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【25-105】がんのわずかな兆候を捉えるタンポポ型ナノプローブ

王延斌(科技日報記者) 2025年11月14日

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テストとデータ分析を行う斉魯師範学院化学・化工学院の張艶教授のチーム。(画像は取材先提供)

 腫瘍マーカー検査は、がんの早期スクリーニングにおける重要な手段の一つだ。しかし、現在の腫瘍マーカー検査は、感度の不足と特異性の限界という二重の技術的ボトルネックに直面している。これらの課題に対応するため、斉魯師範学院化学・化工学院の張艶教授の研究チームは、自然界におけるタンポポの種子拡散メカニズムに着想を得て、「タンポポ型ナノプローブ検出プラットフォーム」を開発した。研究成果はこのほど、米国化学会(ACS)が発行する学術誌「Analytical Chemistry」に掲載され、生命科学分野における微量分子検出の難題に対する革新的なソリューションを提供した。

「タンポポ型ナノプローブ検出プラットフォーム」とは何か。それはどのようにしてがんの早期診断・スクリーニングで威力を発揮するのか。これらの疑問について話を聞いた。

ターゲットは「いたずら分子」

 張氏は、「人体の細胞には『N6-メチルアデノシン(m6A)』という『小さな目印』がある。これはまるで遺伝子に貼りつく付箋のようなもので、遺伝子のスイッチを指揮官のように制御でき、がん細胞を抑えることもあれば、逆に助長することもある。例えば、がん細胞の増殖を抑える『抑がん遺伝子』の中には、m6Aというタグが付与されている場合にのみ活性状態を維持でき、がんの異常増殖を効果的に抑えられるものがある。ところが、がん細胞は狡猾で、FTOと呼ばれる『いたずら分子』のような脱メチル化酵素を送り込み、このm6Aタグを『消しゴム』のように消し去ってしまう。結果として抑がん遺伝子が機能不全に陥り、がん細胞が際限なく増殖・転移し、さらには化学療法薬の効果までも低下してしまう。特に膠芽腫や白血病などでは、FTOの破壊力が一段と強く、専門家からは『がん細胞の共犯者』と呼ばれている」と説明した。

 この「いたずら分子」を捕まえるため、張氏と同僚たちはタンポポの種子の拡散原理から着想を得て、FTOを検出するための超高感度「タンポポ型ナノプローブ」を設計した。張氏は、「タンポポの種子は成熟すると風に乗って飛び、細かな綿毛が種子を新しい土地へと運ぶ。私たちはこの『能動的に拡散して正確に着地する』仕組みを、がんの早期検出に応用した」と語った。

 この設計では、磁性微粒子がタンポポの花托のような役割を果たし、その表面にはFTOを識別できる「特異的触角」、すなわち設計されたDNA配列が付いている。一方、タンポポの「種子」に相当するのは、別のDNA配列を持つ金ナノ粒子で、それぞれの「種子」には蛍光分子という蛍光信号灯が結合している。花托と種子が相補的なDNAによって「手をつなぐ」と、タンポポの綿毛のような集合体が形成される。

 検体にFTOが存在すると、花托の触角がそれを認識し、一連の反応が起こる。それはまるで風がタンポポを揺らして、大量の「種子」を花托から吹き散らす様子のようだ。

 張氏は、「さらに巧妙なのは、『種子』に結合した蛍光信号灯がエキソヌクレアーゼという酵素によって切断されると、より多くの蛍光分子が放出され、信号が『千倍の花火』のように増幅されることだ。そのため、わずかな量のFTOでもはっきりと検出できる」と述べた。

がん早期検査を血糖測定のように簡単に

 張氏は、「私たちの目標は、がんの早期スクリーニングを血糖測定のように簡単にすることだ。将来的に、血液中でFTOの異常な上昇を検出できれば、それががんの初期サインとなる可能性がある。さらに重要なのは、FTOレベルの測定によって、患者ごとにFTO阻害剤の投与量を最適化し、治療効果を最大化できる可能性もある」と語る。

 今回の研究に参加した、斉魯師範学院化学・化工学院の王新燕講師は、タンポポ型ナノプローブには従来法にない複数の利点があると説明。第一に、タンポポの種子拡散メカニズムを初めて分子検出に応用し、信号キャリアの効率的な集積と制御された放出を実現したこと。第二に、ナノキャリアの多重担持と酵素の連鎖反応によって二重の信号増幅が可能となり、単一のFTO分子でも指数的な蛍光信号を生じさせられること。さらに、磁気分離技術を用いて未反応プローブを除去し、血液・組織液中の不純物(他のタンパク質や酵素)を排除することで生体由来の干渉を防ぎ、全反射蛍光顕微鏡(TIRF)の単一分子検出と組み合わせることで、信号対雑音比が大きく向上したことを挙げた。

 張氏は、「重要なのは、タンポポ型ナノプローブ検出プラットフォームの応用範囲が非常に広いことだ。このプラットフォームは、精製されたFTOの検出だけでなく、細胞溶解液や組織サンプル抽出物中のFTO分析にも対応し、阻害剤スクリーニングから臨床診断まで幅広いニーズに利用できる」と指摘。「将来的には、血液中のFTO活性を測定することで、潜伏しているがん細胞を見つけ出し、FTO阻害剤によってその働きを封じることができるようになるだろう。それは、暴走したがん細胞に、m6Aという『ブレーキパッド』を再び装着するようなもので、がん細胞の増殖を抑えられることに期待している」と語った。


※本稿は、科技日報「蒲公英纳米探针:敏锐捕捉癌症"蛛丝马迹"」(2025年10月24日付)を科技日報の許諾を得て日本語訳/転載したものである。

 

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