【25-087】山東農業大学の科学者、植物科学の「世紀の難題」を解明
王延斌(科技日報記者) 王 静(科技日報通信員) 2025年10月09日
単一の体細胞がどのようにして完全な植物の個体になるのか――。この問いは、米科学誌「サイエンス」が選出した「科学の未解決のナゾ125」の一つで、植物生命科学分野における長年の未解決課題だった。
山東農業大学の張憲省教授と蘇英華教授の研究チームは今回、世界で初めて、この「世紀の難題」を解明した。この研究は、科学界を長く悩ませてきた「植物細胞の全能性」のメカニズムを解明し、作物の遺伝的改良や効率的な再生に対する新たな理論的基盤を提供するものとなる。研究成果は9月16日、国際的学術誌「セル(Cell)」にオンライン掲載された。
「植物細胞の全能性」とは、植物細胞を脱分化させると、受精卵に似た全能性幹細胞が形成され、最終的に完全な植物体へと発達する性質を指す。中国科学院院士(アカデミー会員)である種康氏は、「今回の研究は、植物の全能性幹細胞の起源を世界で初めて明確に示した。この発見は、植物細胞の全能性メカニズムに対する理解を深めるだけでなく、農業バイオテクノロジーにおいて長年課題となっていた『再生のボトルネック』を打破するために新たな道筋を開いた」と評価した。
張氏によると、植物細胞のほうが動物細胞よりも発育の可塑性が高く、一定の条件下では、受精を経ずに胚へと発達する「体細胞胚発生」が起こるという。また、植物細胞には独特の「再生」能力があり、どんな植物の体細胞でも、リプログラミングを経て元の幹細胞の状態に戻り、「体細胞胚発生」の段階に進み、最終的に再生して、完全な植物体になる。しかし、植物の体細胞がリプログラミングを経て、「普通の細胞」から、どのようにして「全能性を持つ胚」へと変化するのか、その核心的なメカニズムは長らく解明されていなかった。蘇氏は、「本来なら、1枚の葉っぱは永遠に葉っぱのままであるはずだが、それが新しい植物へと『変身』できる。このような『運命の逆転』はどのようにして起こるのかが問題だった」と語った。
研究チームは2005年から、シロイヌナズナをモデルとし、20年にわたる研究をスタートさせた。その間、単一の体細胞が発育して直接胚を形成する実験技術体系や、単細胞起源の体細胞胚発生を誘導する安定的なシステムを構築。細胞の全能性を活性化する「スイッチ」が大量のオーキシン(植物ホルモン)の蓄積であることを初めて発見した。研究者は走査型電子顕微鏡や単細胞シーケンシング、顕微切片トランスクリプトーム解析、ライブセルイメージングなどの最先端技術を活用し、単一の植物細胞が分裂する全過程を初めて捉えた。これにより、植物細胞の全能性が「単細胞起源」であることを視覚的に証明し、学術界の長年の疑問に答えた。
チームはさらに踏み込んだ研究を行い、細胞の全能性を触発する「重要な鍵」を発見した。それは、葉の気孔前駆細胞に特有のスピーチレス(SPCH)遺伝子と、人為的に高発現させたLEC2遺伝子が協調的に作用した「分子スイッチ」である。張氏は、「それは、鍵穴に二本の鍵を同時に差し込むようなもので、どちらが欠けても開かない」と例えた。
蘇氏は、「チームは細胞の運命が再構築される全ての経路を記録し、重要な『運命の分岐点』を明らかにした。一つは、気孔前駆細胞がそのまま分化して気孔となるルートで、もう一つは、大量に合成された内生オーキシンの働きによって、単一の体細胞がリプログラミングされて、全能性幹細胞へと転換し、胚発生の道を歩む」と説明した。
研究者らはこの重要な移行段階を「GMC-auxin中間状態」と名付けた。この状態では、細胞内で深いクロマチンの再構築が起こり、沈黙していた大量の遺伝子が徐々に活性化される。そこから細胞の「運命の分岐点」が生じ、全能性確立への扉が開かれる。今回の研究は、単一の植物体細胞がリプログラミングを経て全能性幹細胞となり、完全な植物個体を再生する分子メカニズムを世界で初めて包括的に解明した。
中国科学院院士の楊維才氏は、「これは極めて重要なブレイクスルーだ」と評価した。現在、小麦やトウモロコシ、大豆などの作物にこのメカニズムを応用する実験も並行して進められている。
※本稿は、科技日報「我科学家破解植物科学世纪难题」(2025年9月18日付)を科技日報の許諾を得て日本語訳/転載したものである。
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