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【25-118】軽快に走って踊るUNITREEのヒューマノイドは中国でなぜ売れるのか

2025年12月25日

山谷剛史

山谷 剛史(やまや たけし):ライター

略歴

1976年生まれ。東京都出身。東京電機大学卒業後、SEとなるも、2002年より2020年まで中国雲南省昆明市を拠点とし、中国のIT事情(製品・WEBサービス・海賊版問題・独自技術・ネット検閲・コンテンツなど)をテーマに執筆する。日本のIT系メディア、経済系メディア、トレンド系メディアなどで連載記事や単発記事を執筆。著書に「中国のITは新型コロナウイルスにどのように反撃したのか?中国式災害対策技術読本」「中国のインターネット史:ワールドワイドウェブからの独立」(いずれも星海社新書)など。

 2025年、中国のテクノロジー分野ではヒューマノイド(人型ロボット)がしばしば話題となった。ハイテク系展示会のたびにロボットが新しい動作をして話題を振りまき、マラソン大会ほか各種スポーツ競技を競う運動会なども話題になった。そのきっかけは、春節の大型番組「春晩」での複数の人とヒューマノイドによるパフォーマンスだった。

 パフォーマンスで話題の中心となったロボットメーカーは、浙江省杭州市に本社を置くUNITREE(宇樹科技)であり、同社はヒューマノイドの低価格化にも積極的でこれも話題を呼んだ。3万元(1元=約22円)まで価格を下げて人々に驚きを与えたが、まだまだ成長過程の製品なので2026年も間違いなく値段は下がるだろう。

 これについて、多くの人が次のような疑問を持つだろう。なぜ中国ではヒューマノイドができて、日本ではヒューマノイドができないのか。日本はロボットを構成する部品については、長い間作り続けた経験があり、計算上、最適な製品を上回るほどデザインがよく、壊れにくく性能がよい。その高品質ゆえに中国産製品ではなく日本産製品に依存する中国企業も多くある。だが、ヒューマノイドそのものとなると、日本は中国の後を行く。

 ロボットは「周囲の環境をセンサーやカメラで把握」「やるべきことからどう動くかを考える」「各部品のアクチュエータ(動作する部分)に伝達して動く」というステップで動く。2番目の考える部分は近年、生成AIにより成長が目覚ましく、ヒューマノイドの動きが大きく改善しているが、日本はこの分野などで開発が遅れている。なぜかというと、特にパフォーマンスメインのヒューマノイドについては、非実用的でそれだけでは採算が取りにくく、資金力や人材が潤沢でない場合は後回しになりがちだ、と聞く。以前の本田技研工業のASHIMOしかり、最近ではトヨタ自動車しかり、リソースのある企業だからこそ開発する余裕があり、そうでなければ開発しづらい。

 UNITREEはロボットの中でも「魅せる」方面に注力したスタートアップ企業だ。中国のヒューマノイドは皆同じ路線で競っているわけではなく、たとえば深圳のUBTECH(優必選科技)は工場の生産ラインはそのままに、人との置き換えを目的としたヒューマノイドの実践投入が進んでいる。企業に納品しているので、ほこりや油が舞う工場内の環境でも動くよう、工場での稼働のフィードバックが行われ、製品の改善が進んでいる。UBTECHは日本のロボット業界が目指したい実用的なヒューマノイドではあるが、ならばなおさら、パフォーマンス目的メインのヒューマノイドリリースに注力するUNITREEが特殊に思える。

 そこで新たな疑問が出てくる。UNITREEはどうしてパフォーマンス目的でやりくりできているのか。

 答えは研究や教育市場のパイの大きさにある。同社のヒューマノイドや四足歩行ロボット製品に対しては、清華大学、中山大学、南方科技大学、浙江理工大学、北京航空航天大学といった中国各地の大学に加え、研究所やメディアのほか、エネルギー、ヘルスケア、消防など各種政府機関などからの購入が多数ある。2025年だけでも92件の落札があり、これは2024年の38件の2.4倍に相当し、落札額は数十万元から数百万元と売上高が大幅に増加している。例えば同済大学は研究・教育用途でUNITREEのヒューマノイド10台を825万元で購入している。広州のエネルギー企業が高負荷四足ロボットによる変電所検査をベースとした技術開発用途で、浙江省では消防救助隊が火災偵察ロボットの開発に着手するために、UNITREEのロボットを購入している。

 大学が主な顧客で、そのほとんどが10万~50万元程度の規模ではあるものの、その落札数から合計でかなりの売上額を記録している。大学や研究所はまず、政府の五カ年計画などで定められたロボットの研究ミッションがあり、そのベースの上でロボットのスペックや価格から購入を決める。つまり話題性で決めるわけではないため、「春晩」のパフォーマンスと大学や研究所の購入とは関係性はない。

 では、「『春晩』の放映により投資家が投融資したことでUNITREEは生かされた」という仮説はどうか。中国のテック企業でよくあるのが、赤字続きではあるが、投資家から投融資を受けたり上場したりすることで資金を増やし、時間をかけて黒字化を目指すというもの。たとえばシェアサービスや無人コンビニがそうだった。「春晩」のパフォーマンスで投資家がUNITREEのヒューマノイドに関心を持ち、投融資に繋がったのではないか、という仮説だ。

 たしかに今年上半期だけでも、中国のヒューマノイドロボット業界では約70~80件の資金調達が行われ、総額は100億元を超えた。2025年のヒューマノイドロボット企業への資金調達の急増は、「春晩」の番組放映に関連していて、ヒューマノイドロボットが専門的な話題から全国的な話題へと躍進し、投資家の関心が高まった。ただUNITREEについては、今年Cラウンドで資金調達を受けているが、Cラウンドともなると、投資家や投資機関が興味があるからといって投資できる状況ではない。したがって「『春晩』の放映により投資家が投資したのでUNITREEは生かされた」という仮説は正しくない。ただし、次期資金調達や上場前の評価材料として活用されることは十分にありうる。

 では、「春晩」やロボット運動会はUNITREEをはじめとしたヒューマノイド企業の売上や資本調達と無関係かというと、そうではない。多くの人が認知したことで、ヒューマノイドを導入して注目を浴びてビジネスに繋げたい、あるいは使ってみたいという人々が急増した。そうしたニーズに応え、デジタル製品をレンタルする企業がヒューマノイドを仕入れ、その結果、品切れになるほどUnitreeのヒューマノイドが人気となった。デジタル製品のレンタル業者は中国に多くあり、中国内外の人気製品を素早く体験する際、ファーストユーザーはレンタル業者から借りる人も少なくない。ロボットのイベントや大会のたびに披露すると話題となり、そのたびにレンタル業者へのレンタル依頼が発生する。そうしたことからも、コンスタントなパフォーマンスと新しい動作披露は欠かせない。きっと来年の「春晩」にも視聴者を驚かせる仕掛けをしてくることだろう。

 日本ではソフトバンクの店でロボットの「Pepper」が声をかけていた。同じことを中国で行うと客寄せ効果があり、広告効果があるのでレンタルニーズがあり、ヒューマノイドが売れるという構図だ。そうした習慣の違いもパフォーマンス主軸のロボットが売れるか否かに影響しているのだ。


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