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【19-03】中国の東南アジア?中国科学院シーサンパンナ熱帯植物園

2019年2月1日

中村彰宏

中村 彰宏: 中国科学院シーサンパンナ熱帯植物園 研究員

略歴

神奈川の高校を卒業後、単身渡豪。オーストラリア・グリフィス大学にて学位を取得後、同大学や州立博物館にて助手。2013年より中国・シーサンパンナ熱帯植物園・研究員、2017年より林冠生態学研究組のPIを務める。2019年より同園研究員。

 私の勤務先であるシーサンパンナ(西双版納)熱帯植物園は、100以上の研究施設を抱え世界最大の研究機関である中国科学院に所属しています。この植物園は、中 国南西部に位置する雲南省のシーサンパンナ傣(タイ)族自治州にあり、1125ヘクタールの敷地に1万3千種以上の植物を擁する大規模な植物園です。ここは、熱帯植物の保護・利用、環境教育、生態学の促進・発 展を目的としています。その一方、中国の観光番付で一番高い5Aの評価を受け、毎年70万人以上が来訪する、この地域で一番の観光地でもあります。この植物園は、ラ オスとミャンマーの国境から20~30キロ程度しか離れておらず、辺境にあるのですが、世界中の研究者から注目されており、毎年何百人もの研究者が訪れます。国際色も豊かで、3 0か国以上の研究者や300名近い大学院生が研究生活をここで営んでいます。

 私が中国に来たのは2013年の9月、まだ尖閣諸島(魚釣島)の問題で日中関係が冷え切っている時期でした。ここに勤めるきっかけは、以前、中国科学院とオーストラリア・ク ィーンズランド州政府の共同研究プロジェクトに私がコーディネーターとして参加しており、そこで植物園の研究者の方から声をかけられたからです。中国に関してあまりに無知だった私は、正直、欧 米や日本の一般の人たちが抱くような、中国に対する不信感を伴った印象が少なからずありました。「まぁ、長くても2年、1年いられれば大したものだろう」と思って中国に渡ったのが2013年ですが、気 が付けば5年半もここで生活しています(笑)。2017年からは「林冠生態学研究組」という名前を冠した自分の研究室も運営し、生物多様性、食物網、有機物分解、受 粉などの森林の生態系機能が林冠や林床部においてどのように異なるのかを緯度や標高の異なる場所で調べています。私たちのグループの研究は、地球温暖化や人間による自然攪乱の影響を評価したり、予 測したりするのに必要不可欠な「現場の情報」を提供するものです。シーサンパンナ熱帯植物園は、写真のようなキャノピークレーンを複数保有する数少ない研究機関であり、林冠部へのアクセスを可能にし、林 冠での生態研究を行うのに最高に適した環境を有しています。

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シーサンパンナ傣(タイ)族自治州のイメージ。現地では伝統的な生活様式や文化、言語が中国経済の発展と共に失われつつある。

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研究棟は自然に囲まれた植物園内にある。

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熱帯雨林に建てられたクレーン。高さは80m、アームの長さは60mにもなる。これで50m以上ある熱帯林の林冠部にアクセスし、調査や野外実験を行っている。

 なぜ、ここに5年半もいるのか?

 基本的におおらかな(いい加減な)自分の性格にあるのかもしれません。でも、最大の理由は「過ごしやすさ」、「中国の研究資金の豊富さと高い自由度」、そして「東南アジアの地理的な近さ」にあります。熱 帯の北限に位置するここは、気候的にも亜熱帯に近く、極端な寒暖差がなく快適です。研究所の食堂は野菜を中心にした衛生的な食事で、研究所の外には辺境にもかかわらず、ピ ザやハンバーガーを提供するレストランもあります。研究所には職員の宿泊施設や学生寮があり、ほぼ無料で提供されています。気になる給料面ですが、額面が低くても(中国の基準では破格なのですが)、光 熱費や食費などの生活費が安いので、その大半を貯蓄に回すことが可能なくらいです。近年は淘宝(タオバオ)などのオンラインショップが非常に便利になり、日用雑貨はもちろんのこと、大型の家具や、は たまたチーズやキムチ、アボカドなどの新鮮な食材もオンラインでオーダーし、決済はアリペイなどのデジタル通貨でできる環境が整っています。ただ、医療の面では中国の大都市と比べて少し心もとないですが、、、。し かし、ここに長く快適に暮らせる一番の決め手は、素晴らしい人材にあります。中国の研究者は高度な教育を受け、知見も広いので日本人に対する差別は一切ありません。多くの学生・研究者が英語を話せるので、コ ミュニケーションも問題ないです。研究所には様々な外国からの学生・研究者がいるので、英語が自然と共通言語になります。皆、気さくでフレンドリーで、小さなコミュニティということもあり、家 族のように付き合っています。ほぼ毎週、誕生日会など何らかの理由で近所のバーベキュー屋さんでパーティが開かれていたりしています。

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近所にある傣(タイ)式レストランでのパーティ。

 「研究資金の豊富さと自由」という面では、今、中国は世界でも一番秀でているのではないでしょうか。自然科学分野は国家自然科学基金(NSFC)が主な研究資金源で、あ とは省政府が地域に特化した研究プロジェクトを支援しています。中国科学院からも多額の研究資金が提供されていて、まだ成果の少ない外国からの若手の研究者にも豊富で多様な種類の資金源が用意されています。研 究内容も自由に決めることができ、論文発表などの目に見える成果を出し続けている限りは、自分のやりたい研究を、豊富な資金や研究所の施設・資源を使って自由に行うことができます。特筆すべきは、ポ スドクの研究に特化した研究資金が国や州政府のレベルで多数用意されていて、これから研究者としてのキャリアを積もうとする人たちには最高の環境だと思います。も ちろんインパクトファクター第一主義の中国学術界特有の弊害もありますが、逆に言えば、論文をインパクトファクターの高いジャーナルに発表さえすればあとは何をやってもいい。研 究資金や研究室も提供してもらえるので、非常にわかり易いと思います。

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毎年、日本を含めた東アジア、東南アジアの学生が集い、6週間にわたる生態学・保全学のトレーニングをここで受けている。
写真上:昆 虫を光で誘き寄せて捕らえるトラップを林冠部に設置している。写真下:群衆生態学の授業風景。

 最後に、「東南アジアの地理的な近さ」についてです。前述したように、ここは東南アジアの熱帯地域の北限でもあり、気候はもちろん、植生や動物の多様性も東南アジアと類似しています。さらに、こ こはタイやラオスの人のルーツでもある傣族の人たちが住む地域で、文化も東南アジアのそれに近く、まるで自分が中国ではなく東南アジアの一部にいるかのような感覚になります。一 帯一路政策の一環として中国科学院は東南アジアにおける研究、教育にも力を注いでいて、私の研究室にはタイ、ラオス、ミャンマーやフィリピンからの学生やポスドクが所属しています(数えたら、私 の研究室には8か国、中国人も3つの少数民族の者が所属しています)。東南アジアに特化した研究資金も中国科学院から提供されていて、私 の研究室ではタイのマヒドル大学やカセサート大学などと共同研究をしています。東南アジアにおいて研究したり、人材を育成したりするというのは私にとっては非常に魅力的であり、最高の環境です。少 なくとも数年はここに腰を落ち着けて、研究、生物多様性保護の啓蒙活動、東南アジアの研究者の育成に力を注いでいこうと思っています。