【25-078】中国の情報技術分野における弱点はどこか
2025年09月19日

山谷 剛史(やまや たけし):ライター
略歴
1976年生まれ。東京都出身。東京電機大学卒業後、SEとなるも、2002年より2020年まで中国雲南省昆明市を拠点とし、中国のIT事情(製品・WEBサービス・海賊版問題・独自技術・ネット検閲・コンテンツなど)をテーマに執筆する。日本のIT系メディア、経済系メディア、トレンド系メディアなどで連載記事や単発記事を執筆。著書に「中国のITは新型コロナウイルスにどのように反撃したのか?中国式災害対策技術読本」「中国のインターネット史:ワールドワイドウェブからの独立」(いずれも星海社新書)など。
今年は中国の第14次五カ年計画の最終年となる。今期は新型コロナウイルス感染拡大による非常事態の時期からのスタートであり、前例がないほど目標の発表が遅れたものの、科学技術力で世界に大きな遅れをとらないよう目標を設定し、いくつかのテクノロジーに関しては重点目標が設定された。これには、デジタルインフラ、人工知能(AI)、集積回路、インダストリアルインターネット、ソフトウェア・情報セキュリティ、量子コンピューター、データガバナンス、デジタル経済、デジタル生活、政府ガバナンスなどが含まれる。
これら五カ年計画の多くは、5年目以前に目標を前倒しで達成している。例えば、高速インターネットインフラやデジタル経済、データガバナンス、産業設備のクラウド化などのインダストリアルインターネット、政府サービスのオンライン化といった、中国国内インフラやデジタルガバナンス関係がそれに当たる。
他方、目標に届いていないものもある。それらは他の先進国・地域が強く、技術的に追いつこうとしているが、まだ届いていないもので、ハイエンドチップや量子コンピューティング、オペレーティングシステム、産業用ソフトウェア、基礎材料などのキーテクノロジーが挙げられる。これらは、欧米の国際先進レベルと差があることを中国も認識していて、追いつき追い越すための重点研究が必要な分野となっている。
中国がある技術分野において、外国に依存しきっていて、状況によっては国内の産業に大きく影響が出るリスクがある状態のことを「卡脖子(qia bozi 『首を絞める』の意味)」という。この言葉は五カ年計画を含めた各種計画文書でしばしば出てくる単語だ。五カ年計画などでは、この状態を早々に解決しようとしているが、そう簡単にできる話ではなく、研究を重ねているものの、依然として先進諸外国に大きく離されている。
中国ではこのような記事が掲載されたことがある。「『首を絞める』側は、高度な技術力と製造能力を有し、知的財産権保護メカニズムを用いて優位性を維持している。彼らはアンチダンピング措置に訴え、時には国家安全保障の名の下に措置を導入することで優位性を拡大しようとする。彼らの目的は、国際ルールにおける発言力を維持・拡大し、グローバル産業チェーン、貿易、金融決済の主要部分を掌握することだ。『絞められた』側は、技術力、製造能力、そして国際ルールへの影響力において不利な立場に置かれている。彼らの経済は外部資源に過度に依存しており、対外関係における主導権を欠いている。『首を絞められる』脅威を克服するためには、各国は自国の能力を強化し、自主的な資源配分を強化し、対外交渉における交渉材料を増やす必要がある」。
例えば米国は、2019年からファーウェイに対して米国内外の企業への半導体輸出を禁止する制裁措置を科し、ファーウェイ関連企業が最先端の装置を調達できなくなった。AndroidのGoogleサービスの利用もできなくなり、ファーウェイはHarmonyOSやHarmonyOS Nextを開発し、自社製品に搭載している。こうしたことが他のジャンルでも起こり得るという危機感を中国が抱いているという解釈もできるし、中国がテクノロジーリーダーとなることで、他国に対し「首を絞める」カードを多数持てるようになるという解釈もできる。
前述したように、中国がまだ追いついてないと自認し、技術力強化を目指しているジャンルをいくつか紹介する。
まずはハイエンドチップである。半導体の製造では、密度の高い回路を作ることが重視されている。密度が高いというのは、素子や回路の配線幅がより小さくなるということで、これによって、さらなる高性能、多機能、低消費電力、低コスト化を実現する。現在はnm(ナノメートル、mmの100万分の1)のレベルでより微細に作られている。TSMCやサムスンなどは3~5nmプロセス(プロセス:微細さの指標)だが、中国のチップ業界は14nmプロセスと7nmプロセスで商業的量産を行っている段階であり、2~3世代の技術差がある。
また、中国では22nm以下の製造ラインの現地生産化が進展しており、中国産の装置やソフトウェア、シリコンウェーハは品質が向上している。しかしながら、ハイエンドのリソグラフィー装置と一部のプロセス材料に関しては、オランダや日本などと比べて依然として大きな差がある。特にチップやプリント基板などの回路図の作成などを行うEDA設計自動化ツールでは、中国産では28nmから14nmのプロセスのみをカバーしており、7nm以下に対応していない。また最先端の5nm以下のプロセスについては、オランダのASMLのEUV極端紫外線リソグラフィー装置に大きく依存していて、輸出規制のため、中国企業はEUV装置を入手できず、3~5nmプロセスの本格的な量産化は実現していない。
チップは昨今のITトレンドの中心的存在であるAIにも大きく関わるところで、AIブームで注目を集めるNVIDIAは4nmプロセスのH100をリリースしている。一方で寒武紀や海光といった中国企業はAI用の7nm推論チップをリリースしている段階であり、国産チップは演算密度と消費電力で遅れをとっている。
またAIについては、DeepSeekショックがあったようにDeepSeekや同義千問といった中国産大規模モデル(及び生成AI)が国際的なインパクトを与えた。しかしその基盤となるハイエンドチップに加え、独自のアルゴリズム、多分野に展開する人材プール、そして国際標準への影響力は、依然として米国などの先進国に劣っていると自らも認識している。
ソフトウェアではオペレーションシステム(OS)と産業用ソフトウェアが課題となっている。OSといえば米国の規制から復活したファーウェイ製品に搭載されたHarmonyOSやHarmonyOS Nextが知られる。これが入った端末の数は10億台を超えるが、AndroidやWindows、Linux、iOSといった世界的に普及しているOSと比べると市場シェアは5%未満と極めて小さい。また、開発者や開発環境も世界的なOSと比べて大きく遅れをとっている。サーバー向けOSも中国は弱い。
産業用ソフトウェアでは、世界ではダッソー・システムズやシーメンスが強い。他方、中国のハイエンドのインダストリアルデザイン、エンジニアリングシミュレーション、生産管理(CAD/CAMなど)各種ソフトウェアについては、設計ツールや産業エコシステム、独自のイノベーション能力において、まだ強化が必要だとしている。
世界的に期待されている量子コンピューターだが、中国は「祖沖之3号」や「本源悟空」などを発表している。しかし、量子情報処理の実用化に不可欠な量子コンピューターの誤り訂正の能力のほか、産業化や大規模応用といった汎用性で米国と差があると認識している。
次の第15次五カ年計画では、これらの弱点を振り返った上で、2030年を目処に世界の最前線に躍り出るための強化を目指す内容が盛り込まれることだろう。