【25-031】AIに人間の医師の思考を習得させる新たな手法
張佳星(科技日報記者) 2025年04月03日
医薬品販売を手がける「京東健康」が開発した医療向け大規模言語モデル「京医千詢」のオープンソース化がこのほど発表され、中国医療業界初のオープンソースの垂直特化型大規模言語モデルとなった。
現在、大規模言語モデルは、さまざまな応用において、大きな可能性を示しているが、医療に関する意思決定支援という面では、依然として専門医レベルの認知が不足しているという課題に直面している。では、どのようにすれば、AI(人工知能)に、専門的な医学的思考法を習得させることができるのだろうか。医療AIが診療をサポートする際、人間の医学分野の経験を柔軟に活用するためには、どうすればいいのだろうか。「京医千詢」のチームはそれらに関する新たな手法を開発した。臨床医の意思決定プロセスを効果的に捕捉し、それをデータ化することで、モデルの訓練のために医学専門家による推論のシミュレーションデータを提供できるようにした。この新たな手法は最近、プレプリント・サーバarXivのサイトに掲載された。
「京東健康探索研究院」の劉慧上級研究員は「患者は教科書やガイドライン通りに病気になることはない。臨床医学はエビデンスに基づく知識と実践経験を統合した科学で、ガイドラインや教科書に記載された顕在的知識のほか、医師は実践と熟考を積み重ね、個別化した診断を下しながら、潜在的経験と能力を蓄積する必要がある」と語る。
論文の筆頭著者で「京東健康探索研究院」首席科学者の王国鑫氏は「AIの訓練プロセスと人材育成のプロセスは似ている。臨床実践において、医師は診察の経験を積み重ねることで、思考法に質的な変化が生じ、『悟り』とも言える洞察を得る。それは本質的にはデータの訓練と同じだ。そのため、ハイレベルな医療データが、AI訓練の基盤となる」と述べた。
チームは、オンライン病院「京東互聯網医院」が蓄積したシーンを活用するとともに、オフラインの病院とも協力しながら、大規模言語モデルの訓練のための基礎データを集めている。しかし、経験のデータ化は非常に難しい。一方で、医療に関する意思決定には曖昧さや不確実性が伴うことが多く、モデルが専門医の判断プロセスの複雑性を効果的に反映するのは難しい。他方で、現実世界の専門医レベルの臨床推論データ取得も課題に直面している。なぜなら、専門医の思考のわずかな違いを捕捉する必要があるが、そのわずかな違いを可視化するのは困難だからだ。
臨床データを通じ、臨床実践の動的で曖昧な性質を再現するのは困難であるため、チームは医学専門家の認知・推論プロセスをシミュレーションする手法を開発した。この手法は、多段階訓練という手法で、連続事前学習、教師ありファインチューニング、強化学習といった段階を組み合わせ、臨床シーンに特化してカスタマイズされている。これにより、複数のモデルにまたがる複雑な推論能力が大幅に向上した。
王氏は「新たな手法は、臨床意思決定の動的および反復的特性を再現するものだ。チームは、大量のシミュレーション医学推論データセットを使って、『京医千詢』を訓練し、その推論能力を臨床の実践に近づけた。チームは、この新手法を、訓練可能な手法に転換することに成功し、各種医療基準テストにおいて、いくつかのオープンソースベースモデルの性能を大幅に向上させた」と説明した。
チームはさらに、モデルとその訓練データをオープンソースとして公開し、医療AIアプリケーション開発のハードルをさらに引き下げ、より多くの医療機関や開発者が「京医千詢」をもとに、自らのニーズに合った医療AIアプリケーションを速やかに開発できるようにした。オープンソース化されたものには、現実世界のデータに基づいた大規模で更新可能な臨床実践評価データセットも含まれている。
王氏は「オープンソースがAIモデルの新たなブレイクスルーを推進することを願っている。現在、AIモデルは能力の上限が向上し続けている。AIは『ビッグデータ』の中から価値を抽出できるほか、『スモールデータ』から学習する力も求められている。AIアシスタントの普及とともに、AI医師は人間の医師と共に成長し、より多くの『悟り』の経験を蓄積することで、AI主導の医療に関する意思決定の研究を推進できるだろう」との考えを述べた。
業界でも関連技術能力の開発が進められている。例えば、思考連鎖(CoT)の生成技術を通じ、医学モデルの推論能力を強化することだ。業界の専門家は「推論プロセスのシミュレーションは、人間の論理的思考能力を模倣するもので、医療分野だけでなく、文章作成や科学研究といった分野にも応用できる。この新たな手法は、創造的活動におけるAIの能力を高める可能性がある」と指摘した。
※本稿は、科技日報「新方法"教"AI学习人类医生思维」(2025年3月17日付6面)を科技日報の許諾を得て日本語訳/転載したものである。