる。なかなかの豊作だ」と語った。

 タクラマカン砂漠の南西端にある同県は、砂漠が県面積の90%を占めており、「中国で唯一、砂漠に埋め込まれた県城(県の中心地)」と言われている。

「砂漠でオーストラリア原産ザリガニを養殖」というプロジェクトを計画したのは山東省日照市の新疆支援指揮部で、日照職業技術学院水産養殖専門チーム(以下「日職チーム」)が実施した。同チームはマルキト県テュメンタル郷の湿地2ヘクタールを活用して養殖実験を行い、ザリガニ養殖拠点建設を指導したほか、現地の貧困脱却担当者に養殖技術を教え、最終的に成功した。

山東省の養殖技術を4800キロ離れた新疆に

 日照職業技術学院(以下「日職」)海洋技術系の付寧副教授(水産養殖技術)は「本音を言うと、初めは自信がなかった」と明かした。

 付氏は「東蝦西移」プロジェクトで技術指導を行っている。「東蝦西移」とは「日職」による成熟したオーストラリア原産ザリガニ養殖技術を4800キロ離れたカシュガル地区に伝えるプロジェクトを指している。付氏はザリガニを研究して10年以上になるが、これほど離れた場所で気候と地質環境も全く異なるため、当初は大きな不安を抱いていたという。

 付氏が所属する日職は、1987年に創立された山東省初の高等職業大学で、海洋専門は同大学の名門学部の一つで、その「水産養殖技術専門教育チーム」は、山東省イノベーションチームに選ばれている。

 臧運東さんは、マルキト県の郷・鎮に駐在する新疆支援幹部でテュメンタル郷の副郷長を務めており、「東蝦西移」を水面下で推進する一人でもある。日照からマルキト県に移った臧さんは、同県は砂漠に囲まれているが、多くの砂漠には干潟があり、水質が良いことに気づいた。しかも、それらはこれまでずっと活用されてこなかった。

 これらの干潟を活用することについて、臧さんと付氏は意見が一致した。そして、付氏の指示の下、テュメンタル郷の干潟に、縦横の長さや形状などを日職の基準に合わせたザリガニの養殖池が作られた。

 山東省日照市は温帯季節風気候なのに対し、新疆ウイグル自治区南西部に位置するマルキト県は大陸性気候で、しかも両地域の地質も全く異なる。完成した養殖池3カ所を満水にしても、翌日には水深が10センチまで下がってしまい、ザリガニの養殖には全く足りないため、呆然としたこともあった。

 付氏らが調査した結果、養殖池を作った場所は塩類アルカリ土壌で、水が染み込んでしまうことがわかった。付氏の専門知識が役に立ち、作業員が養殖池の底に水が染み込むのを防ぐシートを設置したところ、問題は簡単に解決した。

 オーストラリア北部の熱帯地域原産のザリガニは、中国が近年導入している「名特優淡水養殖品種」で、適応力が高く、過酷な気象環境にも強く、元気に育つ水温は16~32℃と幅広い。

 ただ、オーストラリア原産のザリガニは、世界で最も高級な淡水エビ類の一つで、付氏は「砂漠や塩類アルカリ土壌という環境を経験したことはないかもしれないため、最悪の結果も想定していた」と言う。

伝統を受け継ぎながら新技術を導入

 日職の学生である楊建豪さん、張中民さん、劉華さんは「東蝦西移」プロジェクト始動後、カシュガル地区に滞在し、付氏の指導の下、ザリガニを含む水産物の養殖・試験を推進してきたほか、養殖農家を対象とした育成も行い、養殖の過程で直面する問題を解決してきた。

 学生らによると、養殖池の水質が突然悪化した時が一番大変だったという。水の色が突然黒くなり、不安に襲われたが、水源をたどると、地元農家が化学肥料をかんがい用水路に撒いてしまい、それが下流にある養殖池まで流れたことが原因だった。

 上流の農家と話し合い、時間をずらして水を使うようにしたほか、水域に動物保護剤と水質改良剤を投入することで、養殖池の水質は最終的に元に戻った。

 新疆ウイグル自治区南部の養殖池でザリガニの生育状況をチェックのが楊建豪さんの日課となっており、「この程度の苦労は大したことではない。私たちは新しい品種を新疆南部に導入することに誇りを感じている」と語った。

 学生らは「こまめに観察し、ミスを避ける」という付氏の言葉をいつも心に留め、昼と夜の気温差や低すぎる池の水温など、次々と発生する問題を解決し、一歩ずつ成長を遂げている。

「水産物の養殖というのは生き物が相手。テクノロジーの発展に伴い、バーチャルリアリティ(VR)などが給餌などに応用されているが、人間の手を使った慎重な作業と肉眼でのこまやかな観察に取って代わることはできない」と語る付氏もまた、「技術は言葉と手取り足取りで伝えなければならない」という恩師の教えを今も守っている。

 砂漠地におけるザリガニ養殖は、しっかりとした技術の支えがなければ成功は難しい。付氏率いるチームは、浮遊物の侵入や土壌がアルカリ性に逆戻りするといった難題を乗り越え、わずか1年でオーストラリアのザリガニ養殖の現地化を実現し、新疆ウイグル自治区南部のエビ類の養殖が、外部からの供給に依存しているという制限からの脱却を成し遂げた。

 2021年10月、半年の養殖試験によって育てられたザリガニの第1弾の販売が始まると、あっという間に売り切れとなった。そして、新疆ウイグル自治区南部におけるザリガニの養殖は、量産体制へと突入した。

 同プロジェクトが始まってから、マルキト県は日職の指導の下、養殖試験拠点と標準化ザリガニ養殖拠点を次々と建設し、その面積は合わせて10ヘクタール以上となっている。付氏率いるチームは、現地の養殖農家と貧困脱却担当者延べ400人以上を対象に、技術育成と指導を引き続き行っている。


※本稿は、科技日報「新疆沙漠里养出了澳洲龙虾」(2023年12月1日付6面)を科技日報の許諾を得て日本語訳/転載したものである。

 

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