【26-010】日本人研究者が語る中国経験インタビュー
「中国における植物科学研究の現状」 岡山大学資源植物学研究所・河野洋治教授
JSTアジア・太平洋総合研究センター 2026年01月30日
センターでは、中国の研究環境や近年の研究開発力の急速な発展要因等に対する理解を深めるため、中国で研究経験のある日本人研究者へのインタビューを実施した。今回は、岡山大学資源植物学研究所の河野洋治教授にお話を伺う機会を得た。
河野洋治:岡山大学資源植物学研究所教授
略歴
奈良先端科学技術大学院大学にて博士号(バイオサイエンス)取得後、名古屋大学大学院医学系研究科での博士研究員の後、2005年4月より獨協医科大学にて助教として勤務。奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス研究科助教を経て、2015年1月から2019年12月まで、中国科学院(Chinese Academy of Sciences)分子植物科学卓越創新中心(CAS Center for Excellence in Molecular Plant Sciences)上海植物逆境生物学中心(Shanghai Center for Plant Stress Biology)にてジュニアグループリーダー、Principal Investigatorとして勤務。2020年1月より現職。専門分野は、植物分子生物学、植物免疫学。
1.中国で研究を行うことになった経緯
● 応募のきっかけ
2014年頃、求職していた際にNature Careersという研究者向けの求人検索サイト経由で応募したことがきっかけだった。
応募書類は、CV、Statement of experiences、 Future Research Interestsと推薦状3通であった。日本のように決まった様式はなく、ページ数も制限はない。欧米で申請するのと同様の形式であった。
着任したのは2015年1月だったが、当時はまだ中国人研究者は欧米への留学が主なキャリアパスであったため、中国国内に留まる優秀な研究者は少なかった。そのため、中国国内でのアカデミックポジション取得の競争が比較的緩やかだったことから採用に至りやすかったと思われる。また、上海植物逆境生物学中心には既に私と同分野の日本人研究者が4名在籍していたことも、心理的な安心につながった。
● 採用、着任までのプロセス
採用に当たっては、公開シンポジウムと非公開の審査委員とディレクターとの面接が行われた。申請から2ヶ月程でインタビューがあり、3ヶ月程度で採用決定という迅速なプロセスだった。中国の研究所では、ディレクターが人事権を含む強い権限を持っており、トップの意向が明確に反映される仕組みになっている。
また、日本とは異なり、使用できる校費(研究所から各研究者に配分される自主財源による研究費)の額、年俸、契約期間、ポジション等の詳細を含む契約書が赴任前に締結された。私は、日本も赴任前に雇用に関する契約書を取り交わすべきだと考えている。
ビザ取得等の渡航準備については、研究所の人事部門が支援した。ビザについては一旦短期滞在ビザで入り、すぐ切り替える形だった。研究に関する準備は、個人研究費で秘書を雇用し、立ち上げを行った。
引っ越し費用のサポートがあったが、機器の電圧が日本と違ったため、ほとんど持って行くことができず、PCや最小限の機器を送ったのみであった。
上海植物逆境生物学中心は、研究が円滑に進む体制が整備されていた。そのため着任後、2年目には研究室を日本にいた頃と同程度まで立ち上げることができ、非常にスピーディに研究を推進できた。
会計の手続きや出張申請、RI施設の使用申請等は、日本とほぼ同様で、着任前に想像していたよりも厳密に管理されていた。
● 研究テーマや研究計画の自由度
Principal Investigator(准教授、教授)の立場で独立して研究室を運営できたため、研究テーマに関しては自由で、特に指定されることもなかった。
2.中国での研究環境の実態
● 年間の研究費
研究費としては、校費と外部の競争的資金を使用した。競争的資金は五年間の在任期間中に、中国版科研費である中国国家自然科学基金委員会(NSFC)を2件、中国科学院内の海外人材招へい制度である百人計画を1件、中国科学院内の研究プロジェクトBを1件、合計4件を獲得した。
中国版科研費であるNSFCの予算は、日本の同種の科研費とほとんど変わらない程度であった。また、その採択率は、私が上海植物逆境生物学中心に在籍した当時は25%程度で、採択率も日本の科研費と同程度であった。しかしながら、コロナ禍後、中国人研究者が中国国内に留まる傾向が強くなり、それに伴いNSFCの採択率が10%程度まで低下しており、現在は日本より競争が厳しいと個人的には感じている。
研究費の使用ルールも日本とほぼ同様で、着任前に想像していたよりも厳密に管理されていた。
● 必要経費など
上海植物逆境生物学中心から配分された校費は、現在、私が岡山大学から配分されている校費よりも高額であったが、その中から高額なスペースチャージや電気代等が差し引かれた。日本との決定的な違いは、学生にも給料を支払う点で、修士課程で月6万~8万円、博士過程で月10万~12万円を支払っていた。尚、中国科学院と比較すると一般大学での学生の給与はかなり低いと聞いている。配分された校費は多かったが、必要経費として出る額も多いため、中国と日本で使用できる私の研究費に大きな差はないと感じている。
校費や給与は、基本的には契約内容に準じるが、良い論文の発表など良い実績をあげた際に、ディレクターと交渉することも可能であった。
● 研究以外の業務と教員・研究者と事務職員の関係
中国科学院は日本の理研に相当する公的研究機関であるが、その傘下に高等教育機関である中国科学院大学があり、通常の大学で行うような博士前期課程の授業も行っていた。しかし、研究者が研究に専念できる環境で、教育負担はほとんどなく年間授業は10時間以下であった。
事務トップ(日本の事務長に相当)は、修士号を保有しており、研究所運営に強い権限を持ち重要な役割を果たしていた。数年で事務長が交代する日本型の事務運営では、事務方がこのように強い権限と責任を持って研究所運営に携わるのは困難だと思われた。
古い大学では、研究者が行うことと事務方が行うことが明確に線引きされている場合がある。新しい挑戦的なことを行おうとすると、「先生側で対応してください」と事務側に対応されることもあり、研究者が多くの事務業務を兼ねざるを得ない。これは、ほとんどの事務業務を事務職に任せる中国との大きな違いであった。
● 研究評価について
ここ数年で、中国国内での競争が激化し、トップの大学や研究所を中心にNature、Cell、Scienceといったトップジャーナルでないと評価されないような風潮になってきている。五年ほど前は、前述の雑誌の姉妹誌でも評価されていたが、今は評価されなくなりつつある。
例えば、准教授として独立した研究室を持ちたいと思うとNatureかCellもしくはScienceが1本、あるいは、その姉妹紙が3.5本くらい必要になる。日本でそこまでの業績を上げられる人は僅かであるが、中国では30代半ば前後でそれくらい評価が高い論文を書いて独立する人が多い。40歳ではかなりシニアな研究者という印象である。
日本では稀に良い論文を出しても独立したポジションが得られない人もいるが、中国で良い成果が出ているのにしかるべきポジションに就いていないという人は知らない。論文業績がある人が良いポジションを得る可能性は、日本より高いかもしれない。
● 研究に対する取り組み方の変化
中国においては、次第に研究がより本質を追求する方向に変わってきている。2010年以前であれば、例えばAという植物を対象に研究を行った後、今度は対象をBという別の植物に置き換えて類似の研究を行うといった、本質追究に必ずしも直結しない研究も多かった。しかし、最近は、重要な問題に対して正面からアプローチする論文が増えている。論文のインパクトファクターだけでなく、研究課題そのものの質も劇的に向上している。
中国と日本を含む海外との一番の違いは、ハードワークをいとわない姿勢ではないかと思う。2025年の段階でも、一日12時間以上の研究を週6日行うような研究室がまだ多くある(このような働き方が良いかはここでは議論しない)。本質的なクエスチョンに対して圧倒的なマンパワーで取り組んでくるので、こうなると日本を含む海外は勝てないということになる。
● 研究設備について
上海植物逆境生物学中心には共用の研究設備・機器が整備されたコアファシリティがあり、専門的バックグラウンドを持つ技術員が配置されていた。例えば、顕微鏡、シーケンサー、質量分析装置、計算資源などが共同利用の仕組みで運用され、利用しやすい体制が整っていた。こうした点で日本は遅れを感じることがある。最近、この問題点に対して日本国内でも改善は進められているが、人件費の確保や保守に関して制約が存在し、これらの改善が重要である。(※1)
● 日本と異なるしくみやルールなど
中国版科研費であるNSFCの申請書を英語で書いた方がよいのか、中国語で書く方がよいのかという議論が外国人研究者のなかにもあった。自分は全部英語で記述し、NSFCに3度申請して2度採択された。前述したように、昨今のNSFCの競争激化に伴い、言語選択の重要性は変化しているかもしれない。
全体として、外国人に特に不利な仕組みがあったかというと、そうしたことは無かったように思う。
● 研究面、生活面で困ったこと
研究環境は日本と大きな違いはなく、日本と同様に研究を進めることができた。私が所属した研究所には日本人研究者も多く、研究環境は良好であった。唯一大きな問題となったのは、欧米メディアへのアクセスを制限するグレート・ファイアウォール程度であった。中国人研究者は、グレート・ファイアウォールを回避するためにVPN(仮想専用線)をあまり使用せず、中国国内のコミュニティ内で完結しているようである。
帰国は2019年12月末であり、この時期はCOVID-19の影響がまだ限定的で、渡航禁止は未実施だった。2020年1月1日に岡山大学に着任したが、もし着任日が2020年4月1日であったら、帰国時期がずれ中国から1年以上は帰国できなかった可能性が高い。まさかコロナ禍のようなことが起きるとは思わなかった。予想外のことが起きたときに困らないように、もしやりたいことがあるならば、出来るうちに早くやっておいた方が良いと思った。
3.中国でのSTIエコシステムを巡る動き
● 当該研究分野の中国における位置付け
植物科学分野では研究の中心が中国に移りつつあり、この分野のアクティブな研究者の約半分が中国人のような印象すらある。米国で植物研究を行う困難さや、中国での研究環境が劇的に向上し、中国人研究者が中国国外に出るインセンティブが低くなっている。その結果、中国国内での競争が激化している。かつては、中国国内でポジションを取るためには欧米での留学経験が必須であったが、海外に出なくても良い論文を書いて成果さえ出せば中国国内でポジションがとれるようになってきている。
中国は学術誌の育成においても戦略的である。一例として、植物科学分野の学術誌「Molecular Plants」が挙げられる。約15年前には、日本植物生理学会が発行する「Plant and Cell Physiology(PCP)」とインパクトファクターが同程度であったが、現在では、インパクトファクターがPCPの約4倍となり、「Nature Plants」のインパクトファクターをも上回るまでに成長した。その成功の背景には、著名なパブリッシャーであるCell Pressの一員となり、編集者のリクルート、そして戦略的なプロモーション活動により、学術誌としてのステータスを段階的に向上させるという計画的な取り組みがあった。
● 中国内での情報流通
情報流通の仕組みにおいても、中国は独自のエコシステムを構築している。例えば、一定の評価を得ている学術誌に論文が掲載されると、中国版lineであるWeChatでそのプレスリリースが学生や研究者の間で広く共有される仕組みが確立されている。日本の学術機関誌の中にも中国語の要旨の発行を検討しているところがあると聞いたことがある。世界のアクティブな植物科学研究者の約半数が中国人研究者であることを考えると、中国語による情報発信を行わない場合、トップジャーナル以外の学術誌は中国の研究コミュニティにおいて十分に読まれない可能性がある。
● 中国のSTIエコシステムにおけるCASの役割
中国科学院は、中国の科学技術イノベーション(STI)エコシステムにおいて中核的な役割を担う、世界最大規模の研究機関である。100以上の研究所から構成され、約6万人の職員を擁し、年間予算は約1兆円規模に達する。その規模は日本の理化学研究所の約10倍に相当する。中国科学院は、単なる研究機関にとどまらず、中国のSTI政策を実行に移す中心的なプラットフォームとして機能している。基礎研究から応用研究、さらには産業化に至るまで、幅広い領域をカバーし、国家の科学技術戦略を牽引している。
● スタートアップや民間企業の状況
イノベーション創出の観点では、中国ではバイオ関連のベンチャー企業が雨後の筍のごとく次々と誕生し、激しい市場競争を通じて自然淘汰が進んでいる。例えば、私が知る限りでは、ゲノム編集や遺伝子組換え技術を使える日本企業は2社にとどまるのに対し、中国では多数の民間企業が参入している。電気自動車(EV)市場と同様に、熾烈な競争による淘汰を経て、最終的に競争力の高い企業が残るという産業構造の形成が予想される。
AIの導入も加速している。植物学分野に特化したLLM(大規模言語モデル)として、例えば「ChatGPT Plants」のような試みが既に複数見られる。日本では同様の動きを耳にしていないが、有用遺伝子の候補予測などの情報をLLMで集約し、中国国内でのみオープンに共有する仕組みが整えば、研究効率や意思決定の速度において大きな差が生じかねない。こうした取り組みを30代の若手研究者が主導している点も印象的で、スピード感と推進力の違いを強く感じる。
4.中国での研究経験を踏まえた日本の研究システムへの提案・要望等
研究環境が「自分の息子や娘にも勧められるものか」という視点を一つの判断基準とし、研究システムの改善を進めるべきである。現在、若手研究者を中心に研究環境改善の取り組みが進んでいるが、その若手も15年後にはシニア研究者となる。若手からシニアに至るまで、キャリア形成とポストの安定を切れ目なく支える仕組みが必要である。
また、トップ層や特定分野に競争的資金を集中させるだけでは、日本全体の研究力は高まらない。将来の成果が確実に見える研究だけを選び抜くことはできず、「当たる宝くじだけを買う」ことは不可能だという現実を踏まえる必要がある。実際、この20年間、選択と集中が進んだにもかかわらず、日本の研究力は低下してきた。研究力という「山」の高さは、裾野の広さによって支えられる。近年の日本サッカーの成功に学び、裾野の広い研究基盤を育てることが重要である。そのためには、競争的資金の拡大に偏るのではなく、大学が柔軟に活用できる運営費交付金として、安定的に資金を供給することが欠かせない。
以上
(※1)日本においても、国の「研究設備・機器の共用推進に向けたガイドライン」やJSTの「コアファシリティ構築支援プログラム」により、優れた研究設備・機器を戦略的に導入・更新・共用する仕組みを強化(コアファシリティ化)するとともに、研究設備・機器のサポート・維持管理に必要不可欠な技術職員の組織的な育成・確保に取り組んでいる。
(インタビュー記事にある意見や見解は研究者個人のものであり、所属機関の見解を示すものではない。)
【聞き手・構成】
JSTアジア・太平洋総合研究センター
光盛史郎(フェロー)、松田侑奈(フェロー)、横山聡(副調査役)