【25-02】【調査報告書】『中国の科学技術イノベーション政策』
2025年07月07日 JSTアジア・太平洋総合研究センター

科学技術振興機構(JST)アジア・太平洋総合研究センターでは、調査報告書『中国の科学技術イノベーション政策』を公開しました。以下よりダウンロードいただけますので、ご覧ください。
https://spap.jst.go.jp/investigation/report_2022.html#fy24_rr07
エグゼクティブ・サマリー
本稿は、2000年以降、とりわけ習近平政権における主要な科学技術イノベーション政策をまとめたものである。
第1章は「科学技術イノベーション政策の変遷」である。中国における科学技術イノベーション政策は、建国以降の国家戦略に深く根ざし、社会主義建設から現代の国際競争力強化まで、一貫して国の発展を支える重要な柱として位置づけられてきた。その歩みは、大きく六つの段階に整理される。
1949年から1977年にかけては、ソ連型の計画経済体制のもとで、国家主導の中央集権的な研究体制が構築され、軍需や基礎研究が重視された。1978年以降の改革開放期には、「科学技術は第一生産力」との認識の下、外国技術の導入や応用研究の拡大が進められた。1995年には「科教興国戦略」が打ち出され、教育と科学技術の一体的な強化を通じた国家競争力の向上が目指された。2000年代に入ると、自主イノベーション能力の強化が前面に出され、WTO加盟後の国際競争の中で、国内技術体系の確立が重視されるようになった。2012年の習近平政権発足後は、「イノベーション駆動型発展戦略」が国家の中核政策として位置づけられ、経済構造の転換を目指した高度な科学技術政策の展開が進んだ。そして2018年以降、米中対立など国際環境の変化を背景に、「自立自強による科学技術強国建設」が最重要目標とされ、技術のボトルネック打破とコア技術の国産化が政策の主軸となっている。
第2章は「主な科学技術イノベーション政策」である。上記のような歴史的文脈の中で、中国は複数の中長期的な科学技術政策文書を策定し、政策体系の精緻化を進めてきた。2006年に発表された「国家中長期科学技術発展計画綱要(2006~2020)」は、国家としての技術優先分野の選定と、それを支える資金・人材・制度の整備方針を示す最初の包括的計画であった。2016年には、知識経済への本格的移行を意識した「国家イノベーション駆動発展戦略綱要(2016~2030)」が策定され、イノベーションを新たな成長エンジンと位置づける方向性が明確にされた。さらに2024年には「改革のさらなる全面深化と中国式現代化の推進に関する決定」が発表され、研究資金配分の合理化、成果転化メカニズムの改革、研究機関の権限強化などが総合的に進められている。
第3章は「資金配分政策」である。資金配分制度については、2014年以降、非効率な資金の重複や縦割りを是正するための改革が段階的に実施されてきた。特に2015年以降は、国家重点研究開発計画などの統廃合を通じたスリム化と、成果志向型評価の導入が進められた。2021年には、中央財政科学研究費の柔軟な執行を可能にする方針が打ち出され、研究現場の自主性が一定程度認められるようになってきている。
第4章は「人材政策」である。人材政策の面では、国内外の高度人材を対象とした多様な制度が展開されてきた。2008年に始まった「千人計画」は、海外の優秀な中国人研究者を呼び戻すことに重点を置いたものである一方、2010年に公表された「国家中長期人材発展計画」は、教育・雇用・待遇など広範な分野にまたがる制度整備を進めた。最近では、デジタル経済を支える人材の育成が喫緊の課題とされ、2024年には「デジタル人材育成を加速させる行動案」が策定された。
第5章は「基礎研究振興政策」である。基礎研究については、応用偏重の傾向から脱却し、長期的視野に立った基盤的研究の強化が進んでいる。2020年の「0から1を生み出す研究活動ガイドライン」では、研究者の自由な探究を保障する制度環境の整備とともに、重点領域への集中投資が打ち出された。2024年の政府活動報告でも、基礎研究の比率引き上げが明記され、財政支援の拡充が続いている。
第6章は「科学技術成果の社会実装政策」である。科学技術成果の社会実装に関しても、制度面で大きな改革が進んでいる。2015年の成果転化法改正以降、大学や研究機関における成果の企業移転、起業、知財活用が大きく促進された。さらに2024年の「全面深化改革決定」では、成果評価と昇進制度の連動を見直すことで、研究者の実用化志向を後押しする新たな制度が導入されている。
第7章は「産業政策」である。産業関連では、「中国製造2025」に代表される高度製造業化戦略をはじめ、AI、ロボット、宇宙産業などの重点分野での技術獲得・標準設定が国家の優先課題として進められている。また近年は、先端未来産業の育成に向けて、研究開発と産業政策の一体化がさらに強まっている。
第8章は「グローバル戦略関連政策」である。上記政策に加えて、中国は科学技術を通じた国際的影響力の強化も進めている。「一帯一路」構想のもとでの科学技術協力や、2018年の「国際大科学プロジェクトとプログラムをリードする方案」などを通じて、グローバルガバナンスにおける技術的存在感を高めつつある。また、「人類運命共同体」や「グローバルガバナンス理念」などの概念的枠組みを通じて、科学技術と外交政策を連動させた新たなソフトパワーの構築にも力を入れている。
第9章「政策文書から読み取る科学技術イノベーション成果と課題」では、中国統計局が建国75周年を迎え公開した成果集をはじめとする政策文書を参照に、科学技術イノベーション成果と課題を紹介している。中国の科学技術イノベーション政策は、計画経済的な国家主導の枠組みを基盤としつつも、資本主義的な制度改革や市場メカニズムとの調和を模索する動的なプロセスにある。政策体系は、長期戦略、分野別施策、資金・人材・制度の改革という多層的構造をとり、経済安全保障や国際的主導権の確保という国家目標と深く結びついている。今後、これらの政策がどこまで国際競争力向上に寄与し、グローバルな技術覇権争いにおいて優位性を確保できるかが注目される。