【25-024】微生物からタンパク質を生成する
呉葉凡(科技日報記者) 2025年03月06日

メタノール資化酵母によるタンパク質の生産モデル拠点。(画像は取材先提供)
食物タンパク質は、人間にとって重要な栄養素だ。近年、世界の人口が増加し続けているのを背景に、タンパク質の需要が大幅に高まっている。あるデータによると、2050年までに世界の人口が90億人を超え、タンパク質の需要が30~50%増加すると予想されている。
中国は世界でタンパク質の消費量が最も多い国で、消費量は急増傾向にある。このほど開かれた「単細胞タンパク質の生物学的生産の戦略的ニーズと技術的課題」をテーマにした「香山科学会議」で、専門家と学者は「中国のタンパク質資源供給を保証するために、単細胞タンパク質の生物学的生産の技術革新を促進する」と提案した。
単細胞タンパク質とは何だろうか。単細胞タンパク質を合成するどんなテクノロジー・ロードマップがあるのだろうか。会議では、複数の専門家がこれらについて議論を交わした。
従来の方法では満たせない高タンパク質のニーズ
中国科学院天津工業生物技術研究所の呉信研究員は「中国のタンパク質供給は現在、大きな試練に直面している」と率直に指摘した。
現在、中国では、栽培業と養殖業がタンパク質の主要な供給源となっている。しかし、これら2つの供給方法では、供給するタンパク質の量や質、持続可能性といった面において、いずれもマイナス要素が存在している。大豆を例にすると、タンパク質を豊富に含んでおり、牧畜業の飼料用大豆粕の主要な供給源となっているが、呉氏によると、1億トンの大豆を生産するためには、約4667万ヘクタール以上の土地資源が必要だ。中国では一人当たりの農地面積が著しく不足しており、タンパク質の原料供給ニーズを満たすことが非常に難しい。
中国の大豆は輸入依存度が高い。税関の統計によると、2023年に中国が輸入した食糧は1億6000万トンで、うち大豆が9941万トンと、6割以上を占めた。呉氏は「近年、異常気象や世界情勢といった多方面のマイナス影響により、世界の大豆収量は減少の一途をたどり、需要と供給の矛盾が激化し、牧畜業のコストを押し上げ、中国の食糧安全保障も脅かしている」と指摘する。
単細胞タンパク質は、微生物タンパク質とも呼ばれ、各種の工業・農業の廃棄物や石油系廃棄物から、大規模に人工生成できる。そうして得られるタンパク質源には、主に酵母タンパク質微生物タンパク質、藻類タンパク質などがある。現在、バクテリアや真菌、微細藻類など複数の菌株を使って、単細胞タンパク質を生産できることが既に分かっている。
微生物は生育、増殖速度が速いため、単細胞タンパク質の単位面積当たりのタンパク質生産効率は、大豆栽培のような従来の方法を大幅に上回っている。呉氏は「安定した質の高いタンパク質資源の供給を確保するべく、微生物からタンパク質を得る方法を普及させる必要がある」と述べた。
C1化合物の大規模な応用を推進へ
呉氏は「従来の単細胞タンパク質の生産過程では、多くが可食性グリコシル炭素源を原料としている。ただ、グリコシル炭素源は依然として栽培に依存しており、生産コストが高い。中国の状況や新世代単細胞タンパク質の発展動向に合わせて、栽培に依存しないC1化合物の原料から合成した単細胞タンパク質の使用を推進するべきだ」との見方を示す。
メタノールやメタン、二酸化炭素、一酸化炭素などのC1化合物は、原料源が幅広く価格も安い。中国科学院天津工業生物技術研究所の王鈺研究員は、「メタノールを例にすると、輸送が容易で、グリコシル炭素源よりもエネルギー密度が高く、石炭を含む化石エネルギー資源を利用し、大規模に生産することができるほか、バイオマスや二酸化炭素といった再生可能資源を原料として、大規模生産することもできる。中国の化学工業や石油精製業界のメタノールの年間生産量は8000万トン以上に達している」と説明する。
呉氏によると、単細胞タンパク質を合成する原料としてのメタノールには、質が安定していて、制御が可能であるという強みがある。
C1化合物の原料の効率的な利用と転化を実現するべく、研究者は近年、C1化合物を生物学的生産における中核触媒として、多様な微生物シャーシーを構築し、比較的ハイレベルな単細胞タンパク質の生合成を実現している。
呉氏は「メタノール資化性酵母は、メタノールを唯一の炭素源とエネルギーとして利用できる酵母菌だ。2023年には、中国で初めてメタノールを炭素源とするメタノール資化性酵母由来のタンパク加水分解物を1万トン以上生産できる産業化モデル工場が建設され、順調に稼働している」と説明する。
そして、「同工場が応用している発酵技術は、安全かつ効率的で、100日以上連続で安定して稼働することができる。また、発酵システムは、エネルギー消費が少なくて環境にやさしく、『廃液、廃ガス、固形廃棄物』が発生せず、発酵技術を活用している企業は環境保護という面で大きなプレッシャーを抱えているという問題が解決されている。同システムは、低コスト、大量生産を実現しているほか、生産される単細胞タンパク質は高品質で、高タンパク質であるだけでなく、オリゴペプチドやポリペプチド、ポリサッカライドなどを豊富に含み、付加価値の高いタンパク質、ペプチド、酵素系の製品などを開発することもできる」と述べた。
24年9月、同工場はメタノール資化性酵母由来のタンパク加水分解物の10万トン生産契約を結んだ。生産が始まると、その年間生産量は、約6万6667ヘクタールの土地で栽培される大豆のタンパク質に相当するという。
農業副産物の開発・利用を強化
C1化合物の原料のほか、中国には藁やおから、酒粕といった工業副産物や農業副産物が豊富にあり、これらも単細胞タンパク質を合成する原料として開発できる。
中国のトウモロコシの栽培面積は約4000万ヘクタールで、トウモロコシの藁の収量は、トウモロコシの実の収量の1.3~1.6倍で、毎年約7億トンに達するという。トウモロコシの藁に含まれている総エネルギー量は、普通の食糧に含まれているそれとほぼ同じであり、そして家畜の成長、発育に有益な栄養物もたくさん含まれている。
中国科学院・天津工業生物技術研究所の高楽副研究員は「貯蔵の過程でカビが生えたり、マイコトキシンが発生したりしやすいため、藁は価値の低い資源として利用されているケースが一般的で、効率の良い転化・利用は実現していない。タンパク質資源の不足と潜在的な藁資源の浪費という現実と向き合い、藁由来の単細胞タンパク質の生物学的生産を積極的に推進するべきだ」と指摘する。
さらに、「藁の木部繊維には、複数の化学成分やマルチレベルの超分子構造が存在し、緻密で複雑な構造が、藁が分解されにくい主な原因となっている。高収量分解酵素システムと複合バクテリアシステムの構築は藁を分解する効果的な方法となる。バクテリアと酵素の相乗効果とバクテリアの共生モデルを利用し、多様なバクテリアと酵素間の相互作用を最大化し、藁の木部繊維の分解効率を効果的に高めるというのがこの方法の要となる」と説明した。
国家重点研究開発計画の関連プロジェクトの支援により、呉氏率いるチームは、藁の効率的な分解を目指すバクテリアのハイスループットスクリーニング・培養、品種改良や、藁の構造的特性と高度に適合する酵素製剤のオーダーメイド開発、バクテリアと酵素の相乗効果を利用した固体発酵システム作成などの技術革新を行っている。
チームは、藁から飼料用タンパク質を大規模合成するトータルチェーン技術システムを構築。藁の分解とタンパク質の転換などをめぐる技術的ボトルネックを打破し、独自の知的財産権を有する、藁から飼料用タンパク質を大規模に生合成するシステマティックなプロジェクト、及び産業化モデルを形成し、「藁の資源化利用の低い効率」と「従来的なタンパク質の不足」という2つの難題を解決した。
呉氏は「この技術システムは、複数種類の工業副産物・農業副産物由来の単細胞タンパク質生産に応用でき、原料の品質とコストパフォーマンスを大幅に高め、工業副産物・農業副産物の価値を高めて利用するうえで、持続可能なソリューションを提供している。これは『人間と家畜の食糧の取り合い』と『食糧の安全』の問題を緩和するうえで、重要な戦略的意義がある」と語った。
※本稿は、科技日報「向微生物要蛋白」(2024年12月18日付6面)を科技日報の許諾を得て日本語訳/転載したものである。