【17-01】2017年の経済政策
2017年 2月 1日
田中 修(たなか おさむ):日中産学官交流機構特別研究員
略歴
1958年東京に生まれる。1982年東京大学法学部卒業、大蔵省入省。1996年から2000年まで在中国日本国大使館経済部に1等書記官・参事官として勤務。帰国後、財務省主計局主計官、信 州大学経済学部教授、内閣府参事官を歴任。2009年4月―9月東京大学客員教授。2009年10月~東京大学EMP講師。学術博士(東京大学)
主な著書
- 「スミス、ケインズからピケティまで 世界を読み解く経済思想の授業」(日本実業出版社)
- 「2011~2015年の中国経済―第12次5ヵ年計画を読む―」(蒼蒼社)
- 「検証 現代中国の経済政策決定-近づく改革開放路線の臨界点-」
(日本経済新聞出版社、2008年アジア・太平洋賞特別賞受賞) - 「中国第10次5ヵ年計画-中国経済をどう読むか?-」(蒼蒼社)
- 『2020年に挑む中国-超大国のゆくえ―』(共著、文眞堂)
- 「中国経済はどう変わったか」(共著、国際書院)
- 「中国ビジネスを理解する」(共著、中央経済社)
- 「中国資本市場の現状と課題」(共著、財経詳報社)
- 「中国は、いま」(共著、岩波新書)
- 「国際金融危機後の中国経済」(共著、勁草書房)
- 「中国経済のマクロ分析」(共著、日本経済新聞出版社)
- 「中国の経済構造改革」(共著、日本経済新聞出版社)
12月14-16日、党中央・国務院共催による中央経済工作会議が開催された。会議では、習近平総書記が重要講話を行い、当面の国内国際経済情勢を分析し、2016年の経済政策を総括し、経済政策の指導思想を明らかにし、2017年の経済政策を手配した。李克強総理は、2017年のマクロ経済政策の方向を詳述し、2017年の経済政策について具体的に手配し、かつ総括講話を行った(新華社北京電2016年12月16日)。
今回の会議の主な留意点は、以下のとおりである。
1.「安定」の強調
第19回党大会では、政治局常務委員のメンバーが大幅に入れ替わるものとみられる。中国では、しばしば「発展・改革・安定の関係を正しく処理する」ことが強調されるが、党大会のような大きな政治イベントがあるときは、特に安定が重視される。
会議は、「2017年は、第13次5ヵ年計画実施の重要な1年であり、サプライサイド構造改革を深化させる年である」と位置付けるとともに、安定の重要性について、「2017年に、安定の中で前進を求める、という政策の総基調をしっかり貫徹することは、特別重要な意義を備えている。安定は主たる基調であり、安定は大局であり、安定の前提の下で、カギとなる分野である程度(改革の)進展をみなければならない」と強調している。
2.マクロ経済政策
(1)財政政策
「財政政策はより積極・有効でなければならず、予算計上は、サプライサイド構造改革を推進し、企業の税・費用負担を引き下げ、民生の保障を徹底するという需要に適応しなければならない」とされた。
サプライサイド構造改革の5大任務の1つは「企業のコスト引下げ」であり、これには減税も含まれる。2016年5月にはサービス業に対する5000億元規模の減税(増値税から営業税への転換)が実施された。2017年に、さらに追加減税が実施されるのか注目される。また、企業のコストには医療・年金等の社会保険料負担も含まれており、この引下げも課題となろう。なお、12月29日に開催された全国財政工作会議は、「減税・費用引下げ政策を引き続き実施」するとして、「営業税を増値税に改めるテスト政策を引き続き実施かつ整備し、減税効果を拡大する。新たな減税措置を検討・実施する。基金・費用徴収を一層整理・規範化し、行政事業性の費用徴収項目をさらに取消・調整・規範化する。中央・各地方の費用徴収目録・リストを公開する。その他既に打ち出した減税・費用引下げ政策をしっかり実施する」としている。また、サプライサイド構造改革の他の任務としては、「労働者の再就職がしっかり行われるよう引き続き支援し、中央企業を支援し『ゾンビ企業』を処置する」、「地方政府債務限度額管理・予算管理を強化する。政府債務残高を適切に処理する。地方債発行による既存債務の借換えを強化する」としている。
さらに、社会の調和・安定を特に重視する2017年は、民生関係の予算の充実も課題となる。この方面の支出は拡大することになろう。全国財政工作会議は、「支出規模を適度に拡大する」として、貧困扶助・農業・教育・社会保障・医療等の大衆の切実な利益に関わる支出を合理的に計上する」としている。
2016年度予算は、財政赤字の対GDP比率を15年度の2.4%から一気に3%に引き上げた。1月24日に発表した2016年度の財政赤字は、予算の2.18兆元を上回り2兆8289億元となっており、これをGDP74兆4127億元で割ると、3.8%となる。中国は、財政の健全化についてEUの基準を参考としており、EUは原則として財政赤字の対GDP比率を3%以下に抑えなければならない、としている。これからすれば、16年度はすでに限度を超えるまで財政赤字を拡大しており、この比率をさらに引き上げるかどうかは、財政規律との関係で3月の全人代まで議論が続くことになろう。全国財政工作会議は、「財政支出の強度を減じることなく、実際の支出規模を拡大する」としている。
(2)金融政策
①政策の転換
「金融政策は穏健・中立性を維持し、マネーのバルブをうまく調節し、流動性の基本的安定を維持しなければならない」とされた。
2016年までの金融政策は「穏健・柔軟・適度」であり、その具体的中身は景気下支えのためのやや緩和気味の運営であった。しかし、2017年は金融政策の「中立性」が強調されている。これは、金融緩和に傾斜し過ぎると、16年前半のように住宅市場が、第一線都市、一部の第二線都市を中心に再び過熱し、バブル的傾向を示す危険があるからであろう。
また流動性については、2015年会議は「合理的な充足」としていたが、今回は「基本的安定」とするのみで、表現が抑制気味になっている。「資金調達コストの引下げ」という表現も削除された。
工業製品出荷価格(PPI)の急回復・上昇が続くなか、人民銀行は「第3四半期貨幣政策執行報告」(11月8日)においてもインフレ懸念を表明しており、金融政策は実質的に変更されたとみてよい。物価が上昇傾向の中で利下げを行えば、実質金利がゼロ・マイナスとなり、預金がシャドーバンキングに流出するおそれもある。また、FRBが利上げを目指すなかで利下げを行えば、資金の海外流出・元の切下げ圧力が増大するおそれもある。当面利下げは困難であり、今後のインフレの度合によっては利上げも視野に入ってこよう。
この意味で、2017年は金融政策よりも、財政政策の景気下支えの役割が、一層要求されることになると思われる。
②人民元レート
「為替レートの弾力性を増強すると同時に、合理的な均衡水準での人民元レートの基本的安定を維持しなければならない」とされた。
この表現からすると、急激な元安は避け、1日の変動幅を若干緩めながら、じりじりとした元安を容認する方向となろう。ただ、どこまで元安が可能かは、米国のトランプ政権の出方次第でもある。もし、トランプ大統領がこれまでの言葉通り中国を「為替操作国」に認定しようとするならば、中国は急速な元安を避けなければならなくなる。外貨準備を犠牲にして引き続き元を買い支えるか、一気に変動相場制に移行するか、中国は難しい選択を迫られることになろう。
③金融リスクの防止
「金融リスクの防止をより重要と位置付け、資産バブルの防止に力を入れ、システミックな金融リスクを発生させないようにしなければならない」とされた。
資産バブルは、目下のところ不動産バブルを意味しているものと考えられる。
3.サプライサイド構造改革の5大任務
2015年の表現と2016年の表現には、微妙な変化がみられる。
(1)過剰生産能力削減
2015年会議では具体的業種が明記されなかったが、今回は鉄鋼・石炭産業について設備削減を続けるとともに、「ゾンビ企業」処理が盛り込まれた。また、企業債務の適切な処置が、2015年会議の「有効な供給の拡大」(不足の補充)から移された。
さらに、既に解消した過剰生産能力の再稼働防止にも言及している。それだけ、地方の面従腹背が激しいのであろう。
(2)住宅在庫削減
2016年に住宅市場が二極分解し、第一線都市と一部第二線都市の住宅価格が上昇して在庫が大幅に削減されたのに対し、第三線・第四線都市の在庫は依然深刻である。このため、第三線・第四線都市の不動産在庫過剰問題を重点的に解決するとしている。
(3)脱レバレッジ
地方政府債務の返済圧力が借換地方債発行によって当面先送りされたため、企業のレバレッジ率の引下げが重点中の重点とされている。
(4)企業のコスト引下げ
金融政策の転換に伴い、2015年の「企業の財務コスト引下げ」が削除され、「労働力市場の柔軟性向上」が盛り込まれた。これは合理的な賃上げを意味する。
(5)脆弱部分の補強
2015年会議では、急遽追加された任務であったため、「有効な供給の拡大」の面が強調されていた。今回は、脱貧困が大きな柱となっている。なお、12月19-20日に開催された中央農村工作会議は、2017年に1000万人以上の脱貧困を確保するとしている。
4.サプライサイド構造改革の追加任務
今回の会議では、従来の5大任務に3つの任務が追加された。これは2015年会議の「有効な供給の拡大」(不足の補充)が「脆弱部分の補強」に再整理されたため、これに該当しない項目を別掲する必要が生じたのであろう。
(1)農業のサプライサイド構造改革
2015年会議で5大任務の「有効な供給の拡大」(不足の補充)の1項目であったものが別掲された。グリーンで質の優れた農産品の供給増加を際立てて位置づけるとしている。胡錦濤指導部時代の「三農」政策は農民の所得増加にウエイトが置かれていたが、習近平指導部では供給増加にウエイトがシフトした。
ただ単純な供給増は「豊作貧乏」をもたらしかねないので、農産品の質・安全性の向上による農民の増収・富裕化にも言及している。なお、中央農村工作会議は、「食糧生産能力を低下させず、農民の所得増加の勢いを逆転させず、農村の安定に問題を生じさせないという3つの最低ラインをしっかり守り確保しなければならない」としている。
また中央農村工作会議は、「農業のサプライサイド構造改革を推進するには、国家の食糧安全を確保する基礎の上に、市場需要の変化をしっかり軸に据えて、農民所得の増加・有効な供給の保障を主要目標とし、農業の供給の質向上を主たる攻め口として、体制改革とメカニズム刷新を根本ルートとして、農業の産業システム・生産システム・経営システムを最適化し、土地生産性・資源利用率・労働生産性を高め、農業・農村が資源消耗に過度に依存し、主として『量』を満足させるという需要から、グリーン生態・持続可能性を追求し、『質』の満足をより重視する需要へと転換することを促進しなければならない」とする。そして、①市場の需要に適応し、産品構造を最適化し、農産品の質向上を際立たせて位置づけ、②適度な規模経営を発展させ、③比較優位性に立脚して地域構造を最適化し、④科学技術イノベーションを加速し、⑤1次・2次・3次産業の融合発展を促進し、⑥グリーンな生産方式を推進しなければならない、としている。
(2)実体経済の振興
2015年会議で5大任務の「有効な供給の拡大」(不足の補充)の1項目であった、イノベーション、質の高い製品・サービスの供給拡大が別掲された。また、外資と中小・零細企業のための法治化されたビジネス環境の建設も盛り込まれている。
(3)不動産市場の平穏・健全な発展
2015年会議の「住宅在庫の削減」から別掲された。不動産市場の問題は、在庫削減にとどまらないからであろう。
住宅市場では資産バブルが懸念されるが、会議は「『住宅は住むためのものであって、投機のためのものではない』という位置付けを堅持し、金融・土地・財政・税制・投資・立法等の手段を総合的に運用して、不動産バブルを抑制するのみならず、乱高下の出現をも防止しなければならない」とする。
バブルの発生はもちろん問題であるが、2014年のように住宅価格が急落すると、不動産開発投資が停滞し、国有地使用権の譲渡収入も減少して地方政府の財政が苦しくなり、債務の返済が滞る。安定を重視する2017年は、不動産市場についても安定が重要なのである。
具体的には、マクロ政策面ではマネーをしっかり管理し、ミクロの貸出政策では自ら住むための合理的な住宅購入を支援し、貸出が投資・投機的な住宅購入に流れることを厳格に制限しなければならない、としている。
また、住宅購入には実需もあるため、「住宅の上昇圧力の大きい都市は土地供給を合理的に増やし、住宅用地比率を高め、都市の遊休・効率の低い用地を活性化させなければならない」とし、不足する住宅については供給を増やすとともに、「特大都市は一部都市機能の移転を加速し、周辺の中小都市の発展を牽引しなければならない」とし、大都市に人口が過度に集中することを防ごうとしている。