高須正和の《亜洲創客》
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【19-10】中国研究に必要な「強いアマチュアと専門家の共闘」

2019年12月25日

高須正和

高須正和: 株式会社スイッチサイエンス Global Business Development/ニコ技深圳コミュニティ発起人

略歴

中国深圳をベースに世界の様々なMaker Faireに参加し、パートナーを開拓している。
ほか、インターネットの社会実装事例を研究する「インターネットプラス研究所」の副所長、JETRO「アジアの起業とスタートアップ」研究員、早稲田大学ビジネススクール非常勤講師など。
著書「メイカーズのエコシステム」「世界ハッカースペースガイド」訳書「ハードウェアハッカー」ほかWeb連載など多数、詳細は以下:
https://medium.com/@tks/takasu-profile-c50feee078ac

あらゆるものがインターネットを基盤に再構築される時代を迎えて、中国研究も新たなステージを迎えている。新時代に必要な、アマチュアと専門家の共闘とは。

領域をまたぐ「強いアマチュア」

 都市工学のジェイン・ジェイコブズは、著書「アメリカ大都市の生と死」ほかの活動で、生き生きとした都市を作ることが、経済・交通・教育・文化など様々な領域にまたがった複合的な問題で、単一の専門分野では解決できないものであることを活写した。

「アメリカ大都市の生と死」を翻訳した山形浩生氏は、雑誌「環」でのジェイコブズ特集に寄せた文章『ジェイコブズの教訓:強いアマチュアと専門家の共闘とは』で、領域をまたがったジェイコブズの活動はアマチュアだからできたことと述べつつ、複雑化する現代の問題には、そうした領域にまたがった活動が必要なことについて、福島の原発事故を例にして語っている。福島の原発事故で、それまで純粋に技術的な問題だと思われていた原子力発電が政治や国営企業も絡む問題だとし、その複雑さから専門家が既得権への配慮やイデオロギーを持ったヒステリックな市民の反応などで有効な発言ができなくなったことに対して、原子力発電についてはアマチュアであった物理学者の早野龍五、田崎晴明、菊地誠などが様々な圧力に耐えつつ積極的で誠実な情報発信を行ったことの功績を挙げ、「そうしたジェイコブズ的な強いアマチュアの出番は、今後ますます増えるはずなのだ」と強調している。

 あわせて「これは別に、アマチュアは常にすばらしく偉大だとか、素人が常にタコツボ専門家を蹴倒す、という安易な話ではない」とも触れ、どんなアマチュアでもいいわけではなく、ある程度勉強のできるアマチュア、言葉をそのまま引用すれば「観察力、そしてすでに片付いた問題に足をとらわれないだけの勉強と、ドグマにはまらないだけの不勉強とバランス―アマチュアが優位性を発揮できるのは、そんな条件が揃ったときなんだろう」と語っている。(前述の雑誌「環」でのジェイコブズ特集)

強いアマチュアと専門家の共闘

 ジェイコブズのような強いアマチュアの活躍に必要なのは、逆説的に専門家との共闘だ。ジェイコブズが指摘した問題は、ちょうど専門家も同時期に問題を発見し、友好的でないにせよ取り組みを始めたことにより、より力を増した。長期にわたる問題の定義や解決になればなるほど、専門家の比重は高まる。また既存のドグマにはまらないアマチュアの強さは、根拠のない俗論に囚われるリスクと背中合わせだ。

 領域を軽々と飛び越え、専門領域をまたいだ問題や解決策を発見するアマチュアの強みは、彼らが開いた橋頭堡を専門家が固めて一般化し、広めていくことで社会的な価値を持つ。人間の扱うテクノロジーは進化し、シンプルに問題特定が可能な課題、たとえば不衛生や飢餓といった問題はかなりの解決を見た。いま僕らが直面しているのは、不平等や社会全体の活力、どうやってイノベーションを起こすかといった、より複合的な課題だ。

インターネットが世界を再構築する時代に

 僕が共同創業者になっているニコ技深圳コミュニティは、2014年に技術愛好家やハードウェアスタートアップなどの人々を中心にして始まり、中国深圳の現地技術企業と交流を重ねて活動を拡大してきた。

 電子工作やオープンソースのDIY活動、そしてその延長としてのスタートアップは、それまでの経済研究ではほとんど扱われてない分野だった。オープンソースの開発についてもっとも有名な論文「伽藍とバザール」(日本語版リンク)は、エンジニアが自らweb上に文章を公開し、それを体系化しようとしたものだ。

 ましてや、中国の社会や経済研究からはまったく無縁の領域だったなかで、アメリカで2014年にオバマ大統領がホワイトハウスでメイカーフェアを開いたところから大々的なスタートアップ支援がスタートし、翌年から中国でも「大衆創業、万衆創新」大スタートアップブームが始まった。こうした現象は、それまでの中国経済とあまりリンクしていない。世界全体を被ったインターネットの波が引き起こしたものだ。

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中国の小規模製造業者が集まるイベントでも、Facebookのマーケティング講座が行われるなど、様々な分野がクロスオーバーしている

 ニコ技深圳コミュニティが2016年初頭に「メイカーズのエコシステム」という書籍を出版した。この書籍はほぼ初期のメンバー、僕を含めて技術愛好家やハードウェアスタートアップなどが深圳のハードウェアエコシステムについて書いた本だが、アジア経済研究所の木村公一朗氏や、東京大学准教授の伊藤亜聖氏など、中国経済研究の専門家から多くの反応があり、その後いっしょに中国スタートアップ研究のプロジェクトを立ち上げることになった。他にも、このコミュニティではセキュリティやソフトウェアの専門家と中国社会についての専門家が交流してレポートをするなど、今も活発な活動が行われている。こうした活動の経緯は、「コミュニティで未来を理解する」という電子書籍にまとまっている。中国研究の専門家からの知見も加わったことは、知識の体系化に大きく寄与している。

 現代中国の研究に限らず、どこの国でも現代の問題は複雑になっている。イギリスでのブレグジットも香港での大規模な暴動も、世界各地で進む格差の拡大や少子化なども、単一の専門分野では解決できなかった問題だ。

 さらに中国やインドなどアジア各地ではデジタル、インターネットという大波によりどの国でも大規模な社会変革が起きている。アマチュアと専門家の共闘は、ますます求められるようになっている。