【25-028】中国共産党中央科学技術委員会の「今」
白尾隆行(JSTアジア・太平洋総合研究センター 元副センター長) 2025年03月24日
2025年1月21日、スイスのダボスで開催された世界経済フォーラム年次会合で中国共産党政治局常務委員である丁薛祥(てい せつしょう、Ding Xuexiang)氏が演説し、世界のガバナンスを改善し、分断を避けるため中国が貢献していく、と強調した。常務委員序列6位である同氏は、2023年3月に第14期国務院常務副総理(筆頭副首相)に就任した後、中国共産党中央科学技術委員会委員長となっている。燕山大学工学部(機械製造)を卒業後、科学技術管理修士号を取得し、上海市科学技術委員会副委員長を歴任するなどの経歴を持つ、現在62歳 の技術官僚であり、習近平総書記の側近中の側近といわれる党のエリートでもある。
丁氏が委員長を務める中国共産党中央科学技術委員会(以下「本委員会」)は、2023年に新設された組織だが、中国からの情報発信は乏しく、詳細は明らかになっていない。これまでわかっていることを以下にまとめてみたい。
本委員会は、23年3月の全国人民代表大会(全人代)の決定により、科学技術部の再編と同時に、共産党中央の組織として設立された。また、これまでの「国家科学技術諮問委員会」と「国家科学技術倫理委員会」が本委員会の下に移管されるとともに、中央国家実験室建設領導小組などのいくつかの組織が廃止された。
本委員会の前身は、1956年、国務院に設置され、中国の科学技術政策の企画立案を任務とする「国家科学技術委員会」に遡る。その後、文化大革命の影響を免れず機能不全となり、1978年に同委員会は中国科学院に吸収され、さらに1998年には科学技術部の所管となった。
本委員会の任務は、1) 国家の科学技術発展に係る重要な戦略の研究・審議、2) 科学技術分野の戦略性、方向性、全局的な重要な問題を統一的に解決、3) 国家戦略科学技術任務と重要な科学研究プロジェクトの研究・確定、4) 国家実験室等の戦略科学技術力を統一的に計画・配置、 5) 軍民科学技術融合の発展等を統一的に調整、6) 中央科学技術委員会事務局は再編後の科学技術部、と定められている。
本委員会の構成員は、各部の大臣級、中国科学院、中国工程院となっているが、常勤と非常勤の委員が置かれているようだ[i]。事務局は科学技術部が担い、四半期に1回の頻度で開催されており、2024年1月の時点では、3回開催されたという。
本委員会の任務のうち3) の具体的な活動としては、a) 中国の国家重点研究開発プロジェクトの審査、b) 地方に6つほど所在するといわれる省レベルの科学技術委員会の活動の調整、c) 科学技術地域開発プロジェクトの承認、d) 国際イノベーション都市の確立、e) 地域イノベーション・クラスター計画の承認と評価、f) 国家製造イノベーション・センターの配置を含む新しい国家イノベーション・プラットフォームの設置の承認、などが行われている。また、2023年12月に決定された「中央政府主導の地方科学技術発展基金管理措置」に基づいて、中央政府の科学技術関連資金の管理と使用の支援や実行、中央政府の支援を受けて地方政府が実施する主な科学技術課題の決定を行っている。
このほかの本委員会の動きについては、依然わからないことが多い。例えば、国家発展改革委員会が担ってきた主要な科学インフラの計画・承認・管理、軍民融合に関わる科学関係問題の管理、中核技術における米国の輸出規制に関わる指導や特別な措置、人工知能や半導体に関する本委員会の姿勢などは、明らかにされていない。特に軍民融合関係に関しては、本委員会も関与するとされているものの、中央軍民融合開発委員会および995領導小組が引き続き管轄しているとされる。
また、2025年1月13日の科学技術に関連する会合では丁薛祥委員長が、「重要中核技術の研究開発」、「産業、学術、研究のシナジー発揮」、「実用化」のため、新しい国家科学技術システムを活用すべきであり、そのために科学技術と産業の深い統合を促進し、地域的・国際的な科学技術イノベーション・センターを構築するとともに、科学技術における公開性や協力を高め、科学研究環境の国際化を進めるべきである、と演説している。しかし、国際科学技術協力に関する本委員会の対応方針は明確にされていない。
情報が限られる中、本委員会の役割について、今後注目すべき点を2つ指摘しておきたい。1つは、2021年度には約7,000億元と、中央財政の4,000億元弱を上回る科学技術投資を行うようになった地方政府に対して、本委員会が支援課題の決定権を有するようになった点である。一方で習近平総書記は、2023年12月の第20期中央組織・人事委員会第1回会議において「地方の状況は中央政府の状況とは異なり、取り組むべき重要な問題も異なる。中央政府が科学技術委員会を設立したのは、主に各方面の資源を調整し、重要な任務に力を集中するためであり、限られた科学技術資源があちこちに分散されるべきではない」と強調している。科学技術振興に対する地方政府のある意味自由奔放な活力をどう生かして行くか、注目される。
もう1つは、これまで以上に党が、研究者や研究機関の監督を強化していることである。習近平総書記は、科学技術による自立自強を目指すうえで基礎研究の振興が何よりも重要であるとして、「两条腿走路」(walk with two legs)、すなわち目標志向と自由な探究の「二本足のアプローチ」を堅持する方針を掲げている。一方で、党中央は腐敗防止のためではあるが中国社会全体への集中的・統一的指導を強化するため、政府機関の監察・巡視制度を整備、拡充してきており、これにより、科学技術業務を例外とすること無く大学等の研究機関や研究者に対しても厳しく監督する姿勢を示している。さらに、、2024年5月、国家科学技術週間での演説で丁委員長は、中国を科学技術のパワーハウスとすべく科学者精神を発揚し知恵と力を結集するよう呼びかけ、とくに若手研究者に対しては国家に対する深い愛国心と献身を捧げるよう求めた。このように、党の方針に従うよう研究者や研究機関への指導を強化する方向性が、科学技術政策や研究現場にどのような影響を及ぼすのか注視していく必要がある。
【参考文献】
- 小嶋華津子(2024)「機構再編にみる習近平政権の統治構想」財務省財務総合政策研究所「フィナンシャル・レビュー」令和6年第4号(通巻第158号)
- Siwen Xiao and Yaosheng Xu (2023). "(Re)Centralization: How China is Balancing Central and Local Power in Science, Technology, and Innovation." University of California Institute on Global Conflict and Cooperation.
[i] Jimmy Goodrich (2024) "Reading the Tea Leaves on China's New Central Science and Technology Commission." University of California Institute on Global Conflict and Cooperation.