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【25-104】量子計算を数万原子規模に発展させる『AI+』

沈 涵、王 春(科技日報記者) 2025年11月11日

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量子計算のイメージ図(画像提供:視覚中国)

 上海量子科学研究センター(合肥実験室上海研究拠点)、上海人工知能実験室、中国科学技術大学などの研究者で構成される共同チームが、AIと量子計算の融合によって、世界最大規模となる欠陥のない2次元および3次元原子アレイの構築に成功した。原子数は2024個に達し、同分野の世界記録を更新したという。関連論文は国際学術誌「Physical Review Letters」に掲載された。

 計算能力の制約は、科学技術の発展が直面する最大の課題の一つだ。十分な計算能力がなければ、大規模データの処理や複雑なアルゴリズムの計算を効率的に進めることはできない。量子コンピューターは、従来のコンピューターでは数千年かかる難問を瞬時に解く能力を持ち、計算能力のボトルネックを打破する手段として期待されている。

 そのため、世界各国は量子計算プロトタイプ機の開発をめぐって激しい競争を繰り広げている。超伝導やイオントラップ、光量子などさまざまな技術アプローチが同時に進められる中で、中性原子量子システムは高い拡張性や高忠実度、高い並列性といった優位性から、この10年で急速に台頭し、量子計算および量子シミュレーションにおける有望なプラットフォームとなっている。

 しかし技術的な制約により、中性原子アレイの規模は長らく数百個の原子にとどまっていた。これを数千、さらには数万原子規模へと拡張することが、汎用量子コンピューター実現に向けてまず克服すべき課題となっている。

 中国科学技術大学上海研究院執行院長で、上海量子科学研究センター副主任の陸朝陽氏は、「今回の成果は『AI(人工知能)+量子』研究で最も代表的な事例だ。今後、中性原子方式による量子計算の発展に伴い、この中国発の『ゼロからイチ』へのブレイクスルーは、量子計算発展史における重要な節目になるに違いないだろう」と語った。

原子アレイが抱えるスケールアップのボトルネック

 拡張可能な量子ビットシステムは、量子計算や量子シミュレーションを実現するための基礎だ。量子ビットの数が多いほど計算能力は高くなる。超伝導や光量子などの方式では、数百の量子ビットを数百万個に拡張する場合、空間的制約が大きな課題となる。しかし中性原子システムでは理論上、この点は問題にならない。

 中性原子量子コンピューターは、原子そのものを量子ビットの基本単位として用いるため、ミリメートルスケールのアレイに最大で数百万個の量子ビットを収容できるとされる。ただし、実際に量子計算を行うためには、これらのアレイが「欠陥のない状態」であることが前提となる。

 だが現実には、初期状態の原子アレイには必ずランダムな欠陥が生じ、原子が本来あるべき位置にいない場合が多い。それを修正するために用いられるのが「光ピンセット(光学トラップ)」と呼ばれる手法で、強いレーザー光によってアレイ内に微小な「捕捉領域」を作り、原子をその中に入れて捕まえ、1つずつ所定の位置に並べ直す技術だ。

 だが実際の操作において、この方法はスケール拡大に適しているとは言い難い。

 まず、光ピンセットで原子を捕まえる成功率は50~60%に過ぎない。さらに、この欠陥修復方法は処理速度が非常に遅く、原子アレイの規模が大きくなるほど修復時間が線形的に増加する。その結果、「直している間に別の箇所に欠陥が生じる」という事態が頻発し、脆弱な原子アレイが最終的に機能しなくなってしまう。これが、中性原子アレイの規模が長年にわたり数百原子にとどまってきた主な原因とされている。

AIが「ゼロからイチ」へのブレイクスルーを後押し

 では、すべての原子を同時に動かすことはできないのだろうか。

 研究チームはこの発想に対し、新たなAIモデルを設計した。このAIは高速空間光変調器(SLM)を駆動するホログラムを迅速に生成し、光ピンセットアレイを形成するとともに、各ピンセットの位置と位相を精密に制御することができる。つまり「数千、数万本のピンセットを同時に操る」ようなもので、すべての原子を一度に所定の位置へ再配置することができる。

 研究チームは、2次元および3次元原子アレイに対し、任意構成の再配置を実演し、最大2024個の原子からなる欠陥のないアレイをわずか60ミリ秒で構築した。特筆すべきは、この再配置時間はアレイの規模が大きくなっても変わらない点だ。言い換えれば、100個でも100万個でも同じ時間で再配置でき、将来的には数万原子規模の無欠陥アレイ形成にもそのまま応用できる。これは、中性原子量子計算が本格的に大規模化段階へ進んだことを意味する。

 この成果は、原子アレイ修復・再配置の難題を根本的に解決したことを示しているという。陸氏は、「本研究は現時点で最も代表的な『AI+量子』融合の成功例である。中性原子方式の量子計算が発展していく中で、この『ゼロからイチ』の突破は、量子計算史における重要な転換点となるだろう」と述べた。

 さらに、AIを活用した無欠陥アレイ再配置方法は、極めて高いシステム精度も実現している。上海人工知能実験室の若手科学者で、上海創智学院の指導教員でもある鍾翰森氏によると、同システムの単一量子ビット操作の忠実度は99.97%、二量子ビット操作は99.5%で、検出忠実度は99.92%に達しているという。これは米ハーバード大学をはじめとする国際的なトップ水準と肩を並べるもので、これにより、中性原子アレイを基盤とする誤り耐性型汎用量子コンピューターの構築に向けた技術的基盤が築かれたという。

 研究成果の公表は、国際的にも大きな反響を呼び、多くの研究グループが追随し始めている。「Physical Review Letters」は成果について、「原子関連量子物理分野における計算効率と実験的実現可能性の双方での大きな飛躍になった」と評価。米国物理学会の学術誌『Physics』もこの成果を「注目研究」として特別に取り上げた。

量子産業の全要素・全バリューチェーンを網羅

 量子コンピューターは量子力学の原理に基づいて動作し、化学触媒や材料合成、医薬品開発、金融取引などの分野で、従来型コンピューターをはるかに上回る計算能力を発揮できるとされる。現在、量子コンピューターは量子ビット生成とシステム統合拡張の段階にあり、実用化の前段階に向かいつつある。

 こうした将来性の高い産業分野に対し、上海市はイノベーション環境の整備と強化を進めている。トップレベル人材の育成を加速させ、国内外の優秀な研究チームを呼び込んで「ハイレベルなチーム連携による研究開発体制」の構築を促している。これらの取り組みは着実な成果を生み出しつつあり、今回の成果はその象徴的な例だといえる。上海市科学技術委員会の担当者は、「今回の成果から感じたのは、優れた分野横断型人材を見つけることの重要性だ」と語った。

 研究チームは2020年末に中性原子量子コンピューター研究を開始したばかりだが、すでに国際的な最先端グループを追い越す可能性も見えてきたという。上海では他の研究チームも中性原子方式に基づく量子計算プロトタイプ機の開発を進めており、すでに段階的な成果が得られているという。

 上海市では昨年、量子計算プロジェクトのマネジメントチームを立ち上げ、将来産業育成計画を策定。本体、機器・設備、アルゴリズム・ソフトウェア、人材、応用シナリオ、投資ファンドなど、全要素・全工程での産業構築を進めている。また、量子計算の未来産業集積エリアを計画し、トップ人材やユニコーン企業、ハイレベルなインキュベーション機関などのリソース集約を促し、イノベーション密度の継続的な向上と産業化を加速させる狙いがある。

 上海市科学技術委員会の関係者は、「中性原子量子コンピューターの試作機開発と重要技術のブレイクスルーを通じて、上海、さらには長江デルタ地域における量子計算の研究開発・産業化の先進地を形成したい」と語った。


※本稿は、科技日報「"AI+"推动量子计算迈向"万原子时代"」(2025年10月9日付)を科技日報の許諾を得て日本語訳/転載したものである。

 

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