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【25-093】テック系ベンチャーにおける北京・上海・深圳・杭州の違いとは?

2025年10月21日

山谷剛史

山谷 剛史(やまや たけし):ライター

略歴

1976年生まれ。東京都出身。東京電機大学卒業後、SEとなるも、2002年より2020年まで中国雲南省昆明市を拠点とし、中国のIT事情(製品・WEBサービス・海賊版問題・独自技術・ネット検閲・コンテンツなど)をテーマに執筆する。日本のIT系メディア、経済系メディア、トレンド系メディアなどで連載記事や単発記事を執筆。著書に「中国のITは新型コロナウイルスにどのように反撃したのか?中国式災害対策技術読本」「中国のインターネット史:ワールドワイドウェブからの独立」(いずれも星海社新書)など。

 中国では現在も新しいIT製品が出ては話題となり、中国内外での販売で成功を収めている。国内は景気が好調とは言えず、消費者の価値観も変わり、以前より消費は消極的になっているとはいえ、米国をはじめとした先進国と競って研究するロボットやAIなどには多くの資金が流れ、開発者や研究者の雇用を生んでいる。また、中国企業は海外市場に活路を見出し、特定の国の生活習慣に合わせた製品をリリースしていることから、中国で多くの資本と雇用が生まれ、かつ海外の消費者による購入を通じて利益をもたらしている。

 IT企業は中国全土にあるが、北京、上海、深圳、杭州の4都市は、単に大都市というだけでなく、IT産業という際立った特徴を持つ。日本人が中国でIT系の視察に行く場合、多くがこの4都市だと思われる。そこで、今回はこの4都市の特徴を挙げ、どう違うのかを紹介していきたい。

 まず、深圳は中国内外を問わず、市場のニーズをつかんだ製品をリリースする、中国で最も市場志向の強い都市だ。ここでは、さまざまなハードウェアの部品を素早く調達し、迅速に試作できる強みがある。新しい都市なので、中国各地から有能な人材がやってくる。地元住民の割合が低く、広東省でありながら、広東語だけでなく普通語(標準語)が広く通じるのが特徴だ。深圳を代表する企業は、ファーウェイ(華為)、DJI(大疆)、テンセント(騰訊)がある。またファーウェイの拠点は隣の東莞市にもあり、その東莞にはOPPOやvivoも存在し、これらの製品やiPhone用のスマートフォン部品も多数作られている。DJIはドローンで世界的に成功した後、それに感化された社員が退職し、3DプリンターのBambu Lab(拓竹科技)やポータブル電源のEcoFlow(正浩)などを新たに起業し、DJIの近くに拠点を置いている。

 深圳市内にある電子パーツ街の華強北では、廉価な電子商品が多数作られ販売されているが、たとえば円形のロボット掃除機から派生した、欧米市場向けの芝刈りロボットやプール掃除ロボットは、大量生産されるスマートフォンの高性能パーツを流用している。各パーツメーカーが切磋琢磨することで完成品のスマートフォンが低価格化し、パーツが安くなることで、それを利用した別のハードウェアを安く作ることができ、海外へと展開する、そうした新しい流れが生まれている。

 上海は外国企業の中国拠点が多く、日本から多くの航空便が発着し、多くの日本人が在住している。テック企業の側面でいえば、AIなどの最新テクノロジーやフィンテックに強く、国際的な企業が多い。上海は地価や人件費が高いことから、上海に本部を置き、江蘇・浙江両省に開発や生産部門を置くというように、地域を連携して活用しているのが特徴だ。長江デルタ経済圏の都市群により、資本と産業の流動性が非常に高く、プロジェクトが実行しやすい環境にある。

 また最新テクノロジーに積極的な背景として、インキュベーションセンターが多いことがある。国際展開するゲーム企業では、中国国外にも多くのプレーヤーを抱えるゲーム「原神」を開発したmiHoYoや、テンセント深圳本社の元社員が起業したLilith Gamesも上海に拠点を置く。動画などのビリビリも上海に拠点を構えており、ChinaJoyをはじめとしたゲーム・アニメ系イベントも非常に多く、サブカルに強い。

 杭州は上海の産業圏に含まれる浙江省の省都だが、その環境はまた異なる。アリババの企業城下町であることから、アリババグループやアリペイで知られるアントのエコシステムに関わっている企業が多く、ECに携わる企業も杭州に多く存在する。ライブ動画を配信して商品を売るライブコマースの運営企業も杭州に多い。他地域にデジタル化で勝つために、アリババと提携して斬新なスマートシティ系のサービスが率先してリリースされることもあり、たとえば新型コロナウイルス感染拡大時にゼロコロナを実現するために登場した三色のQRコード「健康コード」もまた杭州発だ。

 深圳では大企業から独立し、新たに起業して成功した企業の例がいくつもあるが、杭州はアリババと距離を置いた若者がこつこつと研究開発をして成功した企業が多い。たとえばAIのDeepSeek、世界で注目されたゲーム「黒神話:悟空」を開発したGAME SCIENCE、ヒューマノイドロボットのUnitree(宇樹科技)、ARグラスのRokid、防犯カメラのHIKVisionなどである。ハイテク産業都市だがそれほどコストはかからないというのが杭州の強みで、地道に研究開発するというのが成功した企業の共通点だ。これはアリババによってハイテクに強い都市になった杭州が、今後もそうなるべく人材育成の環境を整えた結果、こうした連携に消極的なコツコツ型の企業が育成されたとも言える。

 北京は強力な政策支援と、その対象となった技術の資金調達のしやすさ、イノベーションの容易性、中国科学院などの研究施設や清華大学などの名門大学発の企業・スタートアップが多く誕生しているのが特徴だ。アカデミックで優れた環境であることから、中国トップクラスの科学技術人材と研究機関の半数以上が集まっており、イノベーションと起業のエコシステムが活発である。サービスを支える裏方的なAIスタートアップが多く、ハードウェアのような華々しくはなく、頭脳を集めた製品開発が多い。バイトダンス(字節跳動)の元社員による愛詩科技がリリースしたAI動画作成のPixVerseは世界で知る人ぞ知るサービスになっている。

 北京の中関村や西二旗、望京といった地域を中心に、大企業ではパソコンのレノボから、ポータルのバイドゥ(百度)、スマホのシャオミ(小米)、動画のバイトダンスなど時代に合わせた企業が台頭している。近年ではバイドゥが自動運転に力を入れ、走行テストや商用化を北京で繰り返しており、ヒューマノイドロボットでは、北京人型ロボットイノベーションセンター(北京人形機器人創新中心)が「天工」というロボットを開発した。

 各都市について短くまとめると、下の表のようになる。

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 このように、北京、上海、深圳、杭州で都市の特徴は大きく異なる。視察する場合は、これらの特徴を把握したうえで都市を選定したい。


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