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【25-075】北京で開かれた「世界ロボット運動会」体験記

2025年08月26日

高須 正和

高須 正和: 株式会社スイッチサイエンス Global Business Development/ニコ技深圳コミュニティ発起人

略歴

略歴:コミュニティ運営、事業開発、リサーチャーの3分野で活動している。中国最大のオープンソースアライアンス「開源社」唯一の国際メンバー。『ニコ技深センコミュニティ』『分解のススメ』などの発起人。MakerFaire 深セン(中国)、MakerFaire シンガポールなどの運営に携わる。現在、Maker向けツールの開発/販売をしている株式会社スイッチサイエンスや、深圳市大公坊创客基地iMakerbase,MakerNet深圳等で事業開発を行っている。著書に『プロトタイプシティ』(角川書店)『メイカーズのエコシステム』(インプレスR&D)、訳書に『ハードウェアハッカー』(技術評論社)など
medium.com/@tks/takasu-profile-c50feee078ac

人型ロボットと社会をつなぐ新しい国際舞台

 2025年8月14日から17日まで、北京で開催された 世界ロボット運動会(World Humanoid Robot Games: WHRG)に参加した。

 次世代ロボットエンジニア支援機構 Scramble の川節拓実代表理事や、かつてRoboCupに参加した金沢大学の秋田純一教授などと共に実際に体験した印象は、「運動会」という名称から想像されるような娯楽イベントではなく、メディアで報道されがちな「国威発揚」や「最先端技術の誇示」とも大きく異なる。

 むしろ未完成の人型ロボットたちを前面に押し出し、その不完全さを含めて「人間と同じように社会の中で役立つ存在になる」ための現在地を示し、未来への道筋を描く試みだった。科学そのものを前に出したイベントであり、「Science Portal China」で紹介するべきだと強く感じ、ここにレポートをまとめたい。

RoboCupとの接続

 大会で最も注目を集めたのは、自律制御による人型ロボットのサッカー競技だった。3対3、5対5で行われた試合は、国際的なロボット競技会「RoboCup」のルールや形式を踏襲しており、参加したチームの多くもRoboCupのコミュニティに属していた。最終日にRoboCupアジア太平洋(APAC)の代表が「完全自律・人型ロボットによる5対5が初めて実現したことは意義深い」と語ったように、2050年までに人間のサッカーチームに勝つという壮大な目標を掲げるRoboCupの精神とWHRGは重なって見える。

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客席からの会場風景。広い会場にサッカー、100m走、薬品ピッキングなどの競技ブースが設けられ、同時進行する様子はRoboCupを彷彿とさせる。(筆者撮影)

大企業だけでない、世界からの多様な参加者

 サッカー競技では、ヨーロッパ勢がやはり強さを見せた。伝統的にRoboCupで強豪とされるドイツのチームは予選で圧倒的な成績を収め、技術の蓄積が如実に表れていた。一方で、今回の日本チームは有志による結成で、6月頃に公開されたオープン応募フォームから申し込み、初出場を果たした。彼らは「自己位置推定の誤差は、車輪移動と歩行ロボットとではまったく異なる」と苦労を語っていた。結果は全敗に終わったが、挑戦の意義は大きい。日本チームのように個人の意思と努力だけで出場できたことは、大会の開かれた性格を示している。また、マレーシアやインドネシアからのRoboCupサッカーチームも参加しており、RoboCup委員会や中国側の働きかけもあったようだ。

完全自律のサッカー競技、Booster社ロボットの統一使用

 今回のサッカー競技で特筆すべきは、競技に用いられた人型ロボットがすべてBooster社製だった点である。予備機を含めて88台ものロボットが準備され、各チームに貸し出された。これは、ハードウェアの開発競争をあえて排し、同一条件でのソフトウェアや制御アルゴリズムの工夫に集中できるー仕組みである。ロボット競技として珍しい方式であり、「ロボット開発の定義を広げる試み」と言えるだろう。

 実際、ほとんどのチームはあらかじめ提供された歩行モーションやキック動作を利用しており、過去のRoboCupで蓄積された自己位置推定や戦術などを活かして大会を戦っていた。競技で使用された同社製ロボット「Booster T1」は「開発者向け(Made for Developers)」であることや「RoboCupの公式パートナー」であることがアナウンスされている。また、ロボカップデモ用のリポジトリに、ロボット開発で広く標準的に使われるオープンソースのROS2を使ったプログラム(vision, brain, game_controller)が公開されており、オープンな開発に向いている。

 同じく中国ヒューマノイドロボットの大手、宇樹科技(Unitree)は自社開発のソフトウェア開発キット(SDK)を用いてあらかじめ多くの機能を用意し、簡単に高度なことができるようにしている。これはこれで優れたアプローチだが、研究用途として考えた場合、今回のBooster機の方が、これまでRoboCupで使われてきたアルデバラン社の人型ロボットNaoなどの資産を活かせる自由度があり、活用余地は大きいと感じられた。

 サッカーではほぼ全てのチームが、歩行モーションや姿勢制御などはBoosterにあらかじめ備えられたものを使い、自己位置推定や検出精度などで差が出ているように思えた。これまでのRoboCupでは色分けされていたお互いのチームゴールが今回は同色であり、線対称のフィールドの中では、どちらが自陣のゴールかを走り回りながら判別するのも簡単ではない。

 しかし決勝に進んだ清華大学のチームは、走行やキックなどでモーションを独自に改変し、オリジナリティを発揮した。

 Boosterは清華大学OBが中心となって設立された企業であり、決勝で同大学チームが独自モーションを発揮したことや、中国チームは本番前から同ロボットをテストしやすい環境にあったことに対し、筆者は不公平ではないかと感じている。

 ただし、試合を観戦した限りでは、審判の笛がやや早いと感じる場面はあったものの、サッカーで許容される範囲の「忖度」に収まっており、結果を左右するほどではなかった。RoboCup APAC関係者のコメントや、各中国チームに圧勝した(予選では清華大学にも勝利していた)ドイツチームを含めたフィールド内の雰囲気を見れば、「科学的挑戦」としての価値は揺るがないと考える。

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決勝後の両チームによる記念撮影。サッカーで日本代表がドイツに勝利した時は大騒ぎになったが、今回はさらなる大ニュースと言える。(筆者撮影)

人型ロボットの限界、現在地を感じさせる場面も

 サッカーはロボット開発におけるソフトウェアやアルゴリズム、AIの存在感が高まっていることを感じさせるものだったが、薬品のピックアップや倉庫内搬送など、より現実の作業に近い競技では、無人搬送車(AGV)に双腕を載せたような機体が多く登場した。

 5本指でもない、脚もない、むしろ目的のために最適化したハードウェアを用意するエンジニアリングが発揮された筐体。しかし空間は人間が行き交うサイズであるため、「人型といえば人型」と言えなくもない。実際の業務ではそうしたロボットの方がはるかに効率的である。

 そうした存在が人型ロボットと並んで競技をしている光景は、AI時代においてもロボット研究の領域が連続的に広がっていることを強く実感させた。

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薬品のピックアップなどでは、腕にカメラをつけ、足はAGVといったロボットばかりになる。完全自律とリモコンのどちらも参加可能で、自律の方が高得点になる競技設計がされていた。(筆者撮影)

「ロボット開発」の間口の広さを示す競技種目

 サッカーだけでなく、ダンスやパフォーマンスといった競技も盛り込まれていた点も印象深い。1台のPepperで漫才を演じる参加者もいれば、アメリカUCLAのチームは見事なダンスを披露した。

 アメリカのチームに対して司会が主導して会場全体で「Hello World」と唱和するシーンは、単なる技術披露を超え、「誰もがロボット開発に参加できる」というメッセージ性を帯びていた。こうした「間口の広さ」は、従来の技術競技会にはない特徴であり、社会とロボットとの関係を広げる試みとして注目に値する。

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さまざまなロボットが並ぶ表彰式の風景。人間には花束が手渡され、メダルはロボットの首に掲げられた。(筆者撮影)

社会とロボットの関わり方を模索する場

 競技の模様は中央広播電視総台(China Media Group、CMG)が中継を担当した。序盤はカメラワークや解説がどうも的外れで、観戦していてもストレスを感じたが、2日目以降は急速に改善し、障害物突破の瞬間に足元をアップで映すなど、ロボット競技の魅力を的確に捉えるようになった。短期間で改善できる撮影チームの適応力に驚かされた。また、単なる勝敗だけでなく「故障しながらもゴールを目指すロボット」や「挑戦そのもの」に対して、観客から惜しみない拍手が送られたのも印象的だった。勝者だけを讃えるのではなく、挑戦者全員に価値を見いだす文化が醸成されつつある。アナウンサーも、「ロボットが人間のように動くことは簡単ではありません」と連呼していた。

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100mでは人間がついていくのが必死の、20秒そこそこの記録が連発した。大会全体を通じて、女性の研究者が多いのも印象的だった。(筆者撮影)

中国における意義

 今回の大会は中国科学院をはじめとする研究機関が関与し、国際的な学術コミュニティとの協力体制を重視していた。これは、中国が「技術開発を自国中心で囲い込む」のではなく、「国際的なルールと協調の中で科学を進める」という方向性を打ち出している証拠でもある。ロボットはまだ未完成であり、人間と同じように動ける段階には遠い。それでも挑戦を共有する場を設け、各国の若手研究者が同じ土俵で試行錯誤することは、技術進歩だけでなく国際的な信頼醸成にもつながる。

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会場には各社のロボットが世代ごとに並べられていた。2020年ごろから開発が始まり、1年弱で次世代モデルを開発しているものがおおく、その速度には驚かされる。(筆者撮影)

未完成を見せ、開発に参加させることが最大の意義

 北京での「世界ロボット運動会」は、単なるロボット技術の競演ではなく、社会との接点を意識した国際的な舞台だった。ハードウェアを統一して条件を揃えた試み、勝敗だけでなく挑戦そのものを讃える文化、多様な表現を受け入れる間口の広さ。これらは、従来の国際競技会にはない新しさをもたらした。2050年までに「人間のサッカーチームに勝つ」というRoboCupの夢と重なりつつ、中国が国際協力を通じてロボットと社会を結びつけようとする姿勢を示した今回の大会。そこには「科学と社会を橋渡しする」というメッセージが込められていたと筆者は感じる。未完成なロボットたちがヨロヨロとゴールに向かい、そこに会場全体が拍手する姿は、人間社会におけるロボットの未来を象徴する光景だった。


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