中国の日本人研究者便り
トップ  > コラム&リポート 中国の日本人研究者便り >  【20-06】激変の社会システムと変わらぬ人情を肌で感じた5年間

【20-06】激変の社会システムと変わらぬ人情を肌で感じた5年間

2020年12月22日

加藤 靖浩

加藤 靖浩:
北京大学医学部天士力微小循環研究センター・室長、基礎医学院・客員准教授

略歴

名古屋市出身。1998年東京薬科大学生命科学部卒業、2002年日本学術振興会特別研究員、2003年名古屋大学大学院生命農学研究科修了、ジョンズホプキンス大学留学、2004年東京歯科大学ポスドクフェロー、2009年慶應義塾大学医学部助教、2015年北京大学医学部天士力微小循環研究センター室長、基礎医学院客員准教授。

なぜ中国へ

 コロナ禍、皆様元気でお過ごしでしょうか。在中日本人研究者の皆様、お久しぶりです。これから海外で研究を目指す留学生・研究者の皆様、初めまして。私は2015年から2020年までの5年間、北京(家族)・天津・北京(単身)と生活拠点を変えながら、「未病」に関わる研究を行なってきました。中国での生活は、研究のみならず中国社会のダイナミックな変化を肌で感じ、様々な方に助けられながら歩んだ貴重な5年間でした。

 では、なぜ中国に渡って研究することになったのか。私自身の研究対象は、環境ストレスに対する生物の応答反応の仕組み理解することです。特に、水ストレス対する応答反応に焦点を絞って研究してきました。

 東洋医学では、健康から病気に移行する過程を「未病」と言いますが、この未病を引き起こす要因の一つとして、水の循環の滞り(水滞・水ストレス)があげられます。中医学(中国の伝統的医学)や漢方(中医学から日本で発展した伝統医学)では、"氣・血・水"のバランスが健康のバロメーターと定義されています。

 この水の循環には、これまで研究対象としてきた"水の通り道"アクアポリンも関与しており、この分野でお世話になった慶應義塾大学医学部の安井正人先生の後押しと、当時、研究室に漢方・中医学の講義で来日されていた韓晶岩先生からのお誘いもあり、2015年から中国での研究生活が始まりました。

研究環境は

 最初の一年目は、北京大学医学部天士力微小循環研究センターにて、実験動物を用いた虚血再還流モデルの手技とそのモニタリング方法について学びました。この手技は、韓教授が日本に留学されていた当時の手法で、現在でも脈々と受け継がれております(写真1)。

image

(写真1:循環器系測定機器)

 日本で編み出された伝統的な手法がいまだに受け継がれている事を、日本人として誇らしく思えた反面、日本では担い手がおらず、その手法が受け継がれなかったことは、無念さも。中国では、このような手法を沢山の研究者に受け継いでいる人材の裾野の広さとともに、最新の分子生物解析機器、電子顕微鏡の導入も積極に行われ、充実した研究環境が提供されています。この手法を学びに、中国全土から研究者が訪れ、実験を行なっておりました。お陰様で沢山の研究者とお会いすることできました(写真2)。

image

(写真2:ラボの忘年会集合写真、学生さんと余興の練習)。

 このような、学内外との共同研究や共著論文は、ボーナスの査定対象になっており、昼夜問わず、多くの方が、研究に専念しておりました。一方、休息も大事という教授の方針もあり、週末はラボの学生さんと北京郊外の山にハイキングやスキー、遺跡巡りなど充実した日々を過ごすことができました。

 二年目からは、天津にある、製薬会社の敷地内に北京大の研究所を設立し、企業との共同研究を進めました。この時、水の流れ(未病)を可視化する近赤外分光器と多変量解析ソフトを購入していただきました(写真3)。

image

(写真3:水の可視化装置)

 この機器を使って、水の状態を可視化することで、未病の状態を診断する研究プロジェクトが立ち上がりました。現在、後継者に、臨床応用を目指して研究を受け継いで頂いています。また、新しく導入した機器に興味を持った研究者や学生さんが、お茶や白酒(中国の蒸留酒)の美味しさの分析のため、測定しに訪れておりました。

 この製薬会社は、博士人材育成研究所に指定されており、中医薬の研究を学びに全国の大学院生が集まってきておりました。基本的に、博士号をもつ研究者一人に対して一学生の指導、また、学業に専念できるよう3食付きの寮とアルバイト料の支給が数年にわたって行われておりました。中国の博士人材への積極的な投資を目の当たりにし、日本における博士人材への待遇改善が急がれます。余談ですが、この企業の経営幹部は、博士号が必須のようです。

 2018年からは、再び北京大学医学部キャンパスから北に位置する北大産業医療キャンパスに移動して、研究を進めました。このキャンパスは、バイオ系ベンチャーなどが集積した地区で、中国の研究事情の調査など訪問された日本の大学・企業・国の機関の方々の案内も致しました。また、日中医学生交流協会の現地サポート役によって、多く方々とお会いでき人脈が広がったと同時に、久しぶりに日本語での話に花が咲きました。ぜひ、若手研究者の皆様は、国を問わず自分の研究を極められる所で、チャレンジしてみてください。

生活環境は

 さて、研究以上に毎日の衣食住は、健康的な生活をしていく上で大変重要なことです。北京では、1LDK(10,000元、約16万円)、バイリンガル保育園(4,000元、約6万円)と住居費と教育費に出費がかさみましたが、天津では、研究所の敷地内に、新築マンションを安価に借りられ、部屋も3LDKと広くなり、寮生活の学生さんを呼んで、本場の水餃子を作ってもらいました(写真4)。

image

(写真4:本場の餃子パーティー)

 お返しに日本食を振る舞いました。とくに肉じゃがとお好み焼きが好評でした。このような食材も、近所にあるイオンや伊勢丹など日系のスーパーがあることから、海外に住んでいても、日本と同じ感覚で購入できました。

 また、中国では、漢方成分を含んだお茶が沢山販売されておりました。これは、日本の "医食同源"の源である、中国の"薬食同源"食べることは、薬を飲むことを同じくらい重要であるという意味ですが、古来、薬は煎じて飲むということでしたので、日常的にお茶として飲むのは一般的のようでした。

 私が渡航したばかりの頃は、屋台や路地販売も多数みられましたが、昨今、取り締まりが厳しくなり、昔ながらの風情がなくなっていくのは寂しいいですね。それでも、学食やローカルな食堂では(20元、320円)、スマホ通信費(月額40元、640円)、バス初乗り(2元、32円)と非常に安価に生活することができます。

 中国での生活が始まった2015年は、シェアリング自転車やキャッスレス(QRコード決済)が流行り始めた時期でもあり、2018年には、環境政策でPM2.5の大幅な改善により青空が広がり、2019年頃には、美団外売(配食サービス)、滴滴出行(配車アプリ)、顔認証決済、芝麻信用(信用度を数値化)など急速なデジタル技術を用いた未来社会を肌で感じながらの生活でした(写真5)。

image

(写真5:コンビニの顔認証決済)

 都市部で生活していたことから、菜食主義や運動(ランニング、ヨガ、バトミントンなど)に勤しむ人を見ることも多かったです。特にバスケは人気で、町のいたるころにコートがあり、私も毎週、バスケで交流を深めていました。日本のスラムダンクを読んでバスケを始めた人も多い様です。

コロナ禍

 さて、2020年新型コロナが流行り始めた1月下旬は、春節休暇で日本に一時帰国中でした。その後、北京に戻る飛行機のキャンセルが続き、2月中旬に北京に戻った際は、2週間の自宅監禁生活の後、研究所への入室許可を得て、戻ることができました(写真6)。

image

(写真6:入室制限中の研究所)

 しかし、北京の町の様子は様変わりし、店はほとんどが閉まったまま、賑やかな配達員のおじさん達も見当たらず、学生さんも故郷からキャンパスに戻ることが許可されず、ロックダウンしたような静まった街でした。ようやく営業再開した飲食店でも、持ち帰りのみか、入店するにも検温、携帯番号と身分証明書登録などが必要でいつでも追跡可能に。

 一方、日本においては、こういったデジタルツールの活用や遅れがちで、コロナ対策のみならず、少子化による人手不足対策としても、デジタル技術の活用とそれを受け入れる心をもつことで、利便性と情報管理の両立を図った社会形成が求められているのではないでしょうか。変化の激しい中国の社会システムがコロナ後どうなっていくのか、近々訪問しローカルな食堂で乾杯しながら体験したいですね。

 最後に、在中日本人研究者ネットワーク、JST北京事務局、JSPS北京連絡センター、在中国日本大使館、その他大勢の皆様、現地では大変お世話になりました、この場を借りて感謝申し上げます。皆様どうぞお体をお大事に良い年の瀬をお迎えください。