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【20-04】植物の新現象発見までの遥かなる旅路-西方見聞録(福建省福州市)

2020年7月17日

笠原 竜四郎

笠原 竜四郎:
福建農林大学Department of Life Science/ HBMC 教授

略歴

2007年 Ph.D学位取得。University of Utah (Prof. Gary Drews Lab.)
2007-2013年 名古屋大学 博士研究員。(東山哲也教授 研究室)
2013-2017年 JSTさきがけ 専任研究員。 (磯貝彰教授 研究領域)
2017年- 福建農林大学 教授 現在に至る。

中国で研究活動をすることになったきっかけとは?

 私は2013年10月より2017年3月まで名古屋大学においてさきがけ研究員として研究しておりましたが、研究に没頭するあまりに将来を考えずに2017年4月から無職となりました。失職し困っていたところ、名古屋大学の東山先生に、「笠原君、世界に飛び出してみてください。」と言われ、中国の福建農林大学という所を紹介して頂きました。どうせ仕事を失ってしまったのだから、この際この世の果てまで行ったとしても研究をさせてくれる所ならどこでもありがたいという気持ちで2017年7月から福建農林大学にお世話になるという事になりました。

 このように気持ちは十分であったとはいえ、いざ我に帰ってみると「中国ってやっぱり不安だな、街の様子ってどうなのだろう。」と心配で仕方がありませんでした。もうずいぶん古い話ではありますが、中国といえば堺正章さんの「西遊記」の世界がそのまま続いていると本気で思っていました。しかも、勤務先が日本のテレビでもよく放送される北京市や上海市ではなく、今まで聞いたことのない福州市と言うところらしく、もしかすると未だに妖怪とか出てくるのではないかと心配していました。また、そんなところへ行って研究ができるのかとますます不安は募りました。

 ところが、いざ福州で生活を始めてみると町並みは少し汚いですが普通で、未だに孫悟空や猪八戒など見た事はありません。研究設備も充実しており、「ここでやればできる!」と確信しました。後で詳述しますが、福州選択は正しく、今では非常に円滑に研究生活を堪能させていただいております。

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福州市内にあるお寺。ガンダーラ大雷音寺を彷彿とさせます。

ご自身の研究テーマ、所属する研究室の基本情報

少し時間は遡りますが、私は2001年からアメリカのユタ大学という所で博士課程の学生として研究生活を送る事になりました。そこで私はGary Drews教授のもと、植物の雌性配偶体(植物の種子の元になる部分)の研究に従事させていただく事になりました。初めに命じられたのが、雌性配偶体に欠損がある変異体の遺伝子同定という仕事でした。

 当時はがむしゃらに遺伝子同定の為に頑張りましたが、私の性格上だんだん嫌になってきて、Garyに何かもっと面白いことをさせてくれと願い出ました。そうすると彼は私に、「じゃあ逆に遺伝子発現を調べて遺伝子を見つける仕事はどうか?」と言われたので面白そうだと思い、それをやってみる事にしました。取り組み始めた頃は遺伝子解析法の確立を一から立ち上げねばなりませんでした。

 今でこそ遺伝子発現はNew Generation Sequencerで短期間に効率よく確認できますが、2002年当時は、旧式のMicroarrayしかなく、またそれにかける費用も莫大であったため、総合的な発現解析はできませんでした。そこで仕方なく遺伝子一つ一つをRT-PCRにかけてGel上で解析するという今では考えられないほど原始的な方法でシロイヌナズナの遺伝子発現チェックをしていきました。

 当時は心ない人たちから「笠原はアホだ。そんなことをしていると日が暮れる。」という辛辣な意見を頂きましたが、この狂気とも言えるPCRを毎日こなしました。余談ですがこのころ私は実験台に座りすぎて痔疾を患ってしまい、未だに回復の目処は立っていません。このような努力の結果、1年以上要しましたが、何とか雌性配偶体のみで発現する遺伝子候補を見つけることが出来ました。

 そのうちの遺伝子の一つがMYB98でした。幸運な事にMYB98遺伝子は雌性配偶体内の助細胞(花粉管を誘引する為に必要な細胞)のみで発現していることがわかり、その変異体は助細胞のみに欠損が生じている事がわかりました。更に、その助細胞の変異の為に花粉管が雌性配偶体に届かずに受精に失敗するという非常に興味深い表現型を示していました。助細胞のみで発現し、花粉管の誘引に失敗するという世界で初めての遺伝子発見の瞬間でした。

 私はあまりにこの遺伝子の発見が嬉しくて、自分の息子に光生(みぶ)と言う名前をつけました。そうこうするうちに、当時から花粉管誘引の研究で有名だった名古屋大学の東山教授に誘われ、先生の研究室に2007年からお世話になる事になりました。

 名古屋大学では東山先生の哲学のもと、新しい植物の現象を見つけるべく研究に励みました。そんなある日、植物の助細胞には花粉管が一度受精に失敗しても、もう一つの助細胞がもう一本の花粉管を誘引して受精するという、Fertilization Recovery System (受精補完作用)という現象を見つける事が出来ました。この現象は自身の研究生活で初めて見つけた植物現象であり、新規遺伝子を見つけた瞬間とはまた違った喜びがありました。また、後年にJSTさきがけの多大なるご支援を頂き、雌性配偶体内に花粉管の内容物が入ると、受精とは関係なしに胚珠が肥大するPollen Tube-dependent Ovule Enlargement Morphology (POEM;花粉管依存的胚珠肥大) 現象を見つける事も出来ました。その後、上述の通り東山先生に助けて頂き、中国で研究する機会を得る事が出来ました。もしあのまま退職という事になっていたら今の自分はないので、この場を借りて東山先生には心より感謝を申し上げます。こうして、2017年半ば頃から福建農林大学での研究生活が始まりました。

 福建農林大学では自分が好きなテーマを設定して、自分の好きな通りの研究をさせていただける事になりました。そこで、メインテーマは、JSTさきがけ時代に見つけたPOEM現象を展開していく事に決めました。そうしたところ、中国でも新たな現象とそれに関わる重要な遺伝子も発見する事が出来ました。この内容は未発表のため今ここでは書けませんが、簡単に言うと、植物はなぜ受精をしないとタネを作れないのかと言う科学的な疑問をついに解き明かしただけではなく、この現象が植物栄養にも関わると言うことから、農業的にも非常に重要な現象、遺伝子でもあると言うことです。僕自身、中国でこんなに興味深い現象を見つけられるとは思ってもおりませんでしたので、中国で自由な発想で研究する事を許可してくれた当研究所所長のゼンビオ・ヤン先生にもこの場を借りて心より御礼申し上げます。

 この結果はもちろん私が一人で見つけたと言うわけではなく私の研究室のメンバーが一生懸命に取り組んでくれた事で見つけられた現象です。福建農林大学は着任当時、リーヤンとシャオエンと言う優秀な2名の助手を私の研究のためにつけてくれました。そして彼女らの頑張りのお陰で、この新規現象を見いだすことが出来ました。

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2017年スターティングメンバー3名。左より、著者、リーヤン、シャオエン

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福州市内にあるお寺その2。左より、シャオエン、著者、リーヤン

 現在私の研究室はパラカッシュというポスドク1名、助手1名(シャオエン)、大学院生が4名の計7名で活動しており、皆それぞれのテーマを持ち、研究に邁進しています。メンバーにはいつも、人の真似をするのではなくて、出来れば新しい現象を見つけてそれに対して自分で遺伝子を見つけたりする喜びを教えています。これは前人未到の雪山の新雪を自分が初めて足跡をつけ、山頂に向けて歩いて行く事と似ています。いつの日か私の研究室のメンバーの誰かが、オリジナルの現象を見つけてくれてそれを私に披露してくれる日を楽しみにしています。

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2019年からの新メンバー。後列左よりジャールー、パラカッシュ、著者、チェン、前列左よりツバメ、シャオエン、シャオウェイ。

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我々の発表論文の写真がPlant Molecular Biology誌(5月号)の表紙を飾りました。

日本と中国の研究環境の違い

 広義の意味での研究環境に関しましては特別に日本がいいとか中国がいいとかは感じた事がありませんが、狭義の意味では日本と中国の大学院生に関しては大きな違いを感じています。

 日本ではやはり大学院生、特にマスターコースの学生は就職活動にその大半の時間を割かれ、ほとんど研究が出来ないと言うのが正直なところですが、中国の学生はマスターコースの在籍期間が3年と言う事もあってか、研究活動に非常に多くの時間を割いてくれます。これはPIにとっては非常にありがたい事で、学生たちの研究が充実するのはやはり中国の方かなと考えています。しかし、中国の就職活動の実際をよく知るわけではないので、たまたま今うちに居てくれている学生がうまくやっていてくれているだけかもしれないので、ここでは断言はしないでおこうと思います。ご容赦ください。

ぜひ日本の若手研究者に伝えたいこと

 ここまで述べてきた通り、中国では意外と面白い機会に出会えると思います。そして、どうぞ安心してください、昔のように妖怪は出ません(笑)。それから、私のように自分で自分の好きな事がしたいと言う方には中国は適していると思います。

 我こそはと思う方は是非中国での研究も一つの選択肢にされてはいかがでしょうか。もしかすると今まで知らなかった研究の世界を自分で拓く事ができるかも知れません。今は好景気で就職活動の方が大事かもしれませんが、こう言う世界もあるのだと言う事を日本人の若手研究者の皆さんに知っていただくだけでも私は幸せに思います。

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福州熊猫世界。パンダが近すぎて彼らの体温がガラス越しに感じられます。