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【25-060】腸内環境の乱れが関節症の原因に? 発症の仕組みを解明

兪慧友(科技日報記者) 2025年07月11日

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腸内フローラによる代謝異常が変形性関節症の発症を引き起こす?(イメージ図)

 変形性関節症の原因は何か。一般的には、関節の老化や遺伝、損傷、肥満、過度な運動などが挙げられ、その多くは「機械的な摩耗などの局所的要因」によるものと考えられてきた。

 しかし、腸内環境の健康状態が発症原因と関連しているとは、おそらく誰も想像していなかっただろう。

 中南大学湘雅医院整形外科・関節外科の雷光華主任医師のチームと、中国科学院上海薬物研究所の謝岑教授のチームによる共同研究で、全身の代謝などのシステム的要因が、変形性関節症の主な原因の一つであることが判明した。この研究は「腸内フローラの乱れによる代謝異常が変形性関節症を引き起こす」ことを初めて体系的に明らかにしたものであり、変形性関節症の発症メカニズムに関する新たな仮説を提唱した。従来の「関節症は局所的要因による」という認識を打破し、関節症治療に対する新たな方向性を切り開いた。研究成果は、学術誌『サイエンス』に掲載された。

発症メカニズムの未解明が治療の壁に

 変形性関節症は「命に関わらないが生活を蝕む『がん』」とも呼ばれるもので、関節の軟骨が変性・剥離し、骨の増殖が起こることを主な特徴とする退行性関節疾患である。膝関節や股関節、脊椎、手などに発症することが多く、関節の痛みや変形、機能障害を引き起こし、患者のQOL(生活の質)を著しく低下させる。重症化すれば、心血管疾患や下肢深部静脈血栓塞栓症(DVT)の発症リスクを大幅に高め、死亡リスクの上昇にもつながることがある。

 高齢化の進行に伴い、変形性関節症がもたらす疾病負荷も年々深刻化している。世界保健機関(WHO)および「世界疾病負荷データベース」によると、2021年時点で全世界で約6億600万人が変形性関節症を患い、うち中国では約1億5200万人に上り、有病率は10.8%に達している。さらに近年では、中国国内でも高齢化の加速に伴って患者数が増え続けているほか、発症年齢の若年化という新たな傾向も懸念材料となっている。

 雷氏は、「現在の変形性関節症の治療が直面している最大の課題は、"対症療法にとどまり根本的な解決には至っていない"という点だ」と指摘する。現時点では、変形性関節症に対する根本的な治療法は存在せず、病気の進行を遅らせる薬も実用化されていない。現在の治療の主な目的は、痛みの緩和、関節機能の改善、患者のQOLの向上にあり、重度の症例では、人工関節置換術が選択肢となることもある。

 こうした治療の限界を打破するために、専門家らは、変形性関節症の発症メカニズムの解明や治療標的の研究に取り組み、それに基づき、安全かつ有効な新たな治療法の開発を進めている。

 雷氏は、「2013年に私たちのチームは『湘雅変形性関節症研究』大規模サンプルコホートプロジェクトを立ち上げた。これは、変形性関節症の自然経過を明らかにし、有病率や疾病負荷を把握したうえで、リスク因子を特定し、介入可能な標的を特定することを目的としたものだ」と述べた。研究では、湖南省湘西トゥチャ族ミャオ族自治州竜山県にある25の自然村から無作為抽出した50歳以上の地域住民4080人を対象に、10年間にわたる追跡調査を実施している。

「研究を進めるなかで、胆汁酸の変化が変形性関節症と関連していることを発見し、胆汁酸の代謝が腸内環境に左右されることから、研究の焦点を腸内フローラの乱れに絞るようになった」雷氏はこう説明した。

変形性関節症の「黒幕」を解明

 雷氏のチームは、「湘雅変形性関節症研究」に基づく大規模コホートデータを分析し、変形性関節症患者と健常者では、腸内フローラの構成と主要な代謝産物が明らかに異なることを発見。これを受け、チームは動物実験を行い、その違いが関節症の発症と関連していることを確認した。

 雷氏によると、健康な腸内フローラは短鎖脂肪酸を生成し、それがカルシウムやマグネシウムなど骨の健康に不可欠なミネラルの吸収を促進する役割を果たす。一方、腸内フローラの乱れが生じると、こうした有益な代謝産物の生成が妨げられ、骨の健康が損なわれる可能性があるという。

 研究対象者の糞便サンプルを用いたメタゲノム解析では、変形性関節症患者では腸内フローラに異常が見られ、主にクロストリジウム・ボルテエ(Clostridium bolteae)の量が顕著に減少していた。さらに患者の血液を分析した結果、胆汁酸の代謝にも異常があり、なかでも二次胆汁酸であるグリコウルソデオキシコール酸(GUDCA)の合成が減少していることが確認された。

 研究チームは、モデル動物実験で検証を行った。中南大学湘雅医院整形外科・関節外科の曽超教授は、「我々は、腸内のクロストリジウム・ボルテエの減少が、GUDCAの前駆体であるウルソデオキシコール酸(UDCA)などの代謝異常を引き起こし、GUDCAの合成減少につながることを発見した。その結果、腸内のL細胞によるグルカゴン様ペプチド-1(GLP-1)の分泌が抑制される」と述べた。複数の条件付きノックアウトマウスを用いた動物実験でも、GUDCAの減少が最終的にGLP-1のレベルを低下させることが確認された。

 チームはさらに研究を進め、変形性関節症の動物モデルにおいて、GUDCAの補充、GUDCAの作用を媒介する腸内ファルネソイドX受容体(FXR)のノックアウト、クロストリジウム・ボルテエの移植、あるいはGLP-1類似物の注射を行うことで、いずれも軟骨の変性の進行を顕著に遅らせ、軽減できることを明らかにした。

 細胞モデル実験において、チームはGLP-1類似体が軟骨細胞による軟骨基質の合成代謝能力を高め、分解代謝能力を低下させることを確認した。また、人々を対象とした大規模な研究でも、UDCA(ウルソデオキシコール酸)やGLP-1類似体の使用が、進行リスクの低下と有意に相関していることが示された。

 曽氏は「これらの研究結果は、GLP-1が腸と関節を"つなぐ"重要な物質であることを示している」と語った。最終的にチームは、クロストリジウム・ボルテエがGUDCAの合成を促進し、それが腸内FXRに作用してGLP-1の分泌を促し、結果として関節の軟骨を保護し、変形性関節症の進行を抑制する作用を持つことを発見した。

多くの病気を引き起こす腸内フローラの乱れ

 腸内フローラの乱れは、変形性関節症の原因となるだけでなく、腸とは一見無関係に思えるさまざまな病気とも深く関係している。これについて曽氏は「腸内フローラの状態は、うつ病や糖尿病、肥満、心血管疾患など、さまざまな疾患とも密接に関連している」と指摘した。

 雷氏によると、腸内の微生物は、消化や栄養吸収を助けるだけでなく、免疫システムや全身の炎症反応の調整にも重要な役割を果たしている。腸内フローラが乱れると、有害菌が増殖して腸のバリア機能が損なわれる。その結果、細菌由来の代謝産物が血液中に入り込み、全身性の軽度の炎症を引き起こす。

 曽氏は、「腸は『第二の脳』とも呼ばれており、腸内には多数の神経細胞が存在し、神経伝達物質も分泌されている」と説明する。これらの神経伝達物質は脳に伝わり、人間の行動に影響を与えることがあるという。

 実際、ある研究では、うつ病患者の腸内フローラの構成が健常者と異なっており、こうした違いが腸と脳をつなぐ「腸-脳軸」を通じて感情や行動に影響を及ぼす可能性があることが示唆されている。そのため、腸内フローラの乱れが、神経系疾患を引き起こすリスク因子になる可能性もあるという。

 心血管の健康においても、腸内フローラの乱れは全身性炎症や血管内皮の損傷などを通じて悪影響を及ぼす可能性がある。曽氏によると「腸内フローラが代謝するトリメチルアミン-N-オキシド(TMAO)が動脈硬化と関連していることが、すでに研究で示されている」という。さらに、動脈硬化患者は腸内の炎症性菌が増加し、善玉菌(プロバイオティクス)が減少していることも確認されており、こうしたバランスの崩れが動脈内のプラーク形成を促進する可能性があることも研究で示されている。

 曽氏はまた「腸内フローラの乱れは代謝性疾患にも深く関係している」と付け加える。腸内環境の乱れによって慢性的な全身性炎症が引き起こされると、インスリン抵抗性や膵β細胞の機能障害を招き、肥満や2型糖尿病の主要な要因となる。さらに、腸内フローラは胆汁酸の代謝を調節することで、肝臓や脂肪組織のエネルギー代謝バランスにも間接的な影響を与えるとされている。

 腸は人体最大の免疫器官であり、体内の免疫細胞の70%が集まっている。このため、腸内フローラのバランスが崩れると、免疫グロブリンIgAの分泌量が減少し、アレルギーや自己免疫疾患、感染症のリスクが高まるという。さらに、泌尿・生殖器系においても、大腸菌などの腸内病原菌が移動して尿路感染症などを引き起こすことがある。研究によると、膣内フローラにおいて乳酸菌が減少すると、pHのバランスが崩れ、病原菌の定着リスクが高まることが明らかになっている。


※本稿は、科技日報「肠道菌群失调为何会引发骨关节炎?」(2025年5月26日付8面)を科技日報の許諾を得て日本語訳/転載したものである。

 

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