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【19-04】中国の大学における研究環境のいま

2019年2月6日

安保正一

安保 正一(あんぽ まさかず):
大阪府立大学 名誉教授、福州大学 特聘教授・国際顧問

略歴

1975年3月31日: 大阪府立大学大学院工学研究科博士課程修了(工学博士)
1975年5月 1 日: 大阪府立大学工学部(応用化学科)助手、その後、講師、助教授
1990年4月 1 日: 大阪府立大学 教授 
2007年4月 1 日: 大阪府立大学 大学院工学研究科長(工学部長)
2009年4月 1 日: 大阪府立大学 理事〔教育・研究担当〕・副学長、地域連携研究機構長・21世紀科学研究機構長、植物工場研究センター長
2013年4月 1日: 大阪府立大学 学長顧問
2015年4月 1日: 福州大学 国際学院長
2017年9月1日: 福州大学 特聘教授・国際顧問 (現在に至る)

この間、 カナダ国立科学研究所博士研究員、パリ第6大学、トリノ大学、華東理工大学(中国)、福州大学(中国)、国立台北科技大学(台湾)、東京工業大学、名古屋大学、岐阜大学、岡山大学、東 京大学、立教大学、富山大学、千葉大学、九州大学、大阪大学等の32大学・研究機関の非常勤講師・客員教授。

 中国の大学に勤務(常駐でない)して早4年の歳月が過ぎようとしている。ここでは、日本で長きにわたり携わった“教員評価”、“テニュアトラック制度”および“産学官連携”をテーマに、凄まじい速度で変化する中国の大学の研究環境のいまを紹介する。日本の若い先生方や学生が中国での研究背景を考える上で、多少なりともお役に立てば幸いである。

 大阪府立大学在職中、私は多くの留学生を指導する機会をいただき、中国からは5名の留学生を受けいれた。うち3名は博士の学位を取得し、今では中国でトップクラスの南開大学(天津)、華東理工大学(上海)、華南理工大学(広州)の教授として活躍している。最初の一人が中国に帰国した2001年当時、中国の大学の研究室では実験機器や装置はおろか、文献の入手さえ容易ではなかった。その後、研究環境は日増しに良くなり、今日では研究スペース、備え付けの各種大型分析機器類、装置等の研究環境は、日本の大学の研究室を凌ぐ状況となっている。各種文献情報が入手可能な検索ソフトも充実しており、研究に関する様々な情報にも容易にアクセスできる。研究者は常に世界の研究動向を注視し、海外の研究者との交流も積極的で、欧米の著名な先生方を招き、講演会やゼミナーを開催する機会も多い。一方、昨今の日本の大学では、高騰する文献購読料に耐えられず、購読雑誌数を減らす傾向にある。また、グローバルな視点、交流についても、残念ながら、中国の状況とは随分と異なるように見える。

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写真1:フランス国家大学のProf. Michel CHE教授(2018年12月7日)

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写真2:東京大学の堂免一成教授(2018年12月12日)

著名な先生お招きしての福州大学国家重点研究所「光触媒研究所」のセミナー風景

 以上は中国の大学についての一般的な印象であるが、以下では、“教員評価”、“テニュアトラック制度”の導入および“産学官連携”について紹介する。

 まず、“教員評価”についてであるが、日本では、大学の法人化に伴い、教員に対する評価制度が導入された。私も理事・副学長として多く時間と労力を費やし、評価項目を確定し評価を実施したものの、教員間の給与差は数千円から多くて数万円程度であり、顕著な差は見られなかった。中国の大学では、大学により状況は多少異なるものの、研究成果(トップジャーナルでの発表)と外部資金の獲得(NSFC等)等によって、給与の差は大きい。一般の教員の年収は日本円で400-500万円であるが、活躍している教員は約2,000-3,000万円の年収を得ているという。また、このような教員の存在は特別ではなく、教員全体の10-20%を占める大学もあるという。これだけ歴然とした給与格差を生む教員評価の良し悪しについてここで触れるつもりはないが、教員のモチベーションに繋がっていることは間違いないであろう。

 明確な評価については大学にも当てはまる。日本の教員は、大学の世界ランキングやトップジャーナルへ発表することをそれ程に意識することも、その実績を評価されることもあまりないが、中国の教員は常に意識している。表1の図は少し古いデータであるが、世界大学ランキングの2004年と2014年の変化を示している。

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 トップ500位に入る大学数が、中国は10年間で28大学も増えたが、日本は逆に15大学も減っている。今日では、この傾向は更に顕著になっている。教員評価とは直接関係がないが、中国では大学ランキングが大学の予算に繋がってくる。日本の著名な研究者が破格の研究費と年収を条件に、中国の大学に招かれ、活躍されている姿も見かける。これらも大学ランキングの上昇に貢献しており、大学予算の増加とそれによる研究環境のさらなる向上と教員の給与の増加に繋がっている。

 “テニュアトラック制度”は、日本では文部科学省の支援事業として2006年より始まった新たな教員採用制度であるが、同様の制度が中国の多くの大学でも導入され始めている。私も日本で在職中にはテニュアトラック制度を実施し、多くの若い優秀な教員を採用できた経験を持つ。文部科学省の支援の修了後、日本の大学でテニュアトラック制度が定着しているかどうかは定かでないが、昨今、日本の若手研究者が中国の大学に魅力的な研究環境を求め、テニュアトラックに応募し採択され、中国の大学で研究をしている教員も多い。日本の大学の場合、スタートアップの資金は多くて1,500万円程度だったかと思うが、中国の大学では大学によって異なるものの3,500-5,000万円程度である。中国では人件費もその他の物価も安いため、実質では日本の4-5倍に相当すると思われる。これ以外にも、大学の制度を利用して、博士研究員や実験補助を雇用することもできるようである。また、中国には真面目で優秀な学生の数が多いことも魅力である。テニュア(任期の無い教員)になるには、日本の大学の場合と同様、5年目頃にはトップジャーナルに論文発表があるか、NSFC等の外部資金を獲得しているか等の厳しい評価・審査はあるが、日本の若手研究者には中国の大学は魅力的な研究環境になっているようである。

 テニュアトラック制度は自然科学系のみであるが、最近、外国語学院等の人文科学系にも若い日本人の教員を多く見かける。中国の大学の教育や研究環境の凄まじい速度での向上と発展は、教員を志す日本の若い人々に魅力的な職場として選択肢の一つになっているようである。

 次に、中国の大学における“産学官連携”について少し触れておきたい。中国の無人月探査機「嫦娥4号」が世界で初めて月の裏側に着陸したニュースは記憶に新しい。このような中国の科学技術の急速な発展に、国家大学科技園「サイエンスパーク」の役割が大きいと言われている。中国の大学は社会に貢献することが義務付けられており、産学連携が活発である。「国家大学科技園」は大学と産業界が共同で研究開発を展開するために設置されたイノベーション創出機関であり、大学の研究所とは一味違い企業の研究開発部門に見えるし、また大学の研究応用の現場にもなっているようである。

 中国のトップクラスの大学では、世界のトップクラスの企業との研究開発の連携を行うことが進んでおり、サン・マイクロシステムズ、P&G、トヨタ、東芝、富士電機、NEC など日米の企業との連携も多く、ヨーロッパのIT、光学機器、バイオ製薬、金融等の世界一流企業が研究室を設立する例も多いようである。写真3は私が勤務する福州大学の構内にある福州大学国家大学科技園の外観である。そこには多くの連携企業が入っている。

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写真3:福州大学の構内にある福州大学国家大学科技園と筆者(安保 正一)(撮影、2018年9月18日)

 特許出願や管理制度も整備されてきており、知財意識が急激に目覚めている。特許技術の移転だけでなく、大学発ベンチャー企業、国家技術移転センター、インキュベーターなどの設立、運営、教育訓練、仲介サービス、地域振興など多様な活動を「サイエンスパーク」で展開している。サイエンスパークは大学の技術力を使って企業の開発部門を補っているようで、今後も進化発展すると思われる。

 以上、中国の大学における研究環境のいまについて述べたが、実は、これらは中国の大学の先生方には少しプレッシャーになっている側面もあるようである。中国の大学の先生方は、世界トップレベルの研究や世界初の基礎や応用研究は日本と比べて非常に少なく、日本の大学でまだまだ学ぶところは多いと思っている。また、優秀な多くの学生が日本の大学に留学し学びたいと希望している。日本の大学の先生方は大変忙しく留学生の受けいれ等の国際交流に力を注ぐことは難しいようだが、是非、より積極的に国際交流にも取り組んで頂きたいと思う。

 最後に、中国との比較の際に留意したい点について、ひと言述べたい。図1に示すように、中国の人口は日本の10倍以上であるため、何事もスペクトルが極めて広く、大きくなる。上述した大学の研究事情についても同様であり、ここでは比較的一般的な現状を述べたつもりであるが、大学によって事情も大きく異なる可能性があるということに注意喚起して、この稿を終える。

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