【25-018】DeepSeekショックの真の意味、AIの「オープンor独占」を関係者が語る
2025年02月25日

高須 正和: 株式会社スイッチサイエンス Global Business Development/ニコ技深圳コミュニティ発起人
略歴
略歴:コミュニティ運営、事業開発、リサーチャーの3分野で活動している。中国最大のオープンソースアライアンス「開源社」唯一の国際メンバー。『ニコ技深センコミュニティ』『分解のススメ』などの発起人。MakerFaire 深セン(中国)、MakerFaire シンガポールなどの運営に携わる。現在、Maker向けツールの開発/販売をしている株式会社スイッチサイエンスや、深圳市大公坊创客基地iMakerbase,MakerNet深圳等で事業開発を行っている。著書に『プロトタイプシティ』(角川書店)『メイカーズのエコシステム』(インプレスR&D)、訳書に『ハードウェアハッカー』(技術評論社)など
medium.com/@tks/takasu-profile-c50feee078ac
DeepSeekのAIモデルが起こした「AIの民主化」
中国・杭州のDeepSeekが発表した大規模言語モデルのAI「DeepSeek R1」が全世界で話題となっている。米OpenAIなどが発表したChatGPTなどと遜色ない受け答えに加え、従来の大規模言語モデルと比べて、学習や推論の計算コストを削減する設計が施され、かつモデルの削減についてはオープンソースとして公開されている。これにより、特定の用途ではNVIDIAの高性能GPU(画像処理装置)が必須ではなくなり、より様々な環境で動作する可能性を提示した。これまでの大規模言語モデル開発の常識を覆した効率の良い開発ぶりとそれを支えたアイデアが話題のもとだ。
大規模言語モデルと言われるように、生成AIのモデル作成は膨大なデータとそれを処理する計算量を必要とする。処理してモデルとして仕上げたものが公開されても、元のデータや学習の過程を辿るのは難しい。MetaのLlama、Mistral AI、Stable Diffusionなどではオープンなライセンスにより、広範な共同開発が行われているが、ソフトウェアのオープンソースとは広がり方が異なっている。
DeepSeek R1は、オープンソースとして提供されることで、利用者がモデルサイズを小さくする軽量化や量子化を行い、ローカルで動かすことを可能にするなど、AIの利用範囲を広げる戦略をとっている。
結果として、サイズを調整することにより、手元のコンピュータや、1台のサーバーでの動作を可能にし、そして改変可能な形で公開したことが、「オープンソースとAI」というテーマでのエポックメイキングといえる。
判断の複雑さを示すパラメータを刈り込んだモデルなら高性能なノートパソコンで実行でき、大規模なモデルでもサーバー1台で実行できる。この「ソースコードが公開され、実際に手元のコンピュータで動作でき、いかようにもカスタマイズできる」というのが、DeepSeekがもたらした真のインパクトといえる。
DeepSeek R1はオープンウェイトモデルとして、AIの判断パラメータの重みまで含めてオープンライセンスのもとで提供されているが、学習データやトレーニングコードの完全な公開は行われていない。そのため、従来の(AI以外の)オープンソースソフトウェアのような完全な共同開発とは異なるが、ユーザーがモデルをダウンロードし、ローカルで動作させたり、調整したりすることは可能であり、一歩踏み込んでいると言える。
自らカスタマイズし、組み込んだCEO
上海Espressif Systems社を創業したシンガポール出身のTeo Swee Ann CEOは春節休暇中に自らのノートパソコンでDeepSeek R1:32Bを検証し、処理速度と推論能力を検証して満足すると、同社がシンガポールに持つ唯一のNVIDIA H100を搭載したサーバーでより大規模なDeepSeek R1:70Bを実行可能にし、CEO宛のメールを全て読み込ませて自動で振り分け、メールの内容を抽出してようやく、一覧作成や補足のリンクなどを行うシステムを自社で構築した。
1分あたり5本のメールを処理し、これまで彼がメール処理にかけていた時間を削減するという。システムの開発にはオンラインのDeepSeekも活用したが、完成したシステムは完全にローカルだけで動作し、メールの内容が外に出ることはない。
中国が開発したAIということで、「安全か危険か」といういつもながらの論争で世間が湧く中、自分で試した後にシンガポールのサーバーでローカルに実行することでセキュアな環境を用意する(おそらく、通信ログの監視なども手配しているはずだ)。そのスピードは、さすがエンジニア出身のCEOといえる。彼は一連のプロセスをLinkedinに投稿し、「LONG LIVE OPEN SOURCE AI!!」と添えている。
オープンソースAIモデルでは、ローカルでの実行やカスタマイズの自由度が高くなることが、オープンソースの価値を高める重要な要素の一つとなる。
積極的にオープンソース戦略をとったことで、Honorのラップトップやスマホなど、DeepSeekの活用は早く、さまざまな形で多くの企業に及んでいる。Espressif社のCEOがシンガポールで実施したことを見ると、グローバル化についてもオープンソース戦略の効果が出ていそうだ。
開源社はオープンソースAIを歓迎
AIはコンピュータと同じく、他のどのような技術にも応用可能な汎用技術であることから、多くの論争を呼んでいる。テーマの一つは「パワフルなAIは限られた人間が管理すべきか、他のソフトウェアと同様に自由にすべきか」というものだ。OpenAIのサム・アルトマンCEOは、当初非営利団体として設立されたOpenAIが、現在は「capped-profit(利益制限型)」の形態を取る企業へ移行し、一部の技術を非公開化していることについて、DeepSeekの登場を受けて「オープンに関する戦略を間違えたかもしれない」とコメントした。
中国のオープンソースアライアンスである開源社は、DeepSeekなどのローカルで実行可能なAIに多くの中国企業が取り組んでいることに触れ、「オープンソース戦略がAIの開発をさらに加速させ、安全にもつながる」というコメントを、劉天棟(Ted)理事の名で発表した。以下に筆者が本人の許諾を得たものを引用する[1]。
[ここから引用]
タイトル:アルトマン氏が「オープンソースAIについて我々は間違っていた。DeepSeekに対してOpenAIが再度上回るのは、GPT-5を待つ必要がある」
(原文:在开源AI上,我们错了!DeepSeek让OpenAI优势不再,下一个是GPT-5)
アルトマン氏は、オープンソース戦略について間違っていたと語った。DeepSeekは今バージョンのOpenAIの優位性を低下させ、次の戦いは次バージョンのGPT-5になるだろう。
OpenAIのシリコンバレーでの素早い対応は賞賛に値する。アルトマン氏はDeepSeek R1の優位性を認め、またオープンソース戦略に関してはOpenAIが間違っていることも認めている。しかし、アルトマン氏はまだ半信半疑で、「オープンソース戦略は現時点ではOpenAIの最優先事項ではない」と述べている。つまり、このような広い視野とオープンな思考、そして優れた技術と自己最適化能力が、今日のOpenAIの優位な地位に貢献しているといえる。
まず第一に、私(開源社理事Ted)は個人的に、DeepSeek、Tongyi Qianwen(Qwen)、Meta Llamaといった大手オープンソースモデルメーカーが、オープンソースソフトウェアとハードウェアのエコシステムを迅速に確立する機会を与えるため、OpenAIがこれまでどおり、オープンソース化を積極的に進めないことを現時点では望んでいる。(訳註:OpenAIはWhisperやCLIPなど一部の技術をオープンソース化しているが、GPTシリーズのような主要モデルについては非公開の方針を取っている)
第二に、DeepSeek R1 CoTトークンの公開は、支配的なOpenAIが追随するよう刺激し、すべてのユーザーと精製された小規模モデルにとって大きな恩恵となっている。AI技術が成長していくフライホイールはすでに始まっており、不可逆的だ。
最後に、「モデルの重みをオープン化したこと」は、いわゆる真のオープンソースと限定的なオープンソース(オープンウォッシング)の間の主な違いの1つといえる。AIのゴッドファーザーであるジェフリー・ヒントン氏は、モデルの重みのオープンソース化に強く反対している(料理の秘伝を公開するようなものだ)。彼は、悪意のある者たちに悪用されることを懸念している。例えば、オープンソースのAIモデルを使用して生物兵器を製造することなどだ。
しかし、私は少数の巨大企業が独占するブラックボックス運用よりも、オープン性、透明性、公の監視、集合知こそがAIを統治する正しい方法であると考えている。
私たちのような一般の人々にも「DeepSeekオープンソース・ニューライフ」プロジェクトに参加する機会を与えてくれたDeepSeekのオープンソースチームに感謝します。
劉天棟 開源社(中国オープンソースアライアンス)Co-Founder, 2024年理事
[引用ここまで]
この連載で何度も触れているように、多くのソフトウェアで、絶対的優位を築いている企業は独占を望み、2番手以降の企業が連合してオープンソースを指向する。スマートフォンのAppleとAndroid連合、クラウドコンピューティングのAWSとOpenStack連合など、類例は尽きない。AIの開発については中国企業の多くが2番手以降に位置し、また、小規模なAIがローカルで動作する組み込み用AIチップとも中国の産業は相性が良い。
中国のソフトウェア開発状況を見ても、おそらくDeepSeekに互するAI企業は多く出てくるだろうし、それらも積極的なオープンソース戦略を取ってくると考えられる。AIや技術の進化については、国の違い以上にオープンソースに対するスタンスが大きな影響を及ぼすと言え、今後が注目される。
[1]https://medium.com/ecosystembymakers/deepseek-kaiyuanshe-894bb0a506c5