【21-01】中国の政府系シンクタンクがオープンソースエコシステム(OSS)白書を発表
2021年01月13日
高須正和: 株式会社スイッチサイエンス Global Business Development/ニコ技深圳コミュニティ発起人
略歴
中国深圳をベースに世界の様々なMaker Faireに参加し、パートナーを開拓している。
ほか、インターネットの社会実装事例を研究する「インターネットプラス研究所」の副所長、JETRO「アジアの起業とスタートアップ」研究員、早稲田大学ビジネススクール非常勤講師など。
著書「メイカーズのエコシステム」「世界ハッカースペースガイド」訳書「ハードウェアハッカー」ほかWeb連載など多数、詳細は以下:
medium.com/@tks/takasu-profile-c50feee078ac
政府直属の機関がオープンソースエコシステム白書を発表
中国の政府系シンクタンク、中国信息通信研究院[1]は2020年10月16日、オープンソース・エコシステム白書 (开源生态白皮书)を公表した。同白書が発行されるのは初めてのことで、中国企業がオープンソース・ソフトウェアの利用により、自前の情報システム開発費の節約、配備時間の短縮、開発リスクの回避などのメリットを活用しながらデジタル化を推進していることが明らかになった。
中国信息通信研究院『オープンソース・エコシステム白書(2020年)』
白書は総78ページになり、以下の7項目で構成されている。(カッコ内は筆者)
一、开源生态概述(オープンソースという方式とそれを支える各プレイヤーの概説)
二、开源生态发展现状(世界でのオープンソース利用状況)
三、开源成为企业商业布局的重要手段(オープンソースを採用したビジネス)
四、全球开源基金会运营模式成熟,我国率先探索联盟运营机制(オープンソースソフトウェアを支えるファウンデーションについての概説)
五、传统行业逐步拥抱开源生态,我国行业用户关注开源使用(中国でのオープンソース利用現状)
六、开源风险问题复杂,开源治理体系正在构建(オープンソース特有の問題と、ソフトウェアの管理について)
七、开源生态未来发展趋势与建议(オープンソースエコシステムが発展する中での、中国への提言)
全体はこの3つの内容に大別される。
-世界的なオープンソース運動とエコシステムそのものの概要
-中国でのオープンソース運動の普及度合い
-今後のオープンソース運動推進に向けた提言
全文はこちらで公開されている。(caict.ac.cn/kxyj/qwfb/bps/202010/t20201016_360023.htm )
また、筆者は項目ごとのコメントを公開した。(github.com/takasumasakazu/ChinaOpensourceResearch/blob/main/Whitepaper/2020_OSSEcosystem.md )
オープンソースエコシステムとは
ソフトウェアのソースコードを公開し、再利用可能なライセンスを定義することによって、誰でもソフトウェア開発に参加することができる「オープンソース・ソフトウェア」は、以下の点で多くの注目を集めている。
-開発参加者が増えることで、ソフトウェアの機能・品質が向上する
-ソースコードが公開されていることで、問題発生時の原因究明がしやすい
-既存のものをもとに、特定の用途向けに改変しやすい
サーバー用OSで最もシェアを獲得しているLinux、スマートホン用OSのAndroidはオープンソース・ソフトウェアである。米AppleのiOSも、カーネル部分はオープンソース・ソフトウェアを採用している。プログラミング言語や開発用エディタなども多くはオープンソース・ソフトウェアだ。
エンジニアが使うソフトウェアは、オープンソースのものだけでほとんどのものが賄えるほど、オープンソースは普及している。
そのため、米ソフトウェア大手の多くが自らオープンソース・ソフトウェアを公開し、下記に説明するオープンソースプロジェクトを推進するFoundationなどに支援をしている。国際的に活動している中国企業、アリババやファーウェイ等も同様である。
ソフトウェアそのものの他に、このソフトウェアがオープンソースであると定義し、再利用の条件を決めるライセンスの定義も重要な要素だ。米Linux Foundationや米Apache Software Foundationなどのファウンデーション、MIT, UC Berkleyなどの大学がそうしたライセンスを定義し公開している。こうしたファウンデーションはいくつかのオープンソース・ソフトウェアに対して支援(プロデュース)を行い、技術指導やドキュメント整備、ソフトウェアに関する方針決定の仕組みなどについても、他のオープンソース・ソフトウェアの規範を示すような活動をしている。
白書のタイトルに「エコシステム(生態)」とあるとおり、ソフトウェアそのものの他に、支援組織や「オープンソース・ソフトウェアを成り立たせる仕組み」にページが費やされている。
中国におけるオープンソース利用
白書内の二-(二)の「开源占据各领域主要市场份额,我国开源应用逐年攀升」に、2019年の中国国内オープンソース利用率は87.4%と報告されている。この白書が発行されたのは今年からだが、オープンソース・ソフトウェアの中国での利用は、先行して進んでいる。
オープンソース・ソフトウェアの利用については米国ほか世界の企業と並ぶ水準にあるが、それに加えて近年は、中国の企業からオープンソース・ソフトウェアが公開され、世界の開発者を巻き込む事例も出てきている。
中国発で世界的な利用者を集めているvue.js
歴史が浅いことと、中国発のオープンソース・ソフトウェアは関連文書ややりとりが中国語中心になることも多いため、まだ中国発オープンソース・ソフトウェアの存在感は米国等に比べて小さいが、年々拡大傾向にある。
白書の発行が持つ意味
日本では総務省が「情報通信白書」を発行しているが、中国信息通信研究院も「デジタル経済発展白書」「インターネットセキュリティー産業白書」など、中国の情報通信に関する白書を発行している。このシンクタンクから白書が発行されることは、中国が政府としてオープンソースにこれまで以上に注力する現れだ。
白書内ではこのような提言がなされている。
-Free Software Foundationのような支援組織が中国にも必要である
-このままでもオープンソースの利用は進むだろうが、政府は更に促進すべきである(アメリカ、韓国などで政府調達の一部がオープンソース方式に限定していることなどに触れられている)
実際に中国政府工業信息化部の中に、ほぼ提言のとおりにOpen Atom Foundationという、中国でのオープンソースライセンスの整備他支援を行う組織が設立された。
現在の中国のオープンソース・ソフトウェアにおける立ち位置は、まだ利用者としてのそれが中心で、開発者としては始まったばかりだ。しかし、組み込み/IoTなど、中国が産業の厚みを持つ分野でもオープンソース方式の大規模な採用が見られることが今回明らかになった。さらに、、中国が他国に比して多く産業の厚みがあるIoT、ハードウェア関連については、ハードウェアに関する情報を公開して共有するオープンソース・ハードウェアの分野で、他国にない独自の発展が見られる可能性があり、今後が注目される。
1. 中国信息通信研究院(CAICT:China Academy of Information and Communications Technology)」は1957年に設立された郵電科学研究院を前身として、現在は中国工業・信息化部(経済産業省+デジタル省に相当)傘下で、中国の4G/5G、インダストリアル・インターネット、スマート製造、IoT、クラウド・コンピューティング、ビッグデータ、AIなど情報通信産業政策に資するナショナル・シンクタンク機関である。