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【23-01】【調査報告書 】『中国の"製造強国" 政策と産業・科学技術』

2023年04月20日 JSTアジア・太平洋総合研究センター

書籍イメージ

 科学技術振興機構(JST)アジア・太平洋総合研究センターでは、調査報告書『中国の"製造強国" 政策と産業・科学技術』を公開しました。以下よりダウンロードいただけますので、ご覧ください。
https://spap.jst.go.jp/investigation/report_2022.html#fy22_rr03

 

エグゼクティブ・サマリー

 本書は、2022年度調査研究会「中国の"製造強国"政策と産業・科学技術」の報告書である。「製造強国」政策に関連する産業・技術分野を中心にケーススタディを行い、個別分野の今後について具体的な予測を試みることを目指した。最初の問題意識と産業の選択、ケーススタディで得られた具体的知見については、序章(大西康雄)で総括し、それらの有する示唆を整理しているが、下記においてエグゼクティブ・サマリーとして紹介する。

 第1章(真家陽一)は、「製造強国」にかかわるマクロの政配置を論じている。第1は、通商政策分野である。FTA 拡大など「攻めの政策」と経済安全補保障法制整備など「守りの政策」がある。第2は、産業政策分野である。「専門化、精細化、特色化」をキーワードとした企業育成策が進められている。第3は、外資政策の活用、第4は、対外貿易の質の向上である。産業チェーン、サプライチェーンの国際的ネットワークの強化が引き続き重視されている。

 第2章(苑志佳)は、半導体産業振興政策の成否を正面から取り上げている。産業条件、市場条件、分業条件、市場条件、政策条件の4分野16項目に対してポイントを与え、得点合計で発展の可能性を判定する作業を行っている。同産業の発展条件は高いといえそうだが、弱い要素の中に製造装置や人的資本、支援産業などカギを握る要素が含まれていることが問題である。また、米中摩擦によって、半導体産業の特徴である国際間分業が分断されていることは決定的に不利な条件となっている。

 第3章(金堅敏)は、智能製造(AI化製造)の推進政策の現状とロールモデル(事例) を分析し、そこから得られる示唆について検討している。当該分野で中国は、先進諸国並みに進んでいるネット技術、デジタルイノベーションをテコとしてスマート製造に至るプロセスの短縮を企図したことが特徴的である。国際的標準である「グローバルライトハウス」でみても、中国はすでに先進的事例を産み出していることが注目される。

 第4章(丸川知雄)は、「大きいが強くない」産業であった自動車産業が、地道な努力と新エネルギー車によって輸出を拡大し、生産台数、輸出台数ともに大きな「強い産業」に育っていく過程を分析している。特徴的なのは、第1 に、新興(後発)メーカーの果たした役割が大きかったことである。第2には、政府の産業育成策がこうした趨勢にうまくマッチしたことである。新エネルギー車産業では、車の特性に応じて製造業システムの革新が起きている事実も紹介されている。

 第5章(張紅詠)では、今や世界最大規模となった中国の産業用ロボット市場と同産業を分析する。現状では、市場における国内生産比率はまだ低いものの、すでに産業用ロボットを輸入する一方、輸出もする段階に達していることが確認される。産業の現状をみると、国内企業は日本をはじめとする外資系企業に売上高、設備投資、研究開発投資ともにキャッチアップが進んでいる。政府による補助金が急増していることがプラスに働いている。一方、コア技術・部品およびハイエンド製品における突破が達成されておらず、国際

先端レベルとはまだ差が残されていることは課題といえよう。

 第6章(高口康太)は、データ産業に注目する。同産業は製造業とはいえないが、データが生産要素として位置づけられるなど、政府の認識は進化している。IT プラットフォーマー企業に代表されるように、この分野では「野蛮な発展」が続いたが、現在は政府の規制が強化され、データの保護・利用環境を改めて整備する段階となっている。また、個人データとは別に産業データを活用する動きが注目されるようになっている。同産業の今後を考える場合、「データの収集、権利者の確定、定価の設定、取引の場」がポイントとなる。本章では、全国で実験が始まっているビッグデータ取引市場に一つの可能性を見出して現状を紹介している。

 第7章(倉澤治雄)は、基礎研究分野における中国の実力を頭脳循環=人材交流という視点から概観したうえで、今後、科学技術覇権の重要な舞台となることが予想される宇宙・原子力開発分野の動向を紹介している。宇宙開発は全方位的に進められており、月・火星探査などで米国と競い合う構図となっている。原子力分野でも中国は急速にプレゼンスを拡大している。国内においては多数の原発を建設し、原子炉の輸出にも力を注いでいる。原発建設では課題も抱えるが、「原発大国」中国の動向は無視できないものとなっている。

 第8章(高橋五郎)は、ゲノム編集食品等の研究開発の現状把握と課題の整理を試みている。PCT(特許協力条約)ベースの公開特許件数ではまだ米国に及ばないものの、競い合う関係となっている。本章では、当該分野の研究開発体制の紹介が行われているが、国立系統の研究機関、大学の陣容は印象的である。また、研究・技術特許保護体制について分析している。2020 年に行われた「特許法」改正で、いわゆる秘密特許の条項が加わっており、我が国の「経済安保法」が目指すのと同様の体制がすでに整備されている。

 第9章(本橋たえ子)は、「製造強国」の重点分野筆頭とされている「次世代情報通信技術」のうち「5Gモバイル通信技術」について、その実装領域であるスマートフォン、ICV(コネクテッドカー)をケースとして、知財保護法制の整備・運用動向を整理、分析している。興味深いのは、標準必須特許(SEP)をめぐる行政処罰・調査事案の調査から、処罰・調査は全て外国企業に対して行われており、そこには国内企業保護の狙いがあったのではないかとしている点である。また、「禁訴令」を巡る中国と外国の司法的対立を指摘し、今後の推移に注目すべきであるとしている。

 以上、各章の分析によって、「製造強国」政策の下での中国の産業・技術の実態に関して新たな視角を提供できたと考える。今後は、さらに問題意識を深め、日本の産業・技術政策への具体的示唆を得ることを目指したい。