科学技術
トップ  > コラム&リポート 科学技術 >  File No.24-48

【24-48】ハードウェアのGitHubを目指す、中国製造サービス大手の試み

2024年06月03日

高須 正和

高須 正和: 株式会社スイッチサイエンス Global Business Development/ニコ技深圳コミュニティ発起人

略歴

略歴:コミュニティ運営、事業開発、リサーチャーの3分野で活動している。中国最大のオープンソースアライアンス「開源社」唯一の国際メンバー。『ニコ技深センコミュニティ』『分解のススメ』などの発起人。MakerFaire 深セン(中国)、MakerFaire シンガポールなどの運営に携わる。現在、Maker向けツールの開発/販売をしている株式会社スイッチサイエンスや、深圳市大公坊创客基地iMakerbase,MakerNet深圳等で事業開発を行っている。著書に『プロトタイプシティ』(角川書店)『メイカーズのエコシステム』(インプレスR&D)、訳書に『ハードウェアハッカー』(技術評論社)など
medium.com/@tks/takasu-profile-c50feee078ac

■ハイレベルなDIYハードウェアの共有会

 中国深圳に本社を置く嘉立創(リンク 、本記事では海外向けブランド名の「JLC」と表記)は、PCB(電子回路基板)製造、3Dプリント、CNC加工など、様々な加工サービスをオンラインで提供する、社員6000人を抱える大企業だ。同社が開催したオープンソース・ハードウェアの共有会「開源硬件星火会」(以下、星火会)が5月18日に行われた。会場では、これまでの中国では見たことがなかったような、ハイレベルのハードウェアプロジェクトが共有されていた。

Windowsコンピュータのマザーボードを完全自作したプロジェクト。そのままJLCのサービスで製造してシェアされている

 JLCはOSHWHub(リンク)というオープンソース・ハードウェアの共有プラットフォームを運営している。星火会はOSHWHubプラットフォーム内で呼びかけられているプロジェクトの大規模な大会だ。参加するプロジェクトには使用する部材や加工が無料で提供され、優秀者には数千元~数十万元の賞金と、さらに大規模な部材・加工の無料使用権が提供される。

JLCが運営するOSHWHub。ハードウェアの設計と実際の製造方法を合わせて共有することができる。

 OSHWHubプラットフォームでのシェアや星火会への参加は、JLCが提供する設計ソフトEasyEDAの利用が必須だが、公開されている設計データはSTLなど一般的な形式で、ほかのソフトウェアでも利用できる。また、公開データのライセンスもオープンソースの世界で一般的なものを選ぶことができる。

 こうした利用を伸ばすべく、EasyEDAはデータのシェアや同じハードウェアをオンラインで共同開発することを促進する機能を追加している。EasyEDAプロジェクトマネージャーの羅徳松氏は星火会で今後の新機能を紹介し、「ハードウェアのGitHubのような形を目指す」と語った。(発表資料リンク

 このサービスやコンテストは、これまでのオープンソース・ハードウェアが超えられなかった壁を超える可能性がある。

■生産手段(工場)を持つことで可能になる「ハードウェアのオープンソース共有」

 ソフトウェアのオープンソースに比べて、ハードウェアのオープンソース開発は普及が難しい。ハードウェアの設計図や部品リストを共有・標準化する試みは様々に行われているが、情報のみ、物理材なしで成立し、インターネットで共有できるソフトウェアに比べて、ハードウェアでは知財のオープンを宣言することの効果は限定的だ。Open Source Hardware Associationのような団体が、オープンソース・ハードウェアの定義を公開している(リンク)が、こうした定義への関心も、実際に登録されたプロジェクトも多くはない。製造に必要な部品が特定の国でしか入手できない、加工方法によって必要な設計図が異なるなど、ハードウェアのシェアは部品や生産手段へのアクセスが不可欠だ。Octpart(リンク)のように、世界全体で部品情報にユニークなIDを与えて共有しやすくする試みも行われており、一定の成果を挙げているが、実際に部材を入手して工場に届けるのは大きな手間だ。ハードウェアはリンクすればダウンロードできるわけではない。

 JLCの試みで注目すべき点は、彼らが部品商社(LCSC)と工場を共に抱えていることで、「JLCの提供する設計サービスEasyEDA(リンク)上でハードウェアの設計情報をシェアすれば、誰でも実際のハードウェアを入手できる」ことだ。星火会では外装が必要なハードウェアプロジェクトも公開されているが、多くがJLCの3Dプリントサービス、CNCサービスで加工されている。

■生産手段を世界にオンラインで提供するJLCPCB

 JLCは2006年創業と、加工サービスとしては後発だが、大規模なオンラインシステムを構築し、少量・多品種・高精度の加工を安価で受け付ける体制を構築したことで、中国国内でも海外でもシェアを伸ばしている。

大規模なシステムを構築することで小ロット対応を実現しているJLCの工場。(筆者が参加したJLC公式ツアーより)

 顧客がコンピュータ上で設計したデータをJLCのシステムに登録し、オンラインで工作サービスの見積金額・納期を確認しながら材料や加工方法の詳細、発送方法を決定し、オンラインで代金を払うと、郵送で加工された部材が届く。このサービスのフローは、電子回路基板、3Dプリント、CNC加工など、どのサービスでも共通している。実際の加工では巨大な工場と高価な工作機械を多数そろえ、さらにPCB製造サービスでは自社で20万種類の部品をストックする部品倉庫を運営することで、高精度化と低価格化を両立させている。

 中国国内で多くの顧客を抱えるほか、海外向けはJLCPCBのブランドでPCB製造と3Dプリンティングのサービスを開始し、世界全体で470万顧客IDと、年間1000万オーダーを超える発注をこなしている。

JLC内の部品商社LCSCでは、倉庫内作業の自動化にも取り組んでいる

 海外向けと国内向けでは提供している加工サービス・オンラインシステムとも限定的だが、海外顧客は伸びていて、サービスは拡大中だ。

■オープンソース・ハードウェアの新しい形

 JLCの試みは、同社の製造サービス・部品商社を前提にしているだけに、「特定のリソースによらない、自由なハードウェア」とは言い難いものだ。一方でその自由をハードウェアで実現する現実的な方法が存在しないことが、オープンソース・ハードウェアを巡る状況が今ひとつ盛り上がらず、RaspberryPiやM5Stackのように「特定の企業が作る製品だが、世界のどこでも同じものがちゃんと手に入る開発ツール」のほうがDIY活動を促進している現状につながっている。

 オープンソース・ハードウェアアソシエーションの定義にも「オープンソース・ハードウェア定義の署名者は、オープンソース運動が情報共有の方法の1つに過ぎないと認識する。」とあり(リンク)、自由なハードウェアと向き合い続けているアクティビストのバニー・ファン氏も著書『ハードウェアハッカー~新しいモノをつくる破壊と創造の冒険』で「オープンハードウェアはむしろ哲学的なもの」と語っているように、自由で相互利用可能な開発方法があらゆるハードウェアに及ぶ未来は、ソフトウェアに比べて遥かに遠い。JLCの試みは、これまでとは別の「オープンやシェアを実現する試み」として興味深い。

 手軽にハードウェア設計を協調作業しやすくすることは、学校教育など様々な場所でこれまでよりも自由・手軽にハードウェアを設計することに繋がり、社会全体のイノベーションを促進することにつながる。


高須正和氏記事バックナンバー

 

上へ戻る