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【25-107】溶瘤ウイルス療法:「バイオ戦士」が腫瘍を正確に攻撃する

張佳星(科技日報記者) 2025年11月19日

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(画像提供:視覚中国)

 首都医科大学三博脳科医院の張宏偉副院長(教授)はこのほど、チームと共同研究者が科学誌「ネイチャー・コミュニケーションズ」に発表した新成果について解説した。この研究は、新型溶瘤ウイルス「Ad-TD-nsIL12」による小児びまん性橋膠腫(DIPG)の治療における安全性と有効性を初めて示したものだ。張氏は、「われわれは国際的にも初となる、まったく新しい頭蓋内注射法を開発した。これにより、溶瘤ウイルス療法は脳腫瘍疾患の治療において、より利便性が向上した」と語った。

 手術切除、化学療法、放射線療法は「腫瘍治療の三つの主要手段」と呼ばれている。だが、従来の治療法はしばしば深刻な副作用を伴い、腫瘍細胞を完全に除去することが難しい。一方、溶瘤ウイルス療法は、ウイルスを利用して腫瘍細胞を正確に攻撃し、腫瘍の増殖を抑えるもので、副作用が比較的少ない。

 業界では、溶瘤ウイルス療法は臨床応用に向けて「殻を破る」可能性をもつ、革新的な腫瘍治療戦略の一つとして広く認識されつつある。

多重攻撃が可能で耐性化しにくい

 張氏は、「文字どおり、溶瘤ウイルスとは選択的に腫瘍細胞に感染し、それを破壊できるウイルスのことだ。その具体的なメカニズムは、免疫療法の一種だ。なぜなら、腫瘍細胞を直接破壊するだけでなく、体内の免疫システムを誘導して腫瘍細胞を攻撃するからだ」と説明した。

 では、なぜウイルスを使って腫瘍細胞を攻撃するという発想が生まれたのだろうか。張氏によると、これは臨床医が実際の診療中に発見したものだという。一部のがん患者が特定のウイルスに感染した後、腫瘍が偶然にも縮小したことがあり、ウイルスががん治療に有効である可能性が推測され、実験による検証が始まったのだ。

 現代の溶瘤ウイルス療法は、単に野生のウイルスを利用するのではなく、遺伝子工学技術に基づいてウイルスを精密に改変し「武装」させることで、二重の特異性を実現している。

 遺伝子改変によって、ウイルスは腫瘍細胞内でのみ特異的に複製・増殖するので、正常細胞にほとんど影響を与えない。これは通常、腫瘍細胞に特有のシグナル伝達経路を利用して実現される。たとえば、腫瘍細胞にのみ存在するがん抑制タンパク質シグナル伝達経路の欠失により、特定のウイルスがその内部で複製できるようになるのだ。さらに改変は、ウイルスに腫瘍細胞を溶解死させる「溶瘤効果」を付与するとともに、大量の腫瘍抗原と新生ウイルス粒子を放出し、生体の免疫系に「警報を鳴らし」、大量の免疫細胞を集結させ腫瘍を包囲・攻撃する。

 張氏は、「もしウイルスがこうした改変を受けていなければ、体内に感染を引き起こすだけでなく、腫瘍細胞の殺傷効果も低く、費用対効果が極めて悪くなる。ウイルスの遺伝子を最適化・改変し、ウイルス遺伝子の機能要素を強化すれば、免疫反応を誘発する力を保ちながら、人体への危害を減らすことができる」と述べた。

 業界では、溶瘤ウイルス療法は多重攻撃メカニズムを備え、耐性がつきにくいと考えられている。単一の標的を狙う従来の分子標的薬と異なり、溶瘤ウイルスは直接溶解と免疫活性化という二重の経路で腫瘍を攻撃するため、腫瘍細胞がすべてのメカニズムに対して耐性を獲得することは困難であり、治療失敗のリスクが低減される。

ウイルス遺伝子に「足し算と引き算」をする

 今回掲載された論文で用いられた溶瘤ウイルスは、巧みな設計が施されている。それはヒト5型アデノウイルス(Ad5)をベースに改変されたもので、英国クイーン・メアリー大学ロンドン校医学部腫瘍細胞・遺伝子治療のチーフサイエンティストである王堯河教授率いるチームが開発した。

 これは現在、最も理想的な溶瘤ウイルスの一つだ。王氏は、「チームは数多くの実験研究を通じて、ウイルスのE1A-CR2遺伝子断片を削除すると、腫瘍細胞での複製が促進され、標的指向性が向上するだけでなく、正常細胞への毒性も減らすことができる。さらにE1B-19K遺伝子断片を削除すると、腫瘍細胞殺傷能力が強化される。そして、E3-gp19K遺伝子断片を削除すると、腫瘍特異的抗原提示(疫系内での細胞間情報伝達)が促進され、抗腫瘍効果が向上する。この3つの重要遺伝子断片の削除は、いわばウイルスから『有害な性質』を取り除き、その『戦闘力』を高め、『抗腫瘍信号所』を起動させるようなものだといえる」と紹介した。

 さらに巧妙なのは、チームがウイルスに「足し算」だけでなく「引き算」も行ったことだ。非分泌型インターロイキン12(IL-12)遺伝子を導入することで、ウイルスが体内に入った際、血液中のIL-12濃度を正常範囲に保ちながら、全身免疫系の抗腫瘍効果を促進する上、過剰なIL-12による副作用を防ぐことができる。

 大量の細胞実験と動物実験で、この遺伝子改変の効果が十分に確認され、今回の臨床試験では、溶瘤ウイルスAd-TD-nsIL12の安全性がさらに実証された。

臨床応用への歩みが加速

 世界的には、改変された溶瘤ウイルスは難治疾患を治療するための有力な手段となりつつある。

 昨年、米国のCG Oncology社が発表した溶瘤ウイルス療法第3相臨床試験の主要データによると、ウイルス単独投与後、110人の患者のうち82人が完全寛解(腫瘍が完全に消失)したという。

 ClinicalTrialsの統計では、現在世界で計200件を超える溶瘤ウイルス関連の臨床試験が進行中で、そのうち半数が中国によるものであり、すでに臨床中・後期段階に進んでいるものも少なくない。

 今年3月には、国際学術誌「ネイチャー」に浙江大学医学院付属第一医院の梁廷波氏のチームによる再発・難治性肝臓がんへの溶瘤ウイルス治療成果が掲載された。チームが設計・開発した新型溶瘤ウイルス「VG161」は、複数の免疫刺激因子を搭載し、患者の中央値生存期間を従来の9.4カ月から17.3カ月へと延長させた。

 溶瘤ウイルス療法の臨床応用をどう加速させるか。張氏は、「基礎研究と臨床研究の協調的な連携を引き続き強化し、その橋渡しを進める必要がある。また、学術団体の役割をさらに発揮し、生命科学分野の理論研究者と臨床医との対話・協力を強化することで、ウイルス構造設計の最適化、併用療法の設計、診療プロトコルの最適化などの重要課題を共に探ることができる。これにより、溶瘤ウイルス療法が臨床へと進むためのエビデンスとデータの基盤を築ける」と語った。

 張氏のチームは今後、これまでの治療効果を基に、溶瘤ウイルス療法と手術、放射線・化学療法、抗体薬治療などの併用治療を順次検証していく予定だ。張氏は、「悪性腫瘍は非常に異質性が高いため、多標的攻撃が必要だ。したがって、どんな治療法も一つで万全ということはない。医師は複数の革新的治療手段を統合し、患者の生存期間を延ばすとともに、生活の質(QOL)を確保する必要がある」と強調した。


※本稿は、科技日報「打造"生物战士" 精准攻击肿瘤」(2025年10月24日付)を科技日報の許諾を得て日本語訳/転載したものである。

 

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