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【25-111】エンボディドAIの開発を支える"ロボット開発共通基盤" D-Roboticsが示す方向性

2025年12月04日

高須 正和

高須 正和: 株式会社スイッチサイエンス Global Business Development/ニコ技深圳コミュニティ発起人

略歴

略歴:コミュニティ運営、事業開発、リサーチャーの3分野で活動している。中国最大のオープンソースアライアンス「開源社」唯一の国際メンバー。『ニコ技深センコミュニティ』『分解のススメ』などの発起人。MakerFaire 深セン(中国)、MakerFaire シンガポールなどの運営に携わる。現在、Maker向けツールの開発/販売をしている株式会社スイッチサイエンスや、深圳市大公坊创客基地iMakerbase,MakerNet深圳等で事業開発を行っている。著書に『プロトタイプシティ』(角川書店)『メイカーズのエコシステム』(インプレスR&D)、訳書に『ハードウェアハッカー』(技術評論社)など
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 中国の人型ロボット開発ブームが注目される中、関連する部品・技術も進化している。その一つがAI開発ボードだ。世界的にはNVIDIAが最大手で、今の中国の人型ロボットもほぼNVIDIA製品を搭載しているが、ロボットに最適化したAIボード製品も続々と登場している。その一つが深圳に本社を置くD-Robotics(地瓜機器人)製のボードだ。

 2025年11月、深圳で開催された「DDC 2025 地瓜機器人開発者大会」は、エンボディドAI(具身知能)分野での現在の熱気を象徴するイベントとなった。

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開発者大会には多くのロボット企業が参加した。(筆者撮影)

 開催初日の基調講演で、D-Robotics最高経営責任者(CEO)の王叢氏は、「昨年は200人規模だった開発者大会が、今年は600〜700人規模になった」と語り、ロボット応用開発の急速な盛り上がりを指摘した。

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開発者大会で登壇した王叢氏。(筆者撮影)

 人型ロボットの量産が視野に入る「元年」と言われた2025年、同社の発表内容は、エンボディドAIの社会実装を支える基盤づくりが本格化していることを示している。

車載AIからエンボディドAIへ―D-Robotics誕生の背景

 D-Roboticsの背後にあるのは、車載AIチップで知られるHorizon Robotics(地平線)である。同社は長年、ADAS(先進運転支援システム)向け「Journey」シリーズを中心に自動運転分野をけん引してきたが、ロボット領域は車載とは異なるAIの仕様が求められる。たとえば3Dの空間を認識してモノを掴む、音声で受け答えをするなどだ。そこで2024年、Horizon Roboticsはロボット向け事業をD-Roboticsとして切り出し、エンボディドAIに特化した開発基盤の拡張に乗り出した。ハードウェアとしてのAIボード、ROSなどのソフトウェア、そしてコミュニティの3つをあわせて開発基盤と呼ばれている。

 両社は依然として密接で、王氏は「双子の兄弟のような関係」と説明する。車載で鍛えられた発熱制御・信頼性・安全性基準をロボット向けにも転用しつつ、ソフトウェア環境やツールチェーンの共通化により量産規模の価格競争力を確保し、ロボット向けの機能を追加していくという戦略である。

 D-Roboticsが提供する中核製品は、RDK(Robotics Developer Kit)シリーズだ。なかでも、2025年に登場したRDK S100ボードは、最新のJourney 6 SoCを搭載し「算控一体化(知能処理と運動制御の一体化)」を実現した初のロボット開発キットとして注目を集めている。

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多くの中国製人型ロボットがD-Roboticsの製品を採用している。NVIDIAの製品をメインに使い、カメラのステレオ処理をD-Roboticsで行うなど、補助的に使用している企業も多い。(筆者撮影)

推論特化型アーキテクチャの優位性―GPUとは異なる選択肢

 エンボディドAIが現実世界で機能するには、視覚認識や言語理解、意思決定を消費電力とコストを抑えた形で端末側に載せる必要がある。一方で学習はサーバ側で行うので、ロボットに載っているチップで行う必要がない。D-Robotics(Horizon)のAIチップがGPUとは異なる強みを発揮するのは、こうした推論処理に特化したチップのアーキテクチャとソフトウェアを同時に開発することによる、自動運転やロボット制御に向いたAIハードウェアだ。

 AI処理に最適化したチップをNPU(Neural Processing Unit)と呼ぶが、D-Robotics(Horizon)はBPU(Brain Processing Unit)と呼称している。Journey 6に搭載されるBPUは、ONNX準拠の160以上のオペレータ(演算子。AIモデルが計算する時の部品)をハードウェアで高速処理できる。Transformer系モデルで重要となるLayernormやSoftmaxなどもBPUにより最適化され、ネットに繋げない状態で、ロボット単体での大規模言語・視覚モデルの動作を可能にしている。

 もう一つ、注目すべきはその"サイズ"である。Journey 6はTSMC 7nmで製造され、80〜128TOPS級の推論能力を持ちながら、ダイサイズは80平方ミリ前後に抑えられている。NVIDIAなどのGPU系SoCと比較して1/5以下の面積であり、半導体製造コストの観点からは圧倒的な価格優位を持つ。AI計算を大量にロボットへ搭載する量産局面において、これが大きな意味を持つ。

"大小脳協同"がエンボディドAIを支える―認知と運動の統合

 王氏の講演で最も印象的だったテーマの一つが、エンボディドAIに必要な"大小脳"の設計思想である。人型ロボットに代表されるエンボディドAIでは、「考える」と「動く」が密接に結びついており、認知処理と運動制御を別々のプロセッサで扱うと遅延が大きくなる。その課題に対して、D-Roboticsは「単一SoC上に大脳(認知)と小脳(運動制御)を統合する」アプローチを採用した。具体的には、制御を行うマイコン/MCU部分と、高度な処理を行うCPU部分を、BPUとともに一つのSoCにまとめた設計だ。

 大脳はA78AE CPUとBPUが担い、視覚推論、VLM/LLM、タスク計画など高次の知能処理を行う。一方、小脳にあたるR52+MCUは、関節モーターの制御やバランス維持など、ミリ秒単位のリアルタイム処理を担当する。RDK S100は、この連携を一つのチップ内で実行することで、従来困難だった「考えながら動く」ロボット動作を実現している。

 講演では、衣類折り畳みの模倣学習モデル(ACT)を組み込んだ双腕ロボットのデモが紹介された。BPUによる高速推論とMCUの低遅延制御により、CPU処理時に比べ数百倍高速な動作が可能になったという。

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来年に発売を予定しているS600はさらに高機能のシリーズとなる。(筆者撮影)

一言でロボットが動く時代へ―統合開発プラットフォームの登場

 今回のDDC 2025で大きな反響を呼んだのが、D-Roboticsが発表したワンストップ式プラットフォーム「地瓜機器人一站式開発平台」である。データ生成、ラベリング、モデル訓練、シミュレーション、エッジデプロイまでを一貫して提供し、ロボットが学習データに基づいて動き、結果をもとに改善する一連の流れをサポートするプラットフォームだ。

 ソフトウェアやアルゴリズムはほとんどがオープンソースで提供され、同社はこうした開発環境の整備に多大なリソースを投じている。

 とくに注目を集めたのが、開発者向けアシスタント「RDK Agent」である。副社長の胡春旭氏は、ステージ上でコードを書く代わりに「双目カメラで物体を識別するコードをつくって」と一言入力し、Agentが300行規模のコードを自動生成する様子を実演した。胡氏は「開発者が汗を流す99%を我々が肩代わりし、1%の創造性に集中してもらう」と語り、ロボット開発の敷居を大きく下げるビジョンを示した。

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開発者プラットフォームやコミュニティの重要さを強調する王叢氏。(筆者撮影)

 このワンストップ式プラットフォームは、大規模企業だけでなく中小開発者・大学・スタートアップも対象としている。D-Roboticsはすでに20カ国以上で10万人超の開発者を抱え、500以上のチームに支援プログラムを提供しているという。

人型ロボットの普及を支える"縁の下の力"へ

 エンボディドAI市場は2025年に中国だけで530億元規模に達し、人型ロボットの市場規模も世界の半数を占めると予測されている。しかし、本格的な家庭普及にはまだ時間がかかるとの指摘もあり、コストと技術成熟度が課題として残る。

 そのなかでD-Roboticsが担う役割は、エンボディドAIの"母生態(Mother Ecosystem)"となる基盤づくりである。車載グレードの信頼性と推論特化型チップ、大小脳協調アーキテクチャ、そして開発者コミュニティと情報共有プラットフォーム。これらを通じて、多様なロボット形態が実際の製品へと結びつく道筋を提供している。

 王氏は講演の中で、「ロボット開発における"車輪の再発明"をなくしたい」と語った。エンボディドAIの大時代が始まる中、こうしたオープンソースの技術開発をベースにしたプラットフォーム整備が、ロボット技術を一部の企業から広範な開発者へと開放していく。D-Roboticsの動きは、ロボット産業の基層を支える存在として、今後ますます重要性を増していくと考えられる。


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