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【25-097】科学技術教育・普及に力を入れる深圳 ZHA設計の巨大な科学館を開設

2025年10月27日

高須 正和

高須 正和: 株式会社スイッチサイエンス Global Business Development/ニコ技深圳コミュニティ発起人

略歴

略歴:コミュニティ運営、事業開発、リサーチャーの3分野で活動している。中国最大のオープンソースアライアンス「開源社」唯一の国際メンバー。『ニコ技深センコミュニティ』『分解のススメ』などの発起人。MakerFaire 深セン(中国)、MakerFaire シンガポールなどの運営に携わる。現在、Maker向けツールの開発/販売をしている株式会社スイッチサイエンスや、深圳市大公坊创客基地iMakerbase,MakerNet深圳等で事業開発を行っている。著書に『プロトタイプシティ』(角川書店)『メイカーズのエコシステム』(インプレスR&D)、訳書に『ハードウェアハッカー』(技術評論社)など
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「誰もが科学者・技術者になれる都市」の象徴として

 2025年5月、深圳市光明区に「深圳科学技術館」が開館した。設計はZaha Hadid Architects(ZHA)で、延床面積は約12万8千平方メートル。日本の代表的な科学館である日本科学未来館(約4万平方メートル)の約3倍にあたる。外観は大規模な曲線で構成され、内部も吹き抜けや大型ディスプレイを贅沢に使った空間構成となっており、建設費・展示予算ともに相当の規模が投入されていると推測できる。

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金属の素材が有機的に組み合わされた曲線はZHAらしい。(筆者撮影)

 立地は地下鉄6号線光明駅直結の再開発エリアで、市中心部から1時間圏内。館内は1階から6階が展示部分となっており、ロビーから高層階まで視界が抜ける大胆な空間設計が印象的だ。大型LEDウォールや半球型スクリーンを駆使したダイナミックな演出が随所に見られるが、単なる視覚的ショーではなく「展示を支える器」として使われている点が特徴的である。

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巨大な吹き抜けに、日本科学未来館の「ジオ・コスモス」のような地球を模した巨大な球形ディスプレイが吊り下げられている。(筆者撮影)

自然科学・工学・情報科学・セキュリティを横断する展示構成

 本館の展示は、従来の科学館が重視してきた「物理・化学・天文」といった自然科学にとどまらず、情報科学やサイバーセキュリティまで踏み込んでいる点が新しい。特に2階のデジタルゾーンでは、入るとすぐに「Hello, World.」の文字が掲げられ、プログラミングやアルゴリズムの基礎を体系的に紹介している。

「巡回セールスマン問題(TSP)」をパズル形式で体験できる展示や、量子力学の二重スリット干渉を物理模型で理解できる装置など、理論的内容をインタラクティブに伝える展示が多い。宇宙分野でも「月面着陸」「宇宙ステーション」などの成果だけでなく、宇宙背景放射やビッグバンの証拠にも焦点を当てている点が特徴である。

 すでに決まったこと、明確なことだけを科学の成果として展示する「成果礼賛型」ではなく、「科学の方法」「根拠をたどる思考」そのものを体験させようとする編集意図が感じられる。

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スマート物流のコーナーでは、「巡回セールスマン問題」のようなアルゴリズムや、実際にQRコードを読み取って自動搬送ロボットが運ぶまでのプロセスなど、理論と体験を組み合わせた展示が行われていた。(筆者撮影)

起業家・産業・国防まで、社会と科学技術の接続を明確に提示

 本館は「科学館=子ども向けの教育施設」というイメージを超え、スタートアップ企業・製造業・国防技術・医療応用などの分野を横断しながら、「科学技術が人生や社会をどう変えてきたか、そして今現在やその後を変えうるか」という文脈で配置している。

「Maker展示」エリアにはElephant Roboticsなど深圳のロボットベンチャーが実機を展示し、AIセキュリティやスマート物流のコーナーでは、監視・国防・防災といったリアルな応用例が並ぶ。これらは「科学は"社会の道具"であり、キャリアの選択肢でもある」というメッセージを、子どもだけでなく大人にも向けて発信していると解釈できる。

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科学館の中にはスタートアップのエリアが設けられ、科学技術から生まれた深圳の新興企業の製品やサービスが展示されている。写真はElephant Roboticsの製品例。(筆者撮影)

「大衆創業・万衆創新」の思想が体現された博物館

 この科学館は政府組織である深圳市科学技術協会のもと、事業単位として深圳市科学技術館と運営会社が立ち上げられており、深圳市の意向で作られた施設といえる。科学館を歩いて強く感じたのは、中国が掲げてきた政策スローガン「大衆創業(特別なコネがなくても、努力すれば誰でも起業して成功できる)・万衆創新(イノベーションは天才ではなく市民全体が担い手になる)」という空気である。

 理論展示と実装展示が地続きに存在する構造は、「科学そのもの」と「科学を使いこなす人材(=起業家・技術者)」を同時に育てようとする試みと言える。

 東京・お台場の日本科学未来館は、大学や研究機関と連携して、進行中の科学を科学館という場で研究することで、サイエンスや研究と教育・学習をつなぐ素晴らしい役割を果たしていると実感している。

 深圳の科学館は、起業・産業と教育をつなぐ役割として設計されている。科学コミュニケーションの観点から見ても、「知識の紹介」ではなく「知識が行動と経済を生むプロセス」までを含めて伝える構成になっている点は非常に深圳らしくもあり、現代の潮流にもマッチしている。プロジェクトベース教育、プロセス重視教育など、変化の激しい時代に合わせて教育に求められるものも変化している。深圳で生まれた新しい科学館は、今後の科学館建設に示唆を与える存在になりそうだ。


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