【24-01】【調査報告書】『中国の"科技強国"戦略と産業・科学技術イノベーション』
2024年03月26日 JSTアジア・太平洋総合研究センター
科学技術振興機構(JST)アジア・太平洋総合研究センターでは、調査報告書『中国の"科技強国"戦略と産業・科学技術イノベーション』を公開しました。以下よりダウンロードいただけますので、ご覧ください。
https://spap.jst.go.jp/investigation/report_2022.html#fy23_rr02
エグゼクティブ・サマリー
本書は、2023年度調査研究会「"科技強国"を目指す中国の産業・科学技術イノベーション」の報告書である。「科技強国」を最終目標としてイノベーション力の強化を図る中国の産業・科学技術政策、研究開発体制の分析や、個別産業・技術分野のケーススタディを行い、その現状確認を踏まえて今後を展望している。研究会の具体的知見については序章(大西康雄)で総括し、そこから得られた示唆を整理しているが、下記においてエグゼクティブ・サマリーとして紹介する。
第1章(大橋英夫)は、中国が経済発展方式を転換し、内需・消費主導型に移行するとともに成長の駆動力として科学技術イノベーションが重視されるようになっていると述べる。その上で、中国では「総体的国家安全観」が重視され、科学技術の「自立自強」体制確立が追求されていることを確認している。具体的政策手段は、(1)技術移転と外資導入促進、(2)企業買収(特に欧米企業のM&A)、(3)政府調達領域における外資規制強化、等である。ただし、こうした手段で「自主創新」イノベーションが達成されるか否かについては懐疑的な見方が示されている。
第2 章(白尾隆行)は、研究開発体制の特徴について正面から分析している。研究開発費の投入方式に焦点を当て、客観的データを用いて国際的状況と比較検討しており、先行例のない貴重な試みとなっている。まず、中国は、国際的に見ても競争的資金の割合が高いことが確認されるが、国家ニーズに応え目的指向型研究を重視する機関補助(非競争的資金)をより充実する政策に移行しようとしていると考えられる。さらに、競争的資金の現状について、中国の主要なファンディング機関である国家自然科学基金(NSFC)をみると、「国家ニーズから出発しボトルネックを解決する研究」が技術科学部門で半数以上、学際部門の管理科学では3分の2以上を占めており、目的指向型基礎研究の存在感が大きい。この背景には、中国共産党・政府が、基礎研究における主導性の確保を大方針としていることがあると見られる。
第3章(金堅敏)は、第1章が国家戦略の視点から科学技術「自立自強」を論じているのに対し、「自立自強」のイノベーション体制構築について、研究開発の現場に近い視点から論じている。第1には、海外からの導入が難しくなったカギとなるコア技術で突破を図るために、目標を明確化して内外のリソースを集中する「新挙国体制」が目指されている。第2には、「科技強国」実現のために基礎研究を起点とする研究開発体制全体を強化する必要があるが、一方では世界から先端的技術を導入し、他方では現在まだ中国が有さない技術開発を図るという「二軌道作戦」が取られている。本章では、こうした問題意識の下、生成型AIの開発と活用の状況についてケーススタディを行っている。
第4章(丸川知雄)は、半導体産業の現状に対する客観的評価を試み、従来にはなかった論点を提示している。第1には、中国の半導体政策は失敗を続けてきたとの言説に対して、現行政策は失敗から教訓を汲んだ側面も有するとしている。第2には、現行政策の柱をなす国家IC投資ファンドの投資活動は、投資として成功していることが明らかにされる。第3には、政策評価の一つの物差しとしてIC 国産化の成果を再検討し、国産化率25.6%との推計を示している。しかし、これをもって目標(2020年58%)未達とする議論に対しては、そもそも目標に対する国産化率の計算方法が定められていないこと、国産化というフィルターを外して見れば半導体産業自体は発展していること、5G通信インフラも世界一の水準にあることを指摘し、産業政策の最終評価は今少し待つべきではないか、と論じている。
第5章(張紅詠)では、第1に、産業用ロボット分野のイノベーション政策について、サプライチェーンを軸として分析している。産業用ロボット市場では、汎用ロボットは供給できているものの、重要部品・部材については輸入と国内の外資企業に依存している。現行政策については、サプライチェーンの各段階に対する政府補助は「中流」段階に手厚いものの、スマイルカーブ分析において付加価値の高い「上流」「下流」段階には不十分であることが指摘される。第2には、ロボット産業を経済安全保障の視点から分析している。現状は、「上流」段階から外部依存度が高く、ボトルネックを形成しており、同産業への補助政策の課題になっている、と結論付けている。
第6章(高口康太)では、民間(中小)企業の科学技術イノベーションに焦点を当てている点が他章と異なる。この領域におけるイノベーションは、必ずしも新規技術の開発によるものではなく、既存技術の実装によるものである。本章では、越境ECをケーススタディとしてその実態を分析している。注目されるのは、第1に、低コスト・短期間の開発によってC2M(カスタマー・ツー・マニュファクチャー)を実現している点である。第2には、スマイルカーブの両端への進出が目指されていることである。第3には、サプライチェーンを進化させていることである。本章では、こうした民間主導アプローチの成功例にも目を向けるべきだとしている。
第7章(後谷陽一)は、2000年代以降の日中両国企業の知的財産戦略に着目し、その違いが両者にもたらした影響を分析している。当時、日本企業は世界の多くの企業と同様に、技術開発について「オープンクローズ戦略」を取った。問題は、この過程で日本企業は、オープン化した技術分野で市場シェアと利益を減少させた一方、新規技術の取得コストがかかりすぎてプレゼンスを後退させたことである。他方、中国企業はオープン化された技術を無償利用して急発展することができた。その後、中国企業はIoTやAI分野の技術革新において競争力を強めている。日本企業はこうした状況に留意し、自らのビジネス戦略と知的財産戦略の融合を図っていく必要がある、というのが本章の提言である。
以上、各章の分析によって、「科技強国」を目指す中国における科学技術イノベーションの実態について新たな視角を提供できた。今後は、さらに問題意識を深めながら、推移を注視していく必要があると考える。