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【25-110】中国の生成AIの現在地を中国メディアの報道から分析する

2025年11月28日

山谷剛史

山谷 剛史(やまや たけし):ライター

略歴

1976年生まれ。東京都出身。東京電機大学卒業後、SEとなるも、2002年より2020年まで中国雲南省昆明市を拠点とし、中国のIT事情(製品・WEBサービス・海賊版問題・独自技術・ネット検閲・コンテンツなど)をテーマに執筆する。日本のIT系メディア、経済系メディア、トレンド系メディアなどで連載記事や単発記事を執筆。著書に「中国のITは新型コロナウイルスにどのように反撃したのか?中国式災害対策技術読本」「中国のインターネット史:ワールドワイドウェブからの独立」(いずれも星海社新書)など。

 生成AIや大規模言語モデル(LLM)の分野は、米国企業と中国企業がしのぎを削っていると言われている。中国はAI関連の論文数で優位に立つが、生成AIの鍵を握るとされる米NVIDIA製品は中国への輸出が規制され、将来的にはAIによる電力不足が危惧されている......。このような現状について、中国メディアの報道を参考にしつつ、中国の生成AIが米国にどの程度迫っているのか、その現在地を紹介したい。

 主な生成AIとしては、ChatGPT(Open AI)やGemini(Google)、Copilot(Microsoft)などの米国勢に対し、中国勢ではDeepSeekやQwen(通義千問、アリババ)などがある。米国勢はWEBブラウザやアプリから利用するクローズドソース、中国勢はオープンソースを主に採用している。オープンソースは、簡単に言えば中身が公開されていて誰でも自由に使うことができるもので、自分のパソコンだけで動かすことやサーバー(クラウド)を活用することもできる。

 オープンソースの生成AIは、これらに限らず、米国や中国などから多数リリースされていて、その中で中国製のDeepSeekやQwenはアジア太平洋市場を中心に、世界で一定の評価を得て利用されている。特に多言語などの状況下で受け入れられ、米国トップレベルのオープンモデルと競うほどになっている。

 中国メディアは往々にして自国製品の成功例を大きく語りがちで、生成AIをとってもDeepSeekやQwenの成功や、論文数の多さ[1]、米国企業での中国人開発者の多さなど[2]、中国の生成AIが米国より優れているような記事をしばしば見る。また、米国著名企業の開発者が中国製の生成AIを活用しようと中国語を勉強しているというニュースを誇らしく伝える記事[3]もある。

 これらの記事を読んでいくと、まだまだそれは「成功」とは言い難い。性能については優れている中国のオープンソースモデルだが、世界での導入実績については、米国のオープンソースモデルのLlamaやMistralなど、オープンソースLLMのダウンロード数の約70~75%は米国開発モデルだ。中国のモデルは中国語による技術情報が多く、米国の開発者が中国語を学ぶのは、逆に言えば英語での情報が少なく導入に言語の壁があるということでもある。

 中国のAIに関する特許については「特許取得数こそ多いが質は高くない」と評されることがあり、独創的な研究開発において中国と米国には大きな差があるといわれる。商用のクローズドソースで世界をリードする米国のOpenAIやGoogle、Metaなどの大手企業は、基礎理論レベルで画期的な研究を推進し、世界標準を定めるリーダー的企業となっている。学習するデータ量も、閉鎖的な中国のインターネット環境ではどうしても米国のそれに劣る。

 またハードウェアのAIチップにおいても米国の影響を受けまいと、脱NVIDIA依存を目指している。対策としてファーウェイのAscend 910C、910Dチップを筆頭に、アリババや寒武紀(Cambricon)でAIチップは作られているが、中国の2025年目標のチップ自給率70%という数値を大幅に下回ることが確実視される。その背景としては、設備や材料といった製造における重要分野で中国の技術力が他国と比べて大きく差がある点が挙げられている。特に中国が足りていないのは半導体装置やEDA(回路設計自動化ソフト・ハード)だが、その分野で世界的な企業では、半導体装置ではASML(オランダ)、Applied Materials(米国)、東京エレクトロン(日本)、設計用のEDAではSynopsys(米国)が挙げられる。産業政策の目標に全くたどり着いていないという記事も出たが[4]、このような記事は昨今の中国ではなかなか見ることはなく、それほどまでにチップ製造分野が中国にとってまだまだ厳しいことを示している。

 では、中国の生成AIは米国に比べてはるかに遅れているのかというと、これもそうとは言えない。14億人中11億人のネット利用者が自国のネットサービスを利用するので、個人向けから政府向けまで、既存の各種ネットサービスにおける生成AI導入の進歩が著しい。キャッシュレスやSNS、EC、検索アプリなどに生成AIが導入され、たとえばECショップを運営している場合は、物流やECのデータに基づき、生成AIが消費者分析をしてくれる。また、中国が強いモノづくりの現場では、品質検査などで生成AIの導入が進み、製品の品質向上を実現し、スマートシティでもより強力な分析などで生成AIの導入が進んでいる。

 生成AIによる電力不足の懸念も中国では当てはまらない。中国の生成AIは海外ではあまり使われず、中国でのみよく使われる。世界では生成AIの処理による電力不足が懸念されていれるが、中国では米国に比べてAIによる電力不足は危惧されておらず、今後も電力貯蔵量を増やし、電力需要に対して大きく余るほどの電力貯蔵量となることを目指している。つまり、中国でもAIによる電力消費量が増えているとはいえ、利用は地域限定的であり、米国のような電力不足の懸念はないとみられる。

 生成AIは、米国でも中国でも同じように利用できる。だが、より深く見てみると、汎用的なサービスを世界展開する米国と、自国の既存のサービス向けに特化した中国で、生成AIの利用用途や利用範囲が異なっており、それぞれ別の道を進んでいると言っていい。生成AIやハードウェアの基本性能だけで比較はできないが、一つ言えることは、中国の生成AIが世界市場で米国のそれ以上の人気となることは当面ないだろう。

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