科学技術
トップ  > コラム&リポート 科学技術 >  File No.25-077

【25-077】AIと科学研究の深い融合を加速させる

鄂維南(北京大学教授、上海交通大学人工知能学院首席顧問) 2025年09月16日

 AI(人工知能)と科学研究の深い融合が、かつてないテクノロジー革命を生み出しつつある。中国が「AI駆動型科学研究(AI for Science)」の分野で迅速に体制を構築し、継続的に投資してきたことで、AI駆動型科学研究の戦略的方向性と発展の道筋が次第に明確になってきた。

 中国国務院はこのほど、「『AI+行動』を深く実施することに関する意見」を発表した。その中で、「AI+」科学技術行動の実施を加速させ、科学的発見の進展を早め、AIに基づく新しいタイプの研究開発のパラダイムをいち早く確立し、中国の科学技術イノベーションを世界トップレベルに押し上げることが打ち出された。「第15次五カ年計画」を展望すると、AI for Scienceは中国の科学技術体制改革とイノベーション能力の飛躍を牽引する重要な原動力となり、研究開発全体のパラダイムをインテリジェント化するとともに、2035年までに世界的な科学技術強国を築くという戦略目標に向けた堅固な基盤を築くことになる。

科学研究パラダイムのインテリジェント化を推進

 まず、AI for Scienceの本質は、これまで解決できなかった重大な科学的難題をAIで克服し、独創的なイノベーションを加速させることにある。例えば、生命科学分野における「世紀の難題」とされてきたタンパク質構造予測は、AI技術によって画期的な進展を遂げた。また、AI for Scienceは新たなアルゴリズムやツールを発展させ、科学研究に根本的な変革をもたらしつつある。AIを基盤とした次世代の研究ツールが次々と登場し、科学計算やシミュレーションの効率と精度を大幅に向上させている。AI for Scienceの深遠な意義は、科学研究全体のパラダイムをインテリジェント化へと転換させる点にある。それは個別の研究機関やチームの変革ではなく、研究システム全体、さらには産業構造そのものの再編を意味する。これにより、科学研究は「作業場型モデル」から「プラットフォーム型モデル」へと転換していく。

 しかし、現時点でAI for Scienceが引き起こしているこの革命の広がりと深さは、国際社会にまだ十分に認識されていない。だからこそ、これは貴重なチャンスなのだ。もし中国が効果的に取り組み、力を集約して体系的に推進することができれば、今後5年以内に「プラットフォーム型科学研究」という新たなパラダイムをいち早く実現し、世界の科学技術イノベーションにおける主導的地位を確保できるだろう。

インテリジェント化研究の「ハイウェイ」を建設

 科学研究のパラダイム変革においては、まず堅固な研究基盤インフラの整備が不可欠だ。現代の経済・社会における高速道路のように、インテリジェント化された研究基盤インフラこそがAI for Scienceが発展するための「土台」となる。近年、中国は研究基盤インフラの整備において初歩的な成果を収めてきた。例えば、「ボーリウム宇宙ステーション」に代表される基礎研究プラットフォームは、文献、データ、計算、実験といった多様な機能を統合し、科学タスクの全プロセスを効率的にサポートするもので、研究者らに好まれるツールとなっている。

 さらに、「Innovator+SciMaster」に代表される汎用型の科学研究大規模モデルやAIエージェントの開発においても一定のブレイクスルーを果たした。これらのエージェントは学際的知識を網羅するだけでなく、独自のイノベーション能力や「ウェット・ドライのクローズドループ」による研究能力を備え、汎用的な能力を保持しつつ、科学の専門能力を大幅に向上させている。

典型的シーンと重点プロジェクトを創出

 AI for Scienceを普及・応用していくためには、重点分野や典型的なシーンで突破口を開き、再現・普及可能な「モデルプロジェクト」を創出し、科学研究システム全体の転換と高度化を牽引する必要がある。

 材料分野では、材料ゲノム工学にAIを活用し、材料の構造・性能・プロセスの複雑な関係をモデル化・予測することで、新材料の開発サイクルを大幅に短縮し、コストを削減することができる。化学分野では、有機合成が重要な分野となる。AIによる有機合成経路設計や反応予測は、新しい分子や新薬の開発効率を飛躍的に高めることができる。さらに、インテリジェント化や高効率な触媒設計、触媒反応研究においても着実な成果が得られている。生命科学分野では、タンパク質構造予測や遺伝子編集、創薬などでAI for Scienceが大きな潜在力を発揮している。AIをベースとする分子ドッキングや薬物スクリーニングのプラットフォームはすでに新薬開発の中核ツールとなっており、個別化医療や精密診療といった新たなモデルの発展を後押ししている。特に注目すべき点としては、AIが実用性の高い「バーチャル細胞」の構築を可能にしていることがある。

科学データの価値を解き放つ

 科学研究の焦点は、これまでの「モデル競争」から「データ競争」へと徐々に移りつつある。過去10年以上にわたり、科学界は主にモデルの革新に注力し、モデルの複雑性や能力を絶えず向上させることで、次元の呪いや対称性、学習の安定性、長距離依存などの課題を克服してきた。今後はデータの質と多様性がAI for Scienceをさらに前進させるための核心となる。既存データをどう活用し、新たなデータをどう整備するかが勝敗を分ける鍵となる。既存データには、文献、独自のコーパス、専門データベースなどが含まれ、AIモデルの事前学習や知識獲得の基盤を提供する。一般的なデータと比べ、科学データはより高度な専門性を有しており、学問分野における複雑で深層的な知識や相関関係を含んでいるため、データ処理やラベリングには一層高い水準が求められる。

 一方、増分データはAI for Scienceを継続的に進歩させる推進力である。自動化実験プラットフォーム、高スループット計算、スマートセンサーの普及に伴い、科学分野での増分データの生成能力は大幅に向上している。その中で、データコミュニティは増分データの取得と共有における重要なプラットフォームとなりつつある。「科学ナビゲーション」などのポータル構築を通じて、研究者・データ資源・イノベーションの力が効果的に連携するハブを形作り、コミュニティ型の方式によって、科学データのオープン共有、正確なラベリング、共同構築・共同管理を推進している。

中国の科学技術イノベーション体系を再構築する

 AI for Scienceは単なる技術ルートの選択肢ではなく、中国の科学技術イノベーション体系を再構築する歴史的な機会である。近年、中国はAI for Science分野に継続的な投資を行い、基盤ツールやインフラ、典型的な応用シーン、さらには研究室のインテリジェント化改造など、幅広い領域で積極的な進展を遂げてきた。

 現在、AIが駆動する科学研究のパラダイム変革は、中国が2035年に「世界的な科学技術強国」となるために、かつてない戦略的チャンスを提供している。今こそ既存の基盤を土台として、先機をつかみ、統合的に推進することが求められている。そのためには、戦略的な制度設計や政策支援、さらには第一線の研究者による協働イノベーションに至るまで、「AI+」科学技術行動を徹底して実施し、研究開発パラダイムをインテリジェント化へと転換させ、AIを中核的な駆動力とする科学研究イノベーションエコシステムを形成する必要がある。機会をつかみ、絶え間なくブレイクスルーを重ねてこそ、新たな科学技術革命において競争の主導権を握ることができる。


※本稿は、科技日報「全面加快人工智能与科学研究深度融合」(2025年8月28日付)を科技日報の許諾を得て日本語訳/転載したものである。

 

上へ戻る