【25-098】CAR-M細胞療法:「がんを食べる」新しい免疫アプローチ
雍 黎(科技日報記者) 黄琪奥、王夢茹(科技日報通信員) 2025年10月30日
がん患者の自家由来CAR‑M(キメラ抗原受容体マクロファージ)細胞の調製および体内への再投与の模式図。(画像は取材先提供)
医学技術の進歩に伴い、CAR-T細胞療法(キメラ抗原受容体T細胞療法)に代表される免疫療法は、ますます多くの研究者の注目を集め、がん患者に新たな希望をもたらしている。
CAR-T細胞療法と同様に、キメラ抗原受容体(CAR)を導入することで、免疫細胞ががん細胞を正確に攻撃するCAR-M(キメラ抗原受容体マクロファージ)細胞療法は、新たに登場した治療法で、まだあまり知られていない。
このほど、陸軍軍医大学西南医院の時雨教授の研究チームが、学術誌「Cancer Communications(癌症通訊)」に「CAR-Mを利用した固形がんへの対抗」と題する総説論文を発表した。論文では、CAR-M細胞療法の画期的な作用機序を体系的に説明するとともに、この新しい治療法の固形がん分野における最新の進展と臨床応用に向けた課題を論じている。
正確に標的を狙い、損傷を最小限に
時氏は、「CAR-M細胞療法は、新しいがん免疫治療の手法だ。簡単に言えば、その中心的な考え方は、患者の体内からマクロファージ(有害物質やがん細胞を『食べる』能力をもつ免疫細胞)を取り出し、実験室でそれに『精密ナビゲーション装置』であるCARを取り付け、再び患者の体内に戻してがん細胞を識別・攻撃させるというものだ」と説明した。
時氏によると、CAR‑Mは「情報伝達者」の役割も担い、処理した腫瘍抗原情報をT細胞(免疫細胞の一種)に「提示」し、免疫反応を促進するサイトカインを放出することで腫瘍微小環境を効果的に改善し、他の免疫細胞がより正確にがんを攻撃できるようにするという。
時氏は続けて、「CAR-M細胞療法には腫瘍微小環境を改善できるだけでなく、次のような利点もある。まず、CAR-M細胞はがん細胞が発する『シグナル』を感知できるため、より正確にがん細胞を見つけ出し、正確に攻撃することができる。次に、CAR-M細胞は重度のサイトカイン放出症候群(過剰で激しい免疫反応の一種)を引き起こすリスクが比較的低く、副反応も少ないため、安全性が高い。つまり、がん細胞を正確に攻撃しながら、人体への損傷をより少なく抑えることができる」と語った。
さらに時氏は、「CAR-M細胞療法とCAR-T細胞療法は、原理的には似ているが、がん細胞を攻撃する方法にはそれぞれ独自の特徴がある」と紹介。「CAR-T細胞療法は主に細胞毒性作用によってがん細胞を『毒殺する』のに対し、CAR-M細胞療法は固形がん組織に浸潤して、がん細胞を『食べる』ことで作用する」と述べた。
研究の進展により技術的課題を克服
CAR-M細胞療法には多くの利点があるものの、臨床および臨床前研究では、いくつかの課題も明らかになっている。具体的には、CAR-M細胞の取得・培養・大規模調製の難しさやコストの高さに加え、CAR-M細胞が腫瘍組織内でどの程度生存できるのか、あるいは腫瘍環境に『同化』されるリスクが存在するのかといった点が、臨床応用の制約要因となっている。
時氏は、「現在、CAR-M細胞療法が抱えるこれらの制限に対し、国内外の研究チームはCAR構造の設計改良、細胞供給源の拡大、遺伝子編集による細胞機能の強化などの面で研究を進めており、すでに一連の重要な成果を得ている。これらの成果は今回発表された総説論文にも収録されている」と語った。
例えば、ある研究チームは、CAR構造に2種類の機能性シグナルドメインを統合することで、CAR-M細胞ががん細胞を認識した際、より効率的にがん細胞を貪食(どんしょく)すると同時に、IL-12やIFN-γなどの炎症促進性サイトカインを大量に分泌し、体内の他の免疫細胞を呼び覚まし、活性化して協調的にがんを攻撃できるようにした。その結果、抗がん効果が大幅に向上したという。
「一部の研究者は、新たなCAR-M細胞の供給源も見いだしている」と時氏は明らかにした。中国医学科学院血液病医院(血液学研究所)などの国内外研究チームは、ヒト多能性幹細胞を利用して、体外でCAR-M細胞を大規模に培養・調製することに成功した。この方法により、初代マクロファージの数が限られていること、増殖が困難であること、遺伝子編集効率が低いことといった従来の課題が解決されたという。
患者体内のマクロファージを直接利用してCAR-M細胞を作り出す試みも進んでいる。時氏は、「山東大学附属斉魯医院などの研究チームは、精密に設計された標的ナノキャリアを用いて、遺伝子を体内のマクロファージに直接送達し、その場でCAR-M細胞に改変することに成功した。これにより、煩雑な体外での細胞調製プロセスを省くことができる。また、遺伝子編集技術を用いてCAR-M細胞自体を最適化し、その抗がん能力を強化する取り組みも進められている」と説明した。
これらの改良によって、CAR-M細胞療法のいくつかの制約が効果的に補われた。陸軍軍医大学西南医院病理科の平軼芳教授は、「今年初めに発表された世界初のCAR-M細胞療法の臨床試験結果によると、CAR-M細胞による治療を受けた14例の患者のいずれにも、重度のサイトカイン放出症候群は発生しなかった。4名の患者は治療後に病状が安定し、末梢血および腫瘍微小環境内のT細胞数がいずれもある程度増加した。これは、CAR-M細胞療法が抗がん免疫応答の活性化と再構築に実際に寄与し、がん患者に新たな希望をもたらすことを示している」と述べた。
臨床応用には複数療法の併用が必要
CAR-M細胞療法の臨床試験結果が公表され、この療法の臨床転換(トランスレーショナルリサーチ)も本格的に始まった。では、CAR-M細胞療法をいかにして臨床現場へと効果的に移行させることができるのか。
研究チームによると、既存の成熟した治療手段との併用こそが、その課題を解く鍵の一つであるという。時氏は、「我々は論文で明確に指摘しているが、化学療法、放射線療法、あるいは分子標的薬などは、がん細胞を破壊すると、より多くのシグナルが放出される。これが逆に、CAR-M細胞の貪食能力、抗原提示能力、そして免疫活性化能力を高めることにつながる」と語った。
今後もCAR-M細胞療法は、化学療法や放射線療法との併用を欠かすことはできないと見られている。さらに、研究結果によれば、CAR-M細胞と免疫チェックポイント阻害剤などの免疫療法を組み合わせることで、より効果的に抗がん免疫反応を誘発し、治療効果を一層高めることができることも明らかになっている。そのため、臨床の場でこれら複数の治療法をいかに有機的に組み合わせるかが、今後の研究者たちの重要な課題となる。
時氏は、CAR-M細胞が非がん性疾患の治療においても幅広い可能性を示していると強調。「マクロファージは自然免疫の中核を担う細胞であり、がんへの抵抗だけでなく、感染症や線維化、神経変性疾患、炎症性疾患など、さまざまな非がん性疾患の発症や進行にも関与している。がんに比べ、これら非がん性疾患の標的はより安定しており、病変の負担も軽く、免疫抑制的な微小環境も弱い。そのため、CAR-M細胞療法が直面する課題はより小さい可能性もある。研究では、CAR-M細胞療法がこれら非がん領域ですでに前向きな成果を上げていることが示されている」と紹介した。
時氏はさらに「CAR-M細胞療法は腫瘍学の分野で大きな潜在力を示しており、臨床転換の面でも著しい進展が見られるものの、実際に臨床現場での使用に至るまでには、なお長い道のりがある」と指摘。次の段階として、研究チームはCAR-M細胞と他の免疫細胞との相互作用ネットワークの解明、より効果的な免疫刺激性微小環境の構築、液体生検に基づくバイオマーカー体系の確立などを通じて、リアルタイムでの治療効果評価と投与計画の最適化を進める予定だという。
時氏は、「これらの研究を積極的に進めることで、CAR-M細胞療法をより早く臨床の場に届け、多くの患者に恩恵をもたらしたい」と語った。
※本稿は、科技日報「CAR-M疗法:"吃掉"癌细胞 改善微环境」(2025年10月9日付)を科技日報の許諾を得て日本語訳/転載したものである。